#65.第二試合──ニーナ、走る
◇◇◇ 第二試合・練兵場黒門側レーン──
鐘が二度、乾いて鳴る。俺はセリエと最前列の控え柵に寄り、息を整えた。石畳にはもう、第一試合の氷の粉と土の欠片が月光みたいに散っている。
「第二試合、構え!」
審判のコーダが大剣の柄を地に“ごん”と落とす。その低い音が、合図だ。
「始め!」
先に動いたのは第二大隊の二人──パースとヴィム。さすが整った所作だ。二人が同時に踵で石畳を刻むと、リング内に格子状の土脈が立ち上がり、風と熱がその上に薄い膜を張った。
「土風は視界を奪う、土火は筋を焼く。性格の違う“圧”を同時に敷く気だな」
俺が呟くと、隣でセリエがこくりと頷く。
ダンは巨大な鉄板盾を肩から降ろし、地面に突き刺した。呼吸は深く、重心は低い。動かない岩。相棒のニーナは真逆だ。赤髪が夕焼けみたいに揺れて、三日月刀がくるりと笑った。虎の耳がぴく、と風向きを拾っている。
「行くぜ、ダン! 板、貸して!」
「おうよ。踏み台にでも何にでも使いやがれ!」
ニーナが鉄板盾に一足、軽く乗る。ダンが同時に左腕で押し上げる。跳ね板になった盾から、ニーナの身体が月弧を描いて舞った。空気が“すっ”と変わる。三日月刀が半月から満ちる月へ、径を広げる。
パースが掌を切る。土が柱になって立ち、風が刃に変わる。ニーナは刃を刀身の腹で柔らかく受け、足裏で土柱の側面を蹴って、もう一段高く。踏み切りの指が強い。あの母趾で押す癖──
(……どこか、見覚えがある踏み切りだ)
ヴィムが遅れず右手。土の槌に熱が宿る。赤い亀裂が走る火炎礫がニーナの影を追う。
「落ちろ」
次の瞬間、その礫が外れる。ダンが鉄板盾を斜めに立て、鏡みたいに角度をつけて弾いたのだ。火花が盾を滑り観客席に向かうが、第四大隊が編んだ風の障壁がさらりと受け流す。
「おっさん、ありがと!」
ニーナが空で笑い、三日月刀の尾でヴィムの胸の標靶をちょんと叩く。青光。「ヒット」。
「まず一つ」
セリエが小さく息を弾ませる。
だが、パースは崩れない。足元の格子が“ぐっ”と深く沈み、渦が生まれた。土と風の“塵旋風”。目と喉を刺す粒がリングの中央を覆い、ニーナの赤が一瞬、霞む。
ダンの声が飛ぶ。
「ニーナ、右三歩、斜行! 足、飲まれるな!」
ニーナは迷わない。右足・外・三。
虎のしなりがそのまま足運びになる。渦の縁を蹴り、ひゅっと抜けた。ダンは渦の口に鉄板盾をずぶりと差し込み、風の吸い込みを鈍らせる。土風の術式は呼吸が命だ。吸う口が塞がれれば、渦は痩せる。
パースが初めて眉をひそめ、印を組み替える。土の柵が四方から“ぱん”と立ち、ニーナを囲い込む。上だけが抜け道。だが、そこには風刃が十字に走る。
「板!」
「はいよ!」
ダンが片手で鉄板を投げた。重たいはずの鉄が、彼の腕の中ではただの道具だ。板は柵の内側、ニーナの足元に“どすん”と落ちて足場になる。ニーナはそこへ一拍で乗り、刃の届かない厚みへ跳ぶ。三日月刀が裏へ回り、風刃の腹を滑らせて角を殺す。髪が一筋、空に散った。惜しい。だが彼女は笑う。
俺の胸が少しだけざわつく。
(その笑い顔、やっぱり……)
上から降りたニーナは、落下の力を腰で畳み、地に触れた踵で一度、石を鳴らした。虎歩の沈み。そこからの水平線が速い。パースの視界が土埃で半拍遅れる。ニーナの刀身が柄元まで吸い込まれ、柄尻が先に伸びて標靶を突く。青光。二つ目の「ヒット」。
第二大隊の二人は同時に一歩引いて、礼を取る。
パースが短く言う。「見事。読みが速い」
「支えが堅い」とヴィムが付け足す。
寡黙な称賛は、騎士らしい。
観客席から大きなうねり。
「ニーナ!」「ダン!」
少し前の“広場の一件”で彼に向いていた刺々しさが、今日は温度に変わっているのが分かる。ダンは照れ隠しみたいに鼻を鳴らし、鉄板を肩に戻した。
コーダの大剣がまた“ごん”と落ちる。
「第二試合、勝者──鉄板のダン × 茜月のニーナ・ノヴァ!」
ニーナがこちらへ手をひらひら振る。
「次は、あんた達とだな!」
虎耳がぱたぱた揺れて、目尻が楽しそうに細くなる。俺は無意識に、彼女の足の踏み切り跡を目で追っていた。母趾球がくっきり、弧の出口だけ深い。——あの癖、俺は知っている。
(……何故、ここでお前の影を視る?)
「フィン?」セリエが小首を傾げる。
「いや、なんでも」俺は笑って手を振り返した。
目の端で、ミルダが腕を組んでリングを観察している。キースは彼女の横でメモに二行だけ、さらりと記すとペンをしまった。
風が少し強くなる。黒門の上空で薄雲がちぎれ、陽が一枚、石畳に落ちた。練兵場の熱が、ゆっくり次の戦いの温度へ移っていく。
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【次回】#66『第三試合——火と風、線から面へ』
線で貫く矢雨と槍 VS 爆炎と鎌鼬の面制圧——中遠距離戦の巧者はどちらか。
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