#53.二人の首席
◇◇ “黒獅子の咆哮” 騎士団本部別棟──
「さあ、着きましたよ。セリエ殿はこちらの部屋、フィン殿はその向かいの部屋をお使い下さい」
廊下は黒獅子の紋章を織り込んだ敷き絨毯が長く伸び、磨かれた壁燭台の火が琥珀色に揺れていた。革と油の匂い、遠くの中庭からは水音が微かに響く。俺とセリエは副官キースに案内され、別棟の客間に辿り着いた。
「ありがとうキース。けれど、大丈夫ですの……? その、私達はまだ団長殿にもご挨拶しておりませんのに……」
セリエが気にするのは筋が通っている。広場でひと騒ぎあってから、俺たちは真っ直ぐここへ連れて来られた。
「ええ、大丈夫です。……というより現在、団長は黒門から離れられない状態ですので。明日には戻ります。ご挨拶はそれからで。むしろお願いしているのは我々の側です。先程の“待合室”の件も含め、度重なる無礼をお許しください」
キースが深々と頭を下げる。鎧の継ぎ目が小さく鳴った。
「いいえ、いいんですのよ! もともと其方の予定にない行動をしてしまったのは私達の方ですもの!」
セリエが慌てて手を振り、彼の頭を上げさせる。
「ま、今日は色々あったしな。ここは大人しくお言葉に甘えよう、セリエ」
「ええ、フィンがそう言うのでしたら……ご好意に甘えさせていただきますわ」
肩の力を抜いたセリエに、キースが続けた。
「では、食事は後ほどこちらへ。——それと、宜しければですが、この別棟には大浴場もあります」
「えっ! 浴場があるんですの!?」
食いつきの速度が凄い。白金の鎧がカシャリと鳴る。
「ええ。兵舎にもありますが、こちらは高位の客人用です。湯加減も清潔さも、きっとお気に召すはずですよ」
合図ひとつで使用人が走る。どこかの魔導炉が唸りを増し、温い蒸気の匂いが空気に混ざった気がした。
「まあ、なんてありがたい申し出なのかしら! 是非いただくわね! ……こほん。それじゃ、私は用意があるからこれで失礼するわ。ありがとうキース」
セリエは上機嫌で客間へ消えた。彼女は風呂が好きだ。明日はさらに機嫌が良いに違いない。
◇◇◇
扉が閉まるのを待って、俺はキースへ向き直る。
「ねえキースさん。本当に“昆蟲大戦”が起きているとして、蟲型の群れが城塞都市に押し寄せるのはいつ頃になりそう? ざっくりでも」
この街に滞在することが確定してから、俺はキースに対する口調を改めた。いずれ共闘することになる相手だ。心象はいいに越したことはない。
「はい。先遣中の大隊が、このフィリス領の南側約30kmの地点で大型の蟲の群れを確認しております。奴らは周辺の作物や魔物を根こそぎ喰らいつつ、徐々にフィリスへと迫っているといった状況です。現在の進撃速度から予測するに、城塞都市へ到来するまでには約7日から12日ほど、といったところでしょうか」
キースの言葉に頷きつつ、俺は次の質問をする。
「そうなんだ。随分と到着時間に幅があるんだね。じゃあそれより到来が早まる可能性も?」
「ええ。腹は括っておくべきでしょう」
短く頷く。彼の声に余計な揺れはない。俺はもう一つ確かめておきたいことを切り出した。
「助かります。——正直に言ってくれて嬉しいです」
「当然です。我々の作戦に協力を仰ぐ以上、情報は出します。むしろ私から申し上げるべきでしたね」
「いや、あえて隠してるのかと少しだけ疑ってたので。どうやら心配なかったみたいですけど」
俺は手元へ視線を落とす。指先で弄んでいた薄い札——表面に柔らかな緑光が揺れている。
「おや……。それは “真贋符” ですね? どうやら私は君に試されていたようだ」
「俺たちに逃げられると困るでしょ? だから、貴方に嘘をつかれるんじゃないかってね。あと、敬語はよしてくださいよ、先輩」
フィンのその言葉に、キースは苦笑する
「……へえ。すごいな君は、よく僕を観察しているね。君たちの前では “指輪” は見せていないつもりだったが。どこでそれを?」
「あれ? 本当に学園都市の卒業生だったとは驚きです。何期生ですか?」
キースの問いかけに対しさらに質問で返す。
「……ちょっと待ってくれるかい? ……もしかして私は、カマを掛けられたのかな?」
「はい。因みに、この “真贋符” も偽物ですよ? ただの白い紙切れを⦅後光⦆で緑色に光らせて見せただけです」
そう言うと、俺は手元に緑色の光を浮かばせながらキースに向けて笑みを作る。それを見てキースは声を出して笑った。
「はっはっは! 流石、今年の卒業生は優秀だ。……いや、今年の “首席” は──と言うべきかな?」
ひとしきり笑ったあと、俺の目を覗き込みながらそう言った。
「……何故それを?」
「おや? 君も学園都市のダンジョンの転移門の行き先が完全にランダムだと思っている人なのかい? それはそれは、随分と平和的な考え方だね」
キースは笑いながら続ける。
「あそこの学園長は、帝国の出身者だよ? 表向きランダムでも、裏では特に優秀な人材だけは帝国に飛ばされるよう——私はそう思っている」
キースは、こちらを真っ直ぐに見つめてそう口にした。“私はそう思っている”。言い切らないところが彼らしい。証拠は出さない、けれど匂わせる。
帝国が近年伸び続けている理由づけとして、妙に腑に落ちるのも厄介だ。ゲーム時代の常識に縛られていると、現実のシミュラクルでは足をすくわれる——そう理解して、俺は視線を落としかけた“紙切れ”からそっと目を外した。
「学園都市の不正を簡単に明かしていいんですか? 俺はまだしも、セリエは完全に王国側の人間ですよ?」
フィンは、キースの失策を指摘する。
「おっと、そうだったね。私はそう思っていると言っただけさ。証拠は何もない。これは私なりの意趣返しとでも思っておいてくれ」
そう言われてしまえば、先程の彼の言葉が真実かどうかはわからない。キースが片目をつむる。目配せに導かれて自分の指先へ視線を落とす。偽の“真贋符”は、なお薄く緑に光っていた。わかってやっている——食えない奴だ。
「……なかなかに、手強い先輩だな。その情報はありがたく心に留めておきましょう」
「それは、其方も同じことだろう? ああ、頼りにしているよ、フィン君」
差し出された手。俺も手を伸ばす。温い掌、油の匂い、金属の擦れる乾いた音。
「こちらこそ、先輩」
握手が解けても、指先に微かな熱が残っていた。扉の向こうでは湯を運ぶ車輪の音が遠く転がる。言葉の余韻だけが部屋に残り、俺たちは黙って頷き合った。
こうして学園都市の二人の “首席” は、来たる昆蟲大戦に向けてひとまず “共闘” の形を取ることになったのであった。
◇◇◇
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【次回】#54『秋空と紅葉と』
深まる秋の空は綺麗で、浮かぶ月は大きい——俺はそう言っただけだ。それなのに……。
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