#57.作戦会議(後)
◇◇◇ “黒獅子の咆哮” 騎士団本部──
キースの棒が畑地、導水路、林帯を滑り、駒が小気味よく移動する。室内は紙の擦れる音と小さな吸気だけが続いた。
「第一大隊は機動戦——騎馬と軽鎧で構成。黒門のある南面へ蟲群を“誘導”します。彼らの任は囮と分断。魔力の温存は不要。壁外で第三大隊と連携しつつ、決して馬を降りぬこと」
第一大隊の黒駒が弧を描いて走る。
「城壁外側には多重の魔法障壁を構築。衝突の勢いを段階的に殺ぎます。第四・第五大隊が防空と障壁強化を兼務。飛行型への対処は優先度高」
壁の前に薄青のリングが幾重にも置かれる。魔術参謀が指で段数を示す。
「第三大隊は壁上。投石機と連弩で群れを削りつつ、黒門方面に“恨み”を集中させる。——合図が出たら」、キースが黒門に触れる。「敵大多数が射程内に収まった瞬間、黒門“発動”による一斉掃討を行う」
ざわ、と空気が揺れた。黒門の名は、この街の者の心臓に直接響く。
「撃ち漏らしは第一〜第三で殲滅。第二大隊は壁外で迂回を狙う個体を側面から叩き、東西壁へ近づけない。——障壁が“一枚”さらに破られた時点で第一へ退避命令。もう一度言いますが、絶対に馬上から降りてはなりません」
指示は簡潔だが、配置と動線はよく練れている。深追いの禁止、退避のトリガ。無用な英雄行為を嫌う帝国の軍隊らしい“冷静さ”が骨組みに通っている。
「信号は、白——後退、赤——警戒、金——総攻撃。補給線は西の内門で輪転。以上が骨子です」
説明が終わり、室内の緊張が少しほどけた。キースが視線で質疑を促すと、静かに手が上がる。冒険者組合のギルドマスターだ。大剣の柄に節くれだった手をのせ、低い声が響く。
「最終確認をする。冒険者組合——職員を含め“街の全冒険者”は、内側で住民の保護と治安維持に専念。そう受け取ってよいな?」
「その通りです、マスター」キースが頭を下げる。
「ただし——万が一黒門を抜けた蟲がいれば対処をお願いします。そのための武装は携行を」
「よかろう。配置は儂が決める。お主らは外で思う存分やれ」
ギルマスが冒険者側へ視線を投げる。「異論は?」 誰も口を開かない。反発の矛先は、作戦の明瞭さと団長の謝辞で削がれたようだ。
「他に?」キースが全体を見回す。
「ちょっと待ってよ、キースさん」
俺は手を上げた。セリエが隣で小さく肩を跳ねさせ、袖を引く。(あとでこっそり、って顔だな)
「“聖女”の役割。俺たちはこの街の冒険者じゃない。どこで何をすればいい?」
ざわ、と視線が集まる。羨望、猜疑、好奇。いろいろ混じった目だが、正面から受けるのは嫌いじゃない。
「失念していました」キースは即座に応じた。
「フィン殿、セリエ殿は第三大隊と“黒門上”で待機。到来点に対して“囮”として働いていただきます。第三の火力と連携し、敵意を南面へ引きつける」
その言葉と同時に、壁上の駒の側に白銀の小駒が二つ置かれた。立ち上がった女性が一人。黒髪をうなじで束ね、重装の魔導鎧に短めの戦鎚。凛とした輪郭は、城壁の風が似合いそうだ。
「第三大隊長、ミルダ・ヴァレスだ。詳細は私の隊営で伝える。終わり次第、来てくれ」
ミルダ。——黒獅子唯一の女性大隊長。ゲーム時代から名の知れた“メインNPC”だ。実物は、街中で聞いた噂よりいくらか柔らかい眼をしている。
キースが最後の確認をする。「質問は?」 沈黙。団長が椅子を押し、立ち上がった。
「これにて第二回フィリス防衛作戦会議を終える。各自、持ち場に戻れ。“黒門”は我らの背骨だ。折らせるな」
椅子の擦れる音が重なり、各人が地図から自分の駒を回収して散っていく。セリエが小声で俺の袖をつついた。
「囮ですって。聞いてないのですけど」
「囮ってのはな、派手に、でも死なない。そういう仕事だ」
冗談めかして笑うと、セリエはふんとそっぽを向いた。けれど耳の先は、少しだけ紅かった。明滅する燭の下、黒い獅子が壁からこちらを睨んでいる。——大丈夫だ。黒門は抜かせない。抜かせるつもりも、ない。
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【次回】#58『紅葉は舞う』
ミルダの執務室に案内された俺たち。この周回の彼女は、俺が学園編で見てきた彼女と同じだろうか?
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