#52.要請──騎士団本部にて
◇◇城塞都市フィリス騎士団 “黒獅子の咆哮” 本部──
「まったく……、本当にとんでもないことをしてくれましたね貴方達は」
獅子の紋章が燻銀のように光る黒鎧。油と革の匂い、磨かれた黒い床石に外光が細く差し、壁際の長槍が鈍く反射している。机の向こう、苦々しい顔でため息を吐いた男が俺たちを射抜いた。
◇◇◇
フィリスの大広場での “一件” のあと、俺とセリエは騒ぎに駆けつけた騎士団によって団本部へと連行されていた。
俺たちは待合室にて一通りの聞き取りをされた後、しばらく待合室で待機しておくように言われ、扉に鍵をかけられてしまった。──つまり、軟禁だ。
「予定通り街には入れたっていうのにさ、これで今日の宿は完全に取れなくなっちゃったね? あはっ! いや、もうその必要もないかな?」
「もう、馬鹿ではありませんの!? そんな事を心配している場合ではないでしょう!?」
セリエのツッコミが終わるか終わらないかで、背後の扉が開いた。
黒の外套、端正な面差し。街道で一度会った巡察の若い兵──キースが入ってくる。さっき外で見た余裕顔とは違い、額に皺を寄せ、片手で書類束の端を整えながら、もう片手で俺たちを指し示した。
◇◇◇
「あの農夫には固く口止めをしてあったはずなのですが……。それは、こうした大きな騒動になって民草に無駄な不安が広がるのを避けるためです。それをまあ、まさか街に到着したばかりのフィン殿達がこんな風に焚きつけるなんて、あの時街へ誘った私には想像もつきませんでしたよ」
乾いた紙が机に置かれる音が、部屋に小さく響く。
「こうなれば、もう“昆蟲大戦”の予兆を隠しておくことはできません。それに、隠す必要もない。こちらの調査でも既に、昆蟲の大群がこの都市へ向かっているとの報告が上がっています」
キースは束をトントンと揃え、脇に滑らせ、正面から俺を見る。視線に逃げ道はない。
「そうかい……。つまり、城塞都市の住人達に “昆蟲大戦” の発生を伝えることは、前倒しにはなったがもともと確定事項だった。ということになるな? では、俺たちがした事は大した事じゃないだろう。さっさと解放してくれ。正直、俺たちはレーヴェン行きの飛空艇に用があって来た。広場の騒ぎは悪かったが、これ以上は巻き込まれたくないんでね。とっとと退散させてもらう」
俺はキースが述べた情報の中から自分達に都合のよい事実を並べ、騎士団本部……否、城塞都市からの早期離脱を宣言する。
逃げ腰? いや、合理的判断だ。
「いえ、フィン殿も本当のところはお気づきでしょうが、既にそれは無理なご相談です」
キースは視線をセリエに移す。わずかに口角が動き、次の言葉に重みが乗る。
「“聖女”が現れたという噂は城塞都市全体に駆けました。中には“この大災厄を予見した神に遣わされた女神だ”とまで。──貴女方はタイミングが良すぎた。まるで、本当に“神”にでも遣わされたかのように」
彼は立ち上がり、鎧の継ぎ目が静かに鳴る。深く頭を垂れた。
「いま貴女がたが街を離れると、士気は地の底です。最悪、戦いの前に暴動が起き、多くの死傷者が出る。城塞都市フィリス、騎士団長たる父に代わり、副官キース・マルゼンシュタインが依頼します。お願いです、フィン殿、セリエ殿──どうか、その力を“黒獅子の咆哮”に」
頭を上げない。部屋の外では、訓練の号令と靴音が遠くに重なる。窓の格子越しに、夕陽が刃の縁を赤く撫でていた。
(……ルシフェル。お前、仕組んだか?)
俺はキースの言葉に天使の姿をした男の顔を思い浮かべる。そういえばあの男は時に悪魔の姿をするのだった。改めて “観測者” という存在の力の大きさを思い知る。それと同時に、後で絶対 “直電” で文句を言ってやる。そう心に決めた。
「──フィン……」
隣から、いつになく沈んだ響きで名を呼ばれた。セリエの瞳が俺を見る。悲しみの水面の奥に、硬い芯の光。
「貴方の気持ちはわかっています。ですが私は、力ある者としての責務を果たしたいですわ。あの農夫も、広場の住人達も、皆私のことを “聖女” などとまで呼んでくださり、協力を誓って下さいました。私は “昆蟲大戦” とやらがどの様なものか存じませんが、力の限り闘う覚悟は既にできていましてよ」
まっすぐすぎて、目が眩む。
「セリエ……お前……」
俺が口を開きかけると、セリエはすっと手を上げて制した。
「わかっていますわ。フィンが私との “初デート” をどれだけ楽しみにしているかということは。私だって、カナンの “収穫祭” に間に合うかどうか、心配で心配で堪りませんもの。──だけどこれは──」
(あー、これはアレですねぇ。完ッ全に妄想スイッチ入ってますね)
「──だから、愛に試練はつきもの。これも一つの──」
延々と続く“俺を気遣った長い口上”は、今日いちばん長い。俺は否定も肯定もせず、深く深くため息を吐いて、キースに目線で助け舟を求める。彼はいつの間にか顔を上げ、セリエににこやかに相槌を打ちながら、俺にだけ片目をつむってみせた。
──わかっていますよ、貴方も大変ですね。
そんな念話 (のようなもの)が飛んできた……気がした。瞬きして見直せば、そこにいるのは“優雅に話を聞く副官”だけ。気のせい、か。いや、たぶん。
◇◇◇
【更新予定】
毎日20:00更新!
【次回】#53『二人の首席』
案内された団本部別棟——浴場があると聞き、急いで部屋を出るセリエ。俺はキースを試す。この男、信頼できるか?
面白かったらブクマ&★評価、明日からの20:00更新の励みになります!




