#67.第四試合──結界は割れるか
◇◇◇ 第四試合・練兵場黒門側レーン──
黒門から吹きおろす風が少し冷たくなってきた。陽は高いが、石畳の影が長さを増し、観客のざわめきが“次は違うぞ”と教えてくる。俺とセリエは柵越し、黒門の陰で視線を揃えた。さっきまでの“線”や“面”の撃ち合いじゃない。今度は“術の継ぎ目”を奪い合う戦いになる。
コーダが大剣の柄で地を“ごん”と叩く。
「第四試合、構え!」
先に一礼して進み出たのは神官ベルト。白地に金糸の法衣、胸元に太陽の円盤。肩から吊った香炉がふわりと揺れ、薄い乳香が風に溶けた。杖頭の輪が光を拾い、彼の声は最初の一音から澄んでいる。
その斜め後ろに結界術師リサ。くすんだ青灰のローブ、指には銀の環が幾重にも。両の手を上げると透明な糸が空気に撚り出され、六角の蜂巣が一枚、また一枚と組まれていく。
対して、キースは黒の軍衣に細身の剣。無駄のない立ち姿で、顎でレーンの端を示し、もう片手を軽く上げてミルダにテンポを送った。
ミルダは魔導鎧を軽く鳴らし、戦鎚ミョルニルを肩に担ぐ。礼儀正しい一礼のあとで、目つきが少しだけ変わる。戦の顔。ふだんの貴い物腰はそのままに、言葉の奥に炎が灯る。
「皆、静まれ」ベルトが一歩進む。声が輪を描くように広がった。「武をとどめ、心を鎮めよ。下ろせ、武器を」
観客の息が一瞬だけ合わさる。穏やかな命令形。“言霊”の強制だ。体の初動が半拍遅れる類いの祈り。
キースが指先で小さく拍を打つ。乾いた“パチ”が一つ。ミルダの肩がその音でリズムを取り戻す。キースの号令術は術式の上書きに近い。彼女にだけ入る“合図”。
(強制の祈りに、拍で優先権を奪い返した。“統率”スキルか……完成度が桁違いだ)
リサの蜂巣が三重、四重。六角の板は浮遊して回転し、互いの辺だけで蝶番のようにつながる。押せば撓み、斬れば逃げ、突けば絡む。その背でベルトの聖句が重なる。
「⦅聖域の幕⦆、⦅静謐の布⦆、そして⦅赦しの言葉⦆──」
空気の密度が上がった。呼吸が浅くなる。セリエが隣で楯の縁をきゅっと握る。
「大丈夫ですわ。聖女は祈りに負けませんもの」強がりの囁きに俺は頷き、目を前へ戻す。
コーダの腕が落ち、「始め!」の声。
ミルダが地を一蹴。魔導鎧が低く唸り、ミョルニルの柄に走る雷紋が瞬く。
「退けや、膜!」戦の声だ。穏やかな礼の殻が剥がれ、放浪時代のオラつきが顔を出す。
正面から蜂巣へぶつけない。ミルダはあえて板の端、継ぎ目の蝶番へミョルニルを軽く当てた。火花。接触の瞬間、鎚の刻印が“バチ”と燐光を吐く。触れて流し込む微量の雷。板は割れない。ただ、蝶番の回転が半拍止まる。
その半拍に、キースが滑り込む。細剣の腹で六角板の縁を“押す”。切らない。押し目で、回転方向を逆へ。蜂巣の一部が噛み込み、動きが乱れる。
ベルトの聖句が柔らかく強くなる。
「恐れを手放し、己の影を知れ」──怖気が胸にさざめく。
キースの二拍目。“パチ、パチ”。ミルダの足がそれに連なる。二人の呼吸が“拍”で結ばれているのが見える。
「言っておきますけれどね」キースが余裕の笑みを浮かべる。「僕ら、喋りながら戦うの、得意なんです」
リサが眉を寄せ、両手の結び目をほどく。蜂巣が布に変わる。空気そのものが柔らかい膜になってレーンを覆い、ミルダの到達を薄くずらす。
「⦅遅延幕⦆」
リサの唇が小さく動く。ミルダの踏み込みが半靴ぶん後ろで着地。彼女の目が少し細くなった。
「へえ……やるじゃねえか」ミルダが唇の端で笑い、低く唸る。
「当てりゃいいんだろ、要はよ」
ミョルニルの柄が小刻みに動く。石畳に柄尻で“点”を打ち始めた。印を描くにしては粗い、しかし等間隔。雷紋の針が地へ刺さる。
俺は思わず前のめりになる。
(アンカーを打ってる……! 接触で術式を地面に噛ませて、膜ごと固定してから壊す気だ)
ベルトがそれを見逃すはずもない。祈りの調子を変える。「赦し、眠り、安らげ」睡魔がくる。膝の裏が緩む種類。観客の何人かが揺れ、コーダの低い咳払いで正気に戻る。
キースは指を回し、剣の鍔で小さな音を三つ。ミルダの鎧の肩甲が共鳴して“ちり”と鳴った。眠気の位相をずらして、味方だけ外へ押し出す。
「副官殿──」ベルトの視線が流れてくる。「民を守りたいなら、刃を収めなさい。今なら赦そう」
「ご親切に」キースが目を細める。「でも僕は、勝ってから刃を収める主義でして」
その瞬間。ミルダが柄尻で打っていた“点”が一周して輪になった。小さな雷の首飾り。
ミョルニルの頭がそっとその輪の上に触れる。接触。
「鳴け」
地が鳴った。雷というより低い咆哮。輪に噛まれた膜が共振し、リサの蜂巣の蝶番にズレが走る。布は布なりに波を返すが、波の山と山がずれて打ち消し、弱点の縫いが露わになる。
キースはそこに剣の腹を差し入れ、“押して”ずらす。斬らない。機能だけを殺す。
それを見たベルトが一歩踏み出し、杖頭の輪を地に触れさせる。
「離れなさい、⦅聖障⦆!」
神聖魔法の結界だ。術者が敵とみなした者を拒み、遠ざける。
光が溢れ出す瞬間──ミルダが一歩踏み込み、その輪を鎚の側面で弾いた。鐘のような高音が跳ね、聖なる光が空へ逃げる。
「悪いな、坊主。触ったら鳴っちまうんだ、アタシのはよ」
(やっぱり“接触”だ。触れた瞬間に、相手の術の回路へ自分の雷を挿し込んで流れを崩す)
「⦅結界⦆」
ベルトの祈りが詰まったのを見て、リサが急ぎ補助陣を走らせる。けれど、キースの拍が先に落ちる。“パチ”。
「いま」
ミルダが真横に滑った。薄い膜の縁を肩で擦り、鎚の柄で蜂巣の蝶番をはじく。火花。半拍止まる。
その半拍、キースがベルトの杖の脇に剣の鍔をコツンと当てた。止めの打撃ではない。合図。
聖句の韻が一つだけ飛ぶ。詩は詩であるから、韻が崩れれば力の乗りが落ちる。
その落差に、ミルダの鎚がふわりと止まる──止めた位置は、ベルトの肩口寸前。
「そこまで!」
コーダの大剣が“ごん”。レーンの空気が一気に緩む。
リサが肩で息をし、指の環を外して掌を揉む。
「……完璧なテンポ管理。拍で術を外すなんて、反則じみていますね」
ベルトは胸の円盤に手を当て、穏やかに息を整える。
「言葉の入りを見られた。お見事だ」
キースが剣を納め、浅く会釈。
「光栄です。僕らも、ギリギリでしたよ」
ミルダは鎚を肩に戻し、いつもの礼儀に声を整える……かと思いきや、最後だけ戦の顔が残ったまま親指を立てた。
「いい膜だったぜ、嬢ちゃん。次は外で、遠慮ナシでやろうや」
観客席がどっと沸く。祈りと結界の職人芸に、拍手は長く、温かい。
セリエは胸に手をあて、小さく吐息を落とした。
「……術の継ぎ目、ですのね」
「そう。斬り合いじゃなく、繋ぎ目をずらす戦い。俺たちも真似できる」
黒門の陰でニーナが舌を出して笑い、ダンが首を鳴らす。準決勝の空気が針のように尖る。
コーダが宣言する。
「第四試合、勝者──キース × ミルダ!」
キースがちらりとこちらを見た。片目をすっと閉じる。——“見ていたか、拍の合わせ方”。
俺は頷き、腰の札入れを叩く。拍を刻むための呪符は、いくらでも創れる。問題は、合わせる相手だ。俺は隣に目を向けた。セリエが大楯の内側で、そっと拳を握っている。
「いけますわ」
「ああ、いける」
鐘の音。準決勝の札が掲げられる。
「準決勝・第一試合──付与術師 フィン × 聖女 セリエ VS 鉄板のダン × 茜月のニーナ・ノヴァ、前へ!」
ニーナが三日月刀を肩に担ぎ、牙を覗かせて笑った。
「やっと出番! 全力で来いよ、相棒!」
俺は苦笑いで応える。ラミーの影が、また一瞬だけ重なった。
セリエがそっと手を差し出す。俺は今度、迷わずその手を握った。
拍はもう整っている。あとは、踏み出すだけだ。
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【次回】#68『準決勝・第一試合——走る赤、揺れる心』
ニーナの動きにラミーが重なる。セリエの差し出す手に、メアリの影がちらつく。
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