#56.作戦会議(前)
◇◇◇ “黒獅子の咆哮” 騎士団本部──
フィリスに到着して三日。先遣大隊の報告が一通り揃ったということで、二度目の作戦会議が開かれることになった。俺とセリエにとっては初回参加だ。
案内されたのは本部棟の奥、黒獅子の紋章旗が四方の壁にかかる長円形の作戦室。磨かれた黒い楢の床板が靴底に乾いた音を返し、天井から吊るされた燭台は油の匂いを薄く漂わせる。中央の円卓には、地図台に張られた羊皮紙——城壁の高さ、黒門の位置、周囲の地形や灌漑路まで細かく書き込まれ、色の違う駒がびっしり立っていた。
出席者は二十名ほど。第一〜第五大隊の大隊長と参謀格、冒険者組合のギルドマスター、地元クランの代表者が数名。そして俺とセリエ。ざっと見渡して、(……出ないな)と胸の内で息を吐く。これだけ“強者”が同じ部屋に集まっても、災厄の出現条件は満たされないらしい。
「皆さん、協力要請に応じて集まっていただき感謝します。まずは団長から一言」
司会のキースが、資料束を整えつつ開会を宣言する。前に進み出たのは騎士団長ガレフ=マルゼンシュタイン。漆黒の将軍鎧に金糸の獅子。声は石壁に反響し、部屋の隅々まで行き渡った。
「既に周知の通り、この街は蟲の大群に狙われている。先遣の報告では、到来は概ね十日後。残された時間は多くないが、現在の規模であれば対処は可能と見ている。我ら“黒獅子の咆哮”は全力を尽くす。本日は作戦の骨子と、諸君らに依頼する支援について確認する。疑問は遠慮なく述べよ。以上だ」
無駄のない挨拶。キースが進行を引き継ごうとした時、円卓の端で椅子が軋んだ。
「おうおうおう、日の無ぇ時に今さら“会議”だぁ? 遅ぇんじゃねえのか、騎士団さんよ」
立ち上がったのは、逞しい巨体に鉄板の胸甲を着た男。金級“鉄板のダン”。広場でセリエに痛烈な一撃(言葉の)を食らった、あの冒険者だ。腕を組んだ前腕には無数の古傷、肩で風を切る態度は相変わらず。
「先に言っとくがよ、箝口令で情報を握り潰したのはアンタらだ。あの時、俺が外で何を言われたか知ってるか? “人を見る目も情けも無い大男”だとよ。吟遊詩人の唄にまでされてよ、笑いものだ。謝罪が先だろうが」
会議室の空気が一段硬くなる。キースは一拍だけ目を閉じ、それから氷のように澄んだ声で応じた。
「その件については既に説明済みです。住民の混乱を避けるため、我々は情報を“敢えて”機密にしました。調査段階では誤報の可能性もあり、軽率な流布は治安の崩壊に直結します。内外二正面作戦を強いられれば、守れるものも守れなくなる。——街の安全をどう運用するかは、我々の責務であり権限です」
「だとしてもだ!」ダンは机を拳で叩く。「結局、単独での討伐を諦めたから俺たちを呼んだんだろ? なら最初から根回ししろ。こっちだって準備が要るんだよ!」
キースの視線が鋭く細くなる。「作戦説明も聞かずに罵倒を始め、貴重な時間を浪費する——それが冒険者組合の総意ですか? 順序を無視したその態度が、“見る目がない”と子どもに歌われる所以ですよ、アイアンプレート——」
「もうよい、キース」
低くも通る団長の一声で、刃のような空気が緩んだ。ガレフはダンに体を向け、深く頭を垂れる。
「ダン殿、情報提供が遅れたことは事実。詫びよう。だがまずは作戦を聞いてくれ。街外で蟲と刃を交えるのは我ら騎士団だ。諸君らの力は、必要な場所に必要な形で借りたい」
ダンは鼻を鳴らし、椅子を引き戻して腰を落とした。キースが軽く頷き、指揮棒で地図の南縁——黒門を打つ。
「では、骨子に入ります」
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【次回】#57『作戦会議(後)』
キースが作戦を伝え、会議は終わりを迎える——待って、俺たちの役割は? そう尋ねると、進み出る一人の女性——
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