#66.第三試合──火と風、線から面へ
◇◇◇ 第三試合・練兵場中央レーン──
昼の熱が石に籠もり、空気がわずかに揺らいで見える。俺とセリエは控え柵の陰で水袋を回し、呼吸を整えた。コーダが大剣の柄で地を“ごん”と一発。
「第三試合、構え!」
右の入場口から、わははと腹の底から響く笑い。煤けた黒外套の下に、厚手の焼鉄色プレート。第一大隊長ゴルドー・ビッケンバック。肩を回しただけで、魔導鎧の継ぎ目がぎしりと鳴る。隣に薄笑い、風に前髪を遊ばせた第四大隊長ギュスタヴ・ロマネンコ。薄い外套の裾が、常に逆風で翻っているのがこの人らしい。
「キー坊見ておれよ! わしらの“古いやり方”が、まだ死んどらんこと、わからせてやるからのう!」
「ふっ……老兵。派手に転ばないよう足元だけは注意しろ。火の粉で髭が焦げると臭いからな」
対面。マルロが槍を肩で遊ばせ、笑っている。隣のエリナは弓弦を指先で撫で、弦の鳴りを耳で測る。二人とも軽装、動きやすさ一点張り。リングの四隅の風標をちらと確認して、互いに親指を立て合った。
「線で削って、当てすぎない。怪我したら報酬半額ってルール、忘れてねーよな?」
「もちろん。矢は三割だけ毒、七割は木頭。致命は狙わない」
(“線で撃って稼ぎ、引き際を間違えない”──ギュスタヴが一番嫌うタイプだろう)
空気が静まる。コーダの手が下りる。
「始め!」
同時。火と風。
ゴルドーの掌が膨らみ、拳大の赤が三つ、五つ、数を増やして飛ぶ。火球は弧を描かず、直進だ。前に見たセルゲイの氷と違い、空気ごと押す火。“爆炎魔法”の土台は圧。
ギュスタヴは腕を半歩開き、指を“扇”に割った。足元から薄緑の層がふつりと起き、二人の前面に見えない壁が据わる。近づけば切れる、鎌鼬の幕。
「わっはっは! まずは火の雨じゃ、いなしてみせい!」
マルロの槍が風車のように回る。二枚刃の片方で火球を叩き割り、もう片方で払う。爆ぜる火は薄い──エリナがすでに矢の“影”で叩いて密度を落としていた。彼女は火球と火球の間を射る。見えない圧の筋が裂け、爆炎の芯が痩せる。手練だ。
「線で来たか」ギュスタヴが鼻で笑う。「ならば、風で面にする」
薄い風幕が“ぱん”と厚くなった。空気の板が重なり合う感覚。火の道筋が面で整え直され、火球がひと筋の奔流へと束になる。
「ほいっと!」
ゴルドーが掌で印を切る。束ねられた炎が一体化し、爆ぜずに押し寄せる“火の衝波”。
マルロは間合いを跳ぶ。槍先で地を突き、後方へ滑る。エリナの矢が六本、斜め上から。火衝波の縁を削り、隙間を作る。その隙間にマルロの身体が薄く収まる。二人は“線”のまま、しかし層で受ける。見事な中距離のやり取りだ。
「悪くないのですわ」セリエが小声で言う。
大楯の縁を指で撫で、彼女は呼吸を合わせるように胸を上下させた。
第二合。ギュスタヴが掌を返す。風幕が今度は外へふくらみ、楕円に近いドームへ。近づくと切れる“刃の泡”。その内側、ゴルドーが火の弾倉を二段、三段と装填していく。
「線は長う続かん。面で押して止めるんじゃ。ギュスタヴ、学んどけ」
「……講釈は後だ。はい、下から」
ギュスタヴのつま先から薄刃が“しゃっ”と地を走った。目に見えない低い鎌鼬。マルロが足を上げ、槍で受ける。柄に浅い切痕が刻まれ、彼の笑みが一瞬だけ硬くなる。エリナの矢がギュスタヴの喉をかすめる高さで二連。“刃の泡”の表面が波紋を描き、矢は削がれた。
(なるほど……“線”に対して“面”。遠中距離の空間を丸ごと武器に変えてきてる)
その間にゴルドーが低く吠える。
「焔走れェ!」
火が風の導線を滑り、ドームの内側を走査する。逃げ場のない舐め火。踏み止まれば鎌鼬、跳べば火浪。面の罠が完成していた。
「降参の合図はいつでもいい」ギュスタヴが片目を細める。「命は高いほうがいいからな」とニヤリ。
マルロは一瞬、エリナと目を合わせる。エリナの口元が薄く結ばれる。彼らは“稼ぎ方”を心得た冒険者だ。金は勝たないと稼げないが、怪我をしたら使えない。“深追い”しない──それが彼らの勝負に対する実践哲学。
……だが、もう一手、魅せてきた。
「線を束ねる」エリナが息を殺し、一点だけ風を吸う。彼女の矢が三本、尾羽を震わせながらドームの“縫い目”へ。ギュスタヴの風が「おや」と笑い、縫い目が二重に補強される。矢はねじれ、道を失い、無害に落ちる。
「じゃあこれならどうだぁ!」
同時にマルロが遠心を最大まで引き出した。二枚刃の軌道が床に楕円を描く。面に対して面でぶつかる気迫。鎌鼬の泡と火の舐めがぶつかり、圧と圧が“ぐん”と空気を重くする。
そこで──ゴルドーが足を一歩だけ前に出した。たった一歩。けれどその一歩が“芯”を決める。
「面を面で、芯は人で。わはは、これが戦じゃろが!」
爆炎が一段深くなり、風は一段鋭くなる。二人の老練が、空間を丸ごと自分の間合いに変えた。観客席の髪が一斉に後ろへ流れる。
エリナが舌を打ち、矢筒を押さえる。「マルロ」
「分かってる。勝ち筋は切れた。こりゃ負けだ」
マルロは槍をくるりと回し、地に寝かせてから片膝をつく。エリナも弓を伏せ、同じ動き。
「降参だ、審判!」
コーダの大剣が“ごん”。「第三試合、勝者──第一大隊長 ゴルドー × 第四大隊長 ギュスタヴ!」
歓声。ゴルドーが“わはは”と笑い、髭を撫でる。
「ようやった、若いの。怪我を拾うな、金を捨てるな。命を捨てたら、次の戦場に出られんからのう!」
ギュスタヴは肩を竦める。「線は繊細、面は鈍重。どちらも独りでは完結しない。今日は面の番だったというだけだ」
マルロが白い歯を見せ、エリナが肩で息をしながら笑った。「参った。線で突き続ける気力、途中で折れた」
「ここじゃ狭い。次は丘陵でやろう。風はそっちが持っていけ」ギュスタヴが皮肉めかして、しかし口元は柔らかい。
俺の耳に、セリエの小さな吐息。
「面で押す……メモしておかないと」
「大楯を場にするのは得意だろ?」
「ええ、“聖女”は場を明るく照らすものですもの」
ふふ、と彼女は冗談めかして楯の縁を叩いた。周囲の市民がまた「聖女様!」と囁き、手を振る。セリエは頬を染め、控えめに会釈を返す。俺は横目で、その所作の重心と退路を頭の中で引き直した。次、俺たちが立つ時に面で押すための準備を。
視線を上げると、黒門の陰でキースとミルダが何か短く言葉を交わしていた。キースは顎でレーンを指し、ミルダは戦鎚の柄にすっと手を置いた。コーダが第四試合の札を掲げる。
「第四試合──騎士団長副官 キース × 第三大隊長 ミルダ VS 神官 ベルト × 結界術師 リサ、入場!」
風向きが変わる。祈りと結界、そして学園首席と“姐さん”の連携。線でも面でもない、“術式の継ぎ目”を巡る戦い。俺は思わず、腰の呪符入れを確かめる。指先に紙の感触。呼吸が整うのを感じた。
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【次回】#67『第四試合——結界は割れるか』
聖句と結界——対人戦の達人コンビに、キースとミルダが挑む。
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