#68.準決勝・第一試合──走る赤、揺れる心
◇◇◇ 準決勝・第一試合・練兵場中央レーン──
黒門の影が短くなる。
石畳は午下がりの熱をまだ抱え、観客席はぎゅっと詰まっていた。コーダが大剣の柄で地を“ごん”。金属の芯を通したような音が場を締める。
「準決勝・第一試合──付与術師 フィン × 聖女 セリエ、鉄板のダン × 茜月のニーナ・ノヴァ、前へ!」
俺はセリエと目だけで合図し、レーンへ。彼女は斧槍を軽く回して大楯の縁を指で叩く──一拍、二拍。第五試合で見せつけられた“拍の管理”を、自分たちの足に落とし込むための癖だ。
観客のどこかから「聖女様ー!」の声。セリエの頬がわずかに赤い。
対面、鉄板のダンがずしりと足を据える。背丈の半分もある鉄板盾を片手で扱い、もう片手に短槌。肩で息をするでもなく、重心は常に低い。隣の茜月のニーナは対照的だ。赤毛が陽を弾き、三日月刀を肩に担いで尻尾をぱたぱた。人虎の耳がぴんと立って、笑う。
「やっと喧嘩ができるってわけだ!」
ニーナが牙をのぞかせる。
「ねえ、お付きの坊や。全力で来いよ?」
付き人……つまり聖女様の“おまけ”ってか、上等。俺は苦笑で返す。
(拍は俺たちが握る。セリエは“面”で受けて、“角”で返す。俺は流れをずらす──)
コーダの腕が落ちる。「始め!」
一歩目が速い。ニーナの踏み切りは獣だ。三日月刀が弧を描き、斧槍を誘うように表を大きく見せて、実は裏へ身を流す。セリエが楯で受け、足首だけで振動を殺す。拍を崩さない。
「いい楯じゃん、“聖女”!」
ニーナが笑って回る。爪先が“かつ”と俺の仕掛けた摩擦符を蹴る音。滑り板のように石肌の摩擦を落としておいたが、彼女は爪で縁を噛ませて滑らない。
その瞬間、鉄板が地を叩いた。ダンが盾底で石畳を打ち、重音を走らせる。
「⦅踏鳴⦆」
ニーナの二歩目が半靴分、伸びる。ダンの声が低く落ちた。
「いま、右!」
(号令支援。盾ごしの伝達音で、ニーナの初動を前借りさせてる)
俺は“パチ”と指で拍を落とし、セリエの足裏に軽重の符を二枚。右足を重、左足を軽。楯の角が二度、小さく震える。
セリエが理解した合図。楯をあえて遅らせ──ニーナの刃が“来た”位置に穴を残す。空を切った三日月刀に向け、楯の縁が引っかけの軌道で返る。
ニーナは笑う。猫の背中のようにしなる身で、縁をするりとくぐり抜けた。早い。
「ねえ、坊や」
ニーナが俺のほうだけ一瞬見る。
「本気で勝ちに来てる目だ。好きだよ、そういうの」
ふと、胸の奥が疼く。その踏み方、あの距離の詰め方──
(ラミー……?)
口が勝手に動いた。
「お前、スオウ村って知ってる?」
ニーナの耳がぴん。瞳が丸くなる。
「!? それ、あたしの村だよ!」
「そっか。お前とよく似た人虎に、昔世話になった」
「ふーん、そうなんだ。でも、あんたは騎士団につくんでしょ?」
刃の間合いを切らさずに、軽口を挟む。器用なやつだ。
「どちらの味方でもない。俺には俺の目的がある」
「ふーん。“聖女”を守る。とか?」
胸の裏に“メアリ”が浮かぶ。笑う彼女の横顔に、いま隣で楯を掲げる“セリエ”が重なる。
「違……。いや、そうなのかもしれない」
「ふーん。よくわからない人!」
鋭い風切り。ニーナの刃がくる。
セリエが大楯で受け、俺は爆発符を弱火で弾かせた。石粉が細かい霧になり、ニーナの髭がぴくりと揺れる。嗅覚で位置を取る彼女の感覚を微妙に撹乱。同時に地面へ⦅鈍歩符⦆を撒く。足裏が石に吸い付くような違和感が走るはずだ。
「ダン!」
ニーナの尾が立つ。
「わかってらぁ」
ダンが鉄板を斜めにして風を起こし、粉を掃く。同時に盾の裏から小型の鉄板を二枚、投擲。地に落ちたその瞬間、俺の符と干渉して磁のように引き合い、鎖になる。ダンは道を作るのが上手い。
(だったら──道ごともらう)
俺は拍を二つ。
セリエがすぐ“コツ、コツ”と靴裏で返す。大楯が斜めに寝る。道はその斜面へ吸い上げられ、ニーナの踏み板が楯の腹に勝手に貼り付く。
「なっ」ダンの眉が上がる。
「ごめん、借りる!」俺は指を鳴らし、連環符で大楯と鉄板を一瞬だけ繋げた。ニーナの軌道を半歩ずらすための“段差”ができる。
「いま!」
セリエの斧槍が表で見せて裏で刺す。
穂先はニーナへ向かない。鉄板の角──ダンの支点へ突き。
ガン。響きが良い。ダンの肘が逃げざるを得ない角度に入る。身体は強いが、構造は正直だ。ニーナが即座に返す。
「貸し!」
三日月刀の背で槍の柄を叩き、セリエの腕の張りを抜く。美しい連携。
(──ほんと、強いな)
俺は最後の一拍を落とす。“パチ”。拡声で広げたその音に、セリエの呼吸が合う。
聖女の声が、低く、短く。
「退きなさい」
斧槍の石突が足元を打つ。象った符が瞬時に描かれ、半径一歩だけ地面の摩擦が反転する。ニーナの爪先が空回り──そこにだけ、彼女の体重が半拍遅れる。
決める。
セリエの⦅盾打⦆が胸項へ浅く当たり、ニーナの背を石畳へ預ける。その上を影のように俺が越え、⦅爆裂符⦆を無音でダンの足首の外に貼る。破裂はしない。ただ膨らんで、足首の角度を奪う。鉄板が一瞬、空を向く。
コーダの声は鋭い。
「そこまで!」
静止。ニーナの刃はセリエの楯に噛み、セリエの穂先はニーナの喉仏の二寸手前で止まっている。ダンの盾は逆さ、俺の札は彼の足首にふくらみとして残り、もし一歩踏み出せば自壊してつま先を躓かせる角度。
ニーナが目をぱちぱち。
「……ちぇ。負け、かぁ」
ダンが盾をゆっくり伏せ、鼻で笑った。
「コーダ。俺たちゃ降参だ。悪い噂は、もういらねえ」
観客席がどよめいて、それから大きな拍手。遅れて「聖女様ーっ!」がいくつも重なる。セリエは大楯を戻し、きちんと礼をとった。頬がまた、少し赤い。
ニーナが仰向けのまま笑い、足で空をばたばた。
「ってことはさ、あんた達が冒険者の代表って事になるのかな? 絶対勝ってよね! じゃないと──」
ごむ、と自分の腹を指で突いて見せる。
「お腹蹴るから!」
その言い草に、胸の奥の懐かしさがまた弾ける。思わず口が漏れた。
「ラミーかよ」
ニーナが跳ね起きる。
「それ、私の妹!」
(やっぱり、そうか)
俺は笑うしかなかった。
世界はこんなふうに、わざとらしくも人を導いてくる。
「どうりで。……わかった。お前の一撃は、俺があいつに叩き込んでやる」
ニーナの笑顔は真っ直ぐだった。
「ああ! 頼んだぜ相棒!」
コーダが勝者を宣言する。
「準決勝・第一試合、勝者──付与術師 フィン × 聖女 セリエ!」
歓声の波。セリエが振り返って、満面の笑みで手を差し出す。俺は一瞬だけ、躊躇った。
(俺はメアリを救うためにこの世界にいる。けど──)
ゆっくりと、その手を握る。拍が重なる。
「やりましたわね、フィン!」
「ああ。いける」
黒門の礎石の陰、細い香がふっと流れた。ミレッタが、柱にもたれて笑っている。金の刺繍の裾が月光色を拾う。
「……そう。」
彼女の声は夜の水みたいに静かだった。
「フィン。貴方も“真実の愛”を探しているのね」
俺は否定しなかった。否定できるほど、嘘が上手くない。
遠くでゴルドーの笑い声がわははと響く。次の札が掲げられた。
「準決勝・第二試合──第一大隊長 ゴルドー × 第四大隊長 ギュスタヴ VS 騎士団長副官 キース × 第三大隊長 ミルダ!」
俺はニーナに親指を立て、セリエと並んで柵へ戻る。拍は揃っている。あとはこのリズムを、決勝の最後の一打まで運ぶだけだ。
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【次回】#69『準決勝・第二試合——老獅子と若獅子』
ゴルドーとキース——豪胆と精細。老練と非凡。騎士団の二大戦力がいま、ぶつかる。
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