#55.覚醒──聖女と獅子
◇◇◇騎士団別棟・中央廊下──
フィリス到着から一晩明けた。キースに散々揶揄われてから騎士団本部を後にする。
頬にもらった紅葉はまだひりひりと痛む。セリエには回復魔法は使うなと言われていたので、自動回復が追いつくまで暫くかかった。騒動の火種はまだ微かに燻っていたが、朝の空気はやけに澄んでいて、鼻腔に入る土と藁の匂いが頭をすっきりさせた。
俺は宿の窓辺、差し込む光の粒子が舞う場所に立ち、ステータスを呼び出す。視界の端に淡金色の枠が浮かび、指先の意識を沿わせると、半透明の板が音もなく展開した。
……現状の立ち位置を、数値で確認する。
⦅フィン⦆
性 別:男
種 族:人間
職 業:付与術師
レベル:20
H P:92(92)(青)
M P:176(176)(金)
S P:20(20)
攻 撃:132(銀)
防 御:92(青)
敏 捷:71(黒)
技 力:68(黒)
隠 密:86(青)
魔 力:177(金)
精神力:169(金)
────────
[スキル]
⦅体術B⦆ ⦅投擲C+⦆⦅剣術D⦆⦅棍棒術D+⦆⦅火魔法D+⦆⦅神聖魔法E+⦆⦅付与魔法C⦆←new!! ⦅統率D⦆⦅薬草学C+⦆⦅調合C+⦆
[耐性]
⦅熱C+⦆ ⦅疲労E⦆←new!! ⦅毒C+⦆⦅呪C+⦆←up!!⦅沈黙C⦆←new!! ⦅盲目C⦆←new!!
[ユニーク]
⦅タイマン⦆ ⦅韋駄天⦆←new!! ⦅自動HP回復:小⦆ ⦅自動MP回復:小⦆ ⦅取得経験値up:小⦆ ⦅取得熟練度up:小⦆ ⦅取得絆量up⦆ ⦅念話⦆
⦅セリエ⦆
性 別:女
種 族:人間/(???)
職 業:姫騎士/聖女←new!!
レベル:20
H P:179(179)(金)
M P:135(135)(銀)
S P:20(20)
攻 撃:130(銀)
防 御:178(金)
敏 捷:85(青)
技 力:139(銀)
隠 密:43(黒)
魔 力:135(銀)←up!!
精神力:175(金)←up!!
────────
[スキル]
⦅斧術C⦆ ⦅槍術C⦆ ⦅盾術C+⦆←up!!
[耐性]
⦅痛覚C⦆ ⦅斬撃C+⦆ ⦅打撃C+⦆ ⦅突撃C+⦆ ⦅毒D⦆ ⦅熱E+⦆ ⦅冷E+⦆
[ユニーク]
⦅???⦆ ⦅聖女の祝福⦆←new!! ⦅女神レンフィアの祝環⦆←new!!
◇◇◇
色の凡例はこの世界でもおなじみだ。虹:10/金:9〜8/銀:7〜6/青:5〜4/黒:4〜1/赤:0。伸び代の“資質”は基本先天だが、ジョブや経験で後天的に色相が一段上がることもある。俺のMP・魔力・精神が金で揃っているのは付与術師として心強い。一方で敏捷・技力に黒が居座っているのは、俺の立ち回り方を考えれば胸に刺さる。
(……セリエに“聖女”が付いた。そして新ユニーク⦅聖女の祝福⦆──声で周囲のパラメータを底上げ、か。学園時代には無かった力だ。それから“女神レンフィアの祝環”。レンフィアは水の女神──受け入れ、抱きとめる位相。あの広場で“民のために立った”誓いに呼応したのか?)
彼女の基礎値も明確に底上げされている。精神は金、魔力が銀に育っている。これは大きい。近接前衛の盾職に精神が乗れば幻影や盲目といったバッドステータスの影響を受けづらくなる。魔力は対魔法耐性として効くから、堅さの次元が一段変わる。
そして、セリエの種族/ユニーク欄に残る⦅???⦆。この書き方……どこか別の血が混じっている可能性が高い。本人が自覚していない要素は、⦅鑑定⦆でも取らないと開示されない。
(モヤるな……まあ急がないが、手札は多いほどいい。どこかで鑑定は取りに行こう)
「フィン、朝から難しい顔。まさかまた変なこと考えていませんこと?」
背後でからかう声。振り向けば、昨日の拗ね顔から一転、セリエは妙に晴れやかだった。肩に掛けたマントの留め具が陽光を弾き、髪先がふわりと揺れる。
「いや、良い知らせだ。もう気がついてると思うが、セリエのジョブに“聖女”が付いた。新しいスキル⦅聖女の祝福⦆──声で自分と周囲のパラメータを底上げするタイプみたいだね。試す?」
「まあ、もう気づかれてしまったの? 少し黙っていて驚かせてあげようと思っていたのに……残念ですわ。実はそうですの。てっきりこういうスキルは“神託”でも受けた方が授かるものと思っておりましたが……昨晩唐突に目覚めたのです」
「神託……ね。じゃあ変なものは見なかった……? “夢”、とか」
夢という言葉を口にした瞬間、セリエの肩がピクリと動き、拳が少し強く握られる。
「……いいえ。だけど、“誰か”を強く守りたいと思ったことに、間違いはありませんわ」
その声は少しの恐れと、確かな覚悟が聞いて取れる。しばらく俯いていた彼女だったが、やがて手をぽんと打って前を向いた。
「もう、分からないことは考えていても仕方ありませんわ! フィン、わたくし実はね、ずっとこういうのに憧れておりましたの! さあ、練兵場へ行きますわよ。お供なさい!」
(嬉しさが隠せてない……魔法系のスキル、これまで全然使えなかったんだもんな)
◇◇◇騎士団・練兵場──
朝靄の残る土の匂い。刈り払われた芝の切り口から水気が立ち昇り、遠くで木剣が打ち合う音がカン、カンと鳴る。見張り塔の影が伸びて、外周の丸太柵に格子模様を落としていた。
「深呼吸して、胸の真ん中に言葉を作る。吐く息に乗せるように──」
これは術式ではなく“加護”だ。詠唱ではなく、誓いの位相で力が降りる。
「わかりますわ! 心に聖句が浮かんでくるみたいに……」
セリエの喉がわずかに震え、澄んだ声が空気を満たす。高すぎず低すぎず、芯の通った響き。
「⦅──祝福──⦆」
ふっと、温い光が俺の皮膚と骨の隙間に染みてくる。筋肉がほどけ、同時に芯が通る不思議な感触。胸の奥にもう一つの脈が重なる。
「おお……」
ステータスを覗くと、全体的に一割ほど底上げ。しかも、⦅自動HP・MP回復:小⦆が追加され、俺が自前で持つ同スキルと重畳して体感“中”に到達している。磨耗がすぐ戻る。これは、戦いの質を変える。
「すごい! ステータスも回復力も上がってる!」
「わたくしも、力が溢れてくるように感じますわ。このまま手合わせしてみませんこと?」
「え。セリエと? ん〜……」
俺は素手主体、対して彼女は重装の盾槍。真正面から殴っても盾に吸われるだけだから、狙うは装甲の内側──骨格伝達で内部を揺らす浸透打に限定される。
「ほら、身体を慣らしておかないと“昆蟲大戦”で怪我しますわよ?」
「それもそうか」
木剣と槍、拳と盾。十合。セリエの間合い管理は以前より正確で、足の裏の使い方が格段に良い。咽喉当てを狙った俺の掌底は盾の縁で殺され、逆に足払い→バッシュで土を舐める。五合。俺は重心を落として内転筋を締めて受け、肩甲骨の滑りで衝撃を逃がす。更に十合──息が上がる前に、祝福が底から支える。
「ふう。流石にこれだけやると疲れますわね」
「いや、連続でここまで動けてるのは本当にすごい。学園の頃より確実に強くなってる」
視界の隅でレベルアップの淡光が二度瞬き、経験の粒が血肉に沈む。
「ふふ。今回は七つも取れましたわ。やっぱり、近接では私に分がありますわね」
「だね。この調子で蟲も頼む」
「うう……蟲はちょっと苦手ですわ」
「そっか。じゃあ、飛空艇で逃げちゃう?」
冗談半分──いや、三割本気。撤退線は常に用意しておくべきだ。
「……な! この後に及んで馬鹿じゃありませんの!? 変なことを言うのはやめて下さいまし。この“祝環”が明日“呪い”に変わっていたらフィンのせいですわよ!」
セリエの頬が真っ赤に染まる。小さくて丸い怒り方だ。
「冗談冗談。分かってるよ。“高貴なるものの義務”ってやつだろ?」
上に立つ者は、その責を負う。口で言うのは簡単だが、実際に選ぶのは骨が折れる。けれど大貴族の家に生まれた彼女の心根には、それが当たり前のように染み込んでいる。
「そうですの! 女神様からも認められたのなら、わたくしにもう怖いものはありませんわ! お兄様たちをギャフンと言わせてあげるのです! でもその前に、ちゃんと義務を果たさねばなりません」
(なるほど、レーヴェンに戻る理由と、戻れない理由──事情があるわけだ)
こうなっては、手ぶらで帰る選択肢はますます薄い。俺は苦笑して、手の甲で汗を拭った。
「わかった。頑張ろうな、セリエ」
複雑な感情は残ったままだが、それでも言葉にすると不思議と胸の澱が一つ流れた。
◇◇◇城塞都市・黒門/夜──
その夜。黒門──フィリスの正門は固く閉ざされ、門楼の篝火が風に低く唸る。見張り塔の赤い光輪、詰所の薄い灯。秋の風が石畳をするりと抜け、鎖帷子の隙間から冷えが忍び込む。
「……ああ〜、寒い」
若い方の兵が肩を竦める。年配の兵は欠伸を堪え、吐息を髭に絡めた。
街道の先、灯りが一つ揺れた。松明の光に浮かぶ人影。
「おい、あれ」
「ああ。おい! 止まれ!」
影は立ち止まり、手を上げる。外套の裾は土埃で縁が白く、背には荷籠。腹の前に革袋。商人の身なりだ。
「急ぎの用か? お前は何者だ!」
「あ、怪しいものじゃない! ただの旅人だ。商人ギルド発行の通行証もある。銀細工を売って旅をしてる」
「わかった。見せろ」
革の匂いと汗の酸味。差し出された通行証は魔力印入り、銀細工の刻印も確かだ。門番は灯に翳し、緑の真偽紋が浮かぶのを確認する。
『……臭う。……“水”の──』
どこからともなく、声が染み込むように落ちた。商人は眉を顰め、肩をすくめる。
「……今の、何だ?」
「いや、何も?」
年配の兵が商人の背嚢を軽く叩いて、内容物を確かめる。銀糸、小さな指輪台座、磨き布。問題はない。
「ふむ。確かに。銀細工も本物だな。それに、通行証は魔力証明つきか。通すぞ」
「待て、目的は? どうしてこんな時間に?」
「この辺りの村で商談があったんだ。待ち合わせの村に行っても人っこ一人いなくて、仕方なくここへ」
『やはり、におうぞ……』
また、声。今度ははっきり。商人は顔をしかめ、若い兵が舌打ちを呑み込む。
「あ? 何か言ったか?」
「いや。何も?」
『くさい……くさい……』
「あん? まただ。お前、俺に喧嘩売ってんのか?」
「待て、俺たちじゃない」
「うるせえ! こっちは商談がぱあになって苛立ったんだ! 宿も何もねえしよ! 疲れて腹ペコで死にそうだ! 臭くて悪いかよ!」
声が上ずり、揉み合いになる。若い兵が腕を取ると、商人は反射で振り払おうとして──年配の兵がすかさず肩を押さえた。
「……こいつ!! おい、捕まえろ! こんな時に無法者を街に入れるわけにはいかん!」
『くさい……くさい……くさいくさいくさいくさい……』
「ああああああ!! うるせぇうるせえうるせぇ!!」
灯がばちりと爆ぜ、鎖の留め金が鳴る。二人がかりで連行された商人は、背嚢をがらんと鳴らしながら詰所へ消えた。
誰も居なくなった門前を、風が通り抜ける。松明の火が揺れ、黒門に彫り込まれた獅子の紋の影が、石の上で波打つ。
その時──獅子の口が、ニヤリと歪んだ。
『……水の誓いの匂い……レンフィア……“鍵”が来た……』
低く湿った声は、石の内側に染みて消える。見ていた者は、一人もいなかった。
【更新予定】
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【次回】#56『作戦会議(前)』
本格的に動き始めた騎士団。街の冒険者を集めての作戦会議を始めるが——まあ、穏やかじゃないのもいる。
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