#69.準決勝・第二試合──老獅子と若獅子
◇◇◇ 準決勝・第二試合・黒門側レーン──
俺とセリエは柵に肘をかけ、石畳の温度と観衆の熱気をひとつの拍に束ねるみたいに呼吸を合わせていた。審判のコーダが大剣の柄で地を“ごん”。空気が止まり、音だけが前へ転がる。
「準決勝・第二試合、両組前へ!」
先に歩み出たのは大隊最古参、ゴルドー・ビッケンバック。白鬚を揺らして近衛槍のような風格だが、手は素手──掌から炎を撃つ男。
隣には風の皮肉屋、ギュスタヴ・ロマネンコ。黒い軽外套の裾がいつも通り風上へ翻る(つまり、彼の周りは常に微少な流れがある)。
対するは副官キースと第三大隊長ミルダ。
キースは騎士礼式そのままに軽く一礼、剣は鞘から指二本ぶん抜いて止める。
ミルダは礼を返してから、ミョルニルの柄頭で床を“こつ”。鎧の文様が一拍だけ薄青に灯った。──あの鎧は“触れて初めて吠える”タイプだ、忘れるな。
「ぬしら、まだまだ若造じゃろが。わしは先んじて戦場に至り、去る時は最後と決めとる。越えてみせい!」
ゴルドーがわははと笑う。
ギュスタヴが鼻で笑った。
「風は老いない。老いるのは心だ、ゴルドー」
キースは涼しい声で応じる。
「老兵だとは思っていません。ですが、越えていきます」
横のミルダは普段の礼儀正しさの縁を少し外して、ひとこと。
「上等だ」
コーダの腕が落ちる。
「始め!」
一拍目。ギュスタヴの指先がひらり。見えない刃──鎌鼬が床を横薙ぎ、石目一枚浅く抉る。そこへゴルドーの掌が連射する火炎弾。風で薄刃に伸ばされた炎は帯になり、刃と炎が編まれ⦅炎走⦆がレーンを走る。遠距離の線で削り、近づく足を止める──古参の“線の制圧”。
(うまい。“線”と“流れ”の噛み合わせが完璧。真正面の突入は足下を攫われる)
キースは一歩、“無風帯”へ踏み入れる。ギュスタヴが作る流れは完全均一ではない。肩の“輪郭”が薄くなる瞬間──渦の縁がある。そこだけ風が死ぬ。キースはその死点に靴の内側だけを乗せ、炎走の縁を剣の鞘でたたき切る。“線”は“面”に弱い。刃でなく面で殺すのは、彼らしい観察だ。
「キー坊、甘いわ!」
ゴルドーの胸前で火が膨らむ。両掌を組んで核を作り、弾丸ではなく弾頭を握り潰すように成形──⦅爆炎柱⦆。それをギュスタヴの吸い風で細長く引き伸ばし、槍に変える。
キースは退かない。半身を切って刃の影に入り、上体だけで弾頭の芯をかわす。耳元で焼ける音。髪の先がひと筋だけ焦げて、観客が息を呑む。
「ミルダ、前はわしらが抑える」
ギュスタヴが低く言い捨てる。
ミルダが“こつ”と床。ミョルニルの頭が石に触れた瞬間、青白い線が床目に走った。接触から走る雷の格子──⦅雷鎖⦆。
「そこで止まれ」
雷鎖がギュスタヴの薄刃に絡む。風の刃は形を取り戻すために回転する。そこへ逆回転の雷が触れ、位相が崩れる。刃が削げ、炎走の帯が一瞬ちぎれた。
(“触れて”出す。遠撃ちはしない──いやできない。でも、触れさえすれば最短で殺す)
間合いが一挙に詰まる。ミルダの鎧文様が唸り、脚部の駆動機構が火花を散らす。彼女は正面ではなく斜めへ跳ぶ。ギュスタヴの風壁は正対に強く、斜角に薄い。その継ぎ目──右膝前に刃のない空が瞬く瞬間がある。
(見えた。一撃を通すならそこだ)
キースが一拍を落とす。
「左肩、浅く」
彼の声が号令になり、ミルダの軌道がひと目で変わる。ミョルニルが肩へ軽く──叩くだけ。殴らない。叩く。
バチン。鎧越しに雷が回る。ギュスタヴの風壁が瞬間だけ“内側へ”吸い込み、外が薄くなる。そこをキースの剣尖が撫でていく。切るのではなく置く。小さな切欠が風壁の縁に印を刻む。
「のお、生意気よの!」
ゴルドーが両掌を広げて、環をつくる。炎が環の内で回転し始め、空気が鳴る。⦅回炎⦆。吸いと吐きを同時に作る、老練の火葬陣。
ミルダが“オラァ!”と笑って飛び込む。
戦闘口調は完全に放浪時代のそれだ。ミョルニルの角で火輪の外縁を撫で──触れる。
しゅぱん。雷が環の回転を逆相で噛み、炎が内部で自壊する。火は爆ぜず、消える。煙だけが滲む。
(接触一瞬、現象が“裏返る”)
ギュスタヴはすぐに別の刃を立て直す。
風は無尽蔵に見えるが、重ねの時、彼は必ず左足の外へ逃がしを作る。そのたび裾が風上へ鳴る。
キースがそこへすべり込んだ。足首だけで流れを踏み、剣はやはり面を使う。鞘と刃の同時打ちで風壁の印を二重に増やし、ギュスタヴの立て直しに半拍のズレを強いる。
「見事よ」
ゴルドーが笑って、だが掌は止めない。肩から肘にかけて節を刻むように炎を載せ、多関節の連射に切り替える。火弾のガトリングだ。面で殺しに来るキースを数で埋めるつもりだ。
ミルダが一足前、ミョルニルを逆手。柄で火弾をはたき落とす──触れるだけで火が潰れる。雷は火に強い。理屈は簡単だが、当て勘は並じゃない。
「ミルダ、右!」
キースの短い号令。ミルダが半身で応える。雷鎖が床面を走り、ゴルドーの踏み台を封じる。老将は踏み替えざるを得ない。
その瞬間、ギュスタヴに向けていたはずのキースの視線が一刹那だけゴルドーへ行く。誘いだ。
「のう、キー坊」
ゴルドーが笑い、正面から爆炎柱を再成。
そこへミルダが被せる。真正面、頭上から。ミョルニルが火柱の芯に触れ──ぐいとひねる。
ぼふっ。音は小さいのに、火が消える。逆に冷えた風が一拍だけ吸う。ギュスタヴの薄刃がそれを拾えない。位相が乱れたままだ。
「──終い」
ミルダの声が低く刺さる。
雷鎖が縫うように前へ走り、ギュスタヴの風の縫い目を固定。キースが半歩前へ、鞘でゴルドーの手首を叩き落とす。刃は向けない。勝負の礼だ。
コーダが大剣を横一閃。
「そこまで! 勝者、──キース × ミルダ!」
歓声が弾ける。ギュスタヴは息を吐き、前髪をかき上げて肩をすくめる。
「……きれいにやられた。縫い目を見られていたか」
「風上に裾が鳴る癖、今度お酒の席で直し方を教えます」
キースが微笑む。ゴルドーはわははと笑って、キースの肩を“どん”と叩く。
「強くなったのう、キー坊。──いや、キース。これで儂もようやく死地に赴けるというもの。こんなに嬉しいことはないぞ!」
「ギリギリでしたよ」
キースが苦笑する。
段上のコーダが腕を組み、柔らかな目でニーナを見る。
「幸せなことよ。早く儂を越える強者に育って欲しいものだな」
◇◇◇
「なんだー? あいつ負けちゃったじゃーん。あーん、アタシの一撃お預けになっちゃったー。苦手なんだよね〜種族柄、“お預け”ってやつ」
ニーナが頬を膨らませながら俺に近づいてくる。
「まあ、仕方ないさ。代わりにキースにでも一発決めてくる」
「あはは、そだね。任せた、“冒険者代表”」
ポンと肩を叩かれる。ニーナの背を見送り、俺はセリエと目を合わせる。彼女は“聖女”の顔で真っ直ぐに拍手を送っていた。
(ハイレベルな戦いだった……。届くか? いまの俺たちが)
掲げられた札が次の段を告げる。
「決勝戦──付与術師 フィン × 聖女 セリエ VS 騎士団長副官 キース × 第三大隊長 ミルダ!」
(いや、届くかどうかじゃない。どう届かせるか──だ。俺たちはまだまだ強くなる)
黒門の影がまた短くなる。俺は掌を一度打って拍を作る。セリエが同じ速さで一度打ち返す。
あとはこのリズムを、最後まで。
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【次回】#70『決勝——先輩の意地』
ついにトーナメントは決勝の舞台へ。次回、首席 VS 首席——
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