#50.フィリスの街と魔導鎧
◇◇城塞都市・市街地──
「おお、すごい賑わいだな」
「ええ、辺境と聞いて侮っていましたが……。一見するに王国の“レーヴェン”にも遜色ないほど人は多い様に見受けられますわ」
黒門を抜けた瞬間、俺は思わず足を止めた。門の内側はすぐさま巨大な楕円の大広場に開け、天幕市が幾重にも張り出している。香草と燻肉の匂い、焼いた穀餅の甘い香り、獣脂と革の匂いに混じって、遠くでは鍛冶槌の甲高い音が脈打つ。商人が吊るした染布が風に翻り、黒獅子の軍旗が石造の見張り台の上でばさりと鳴った。行き交う人々の衣装も様々だ。帝国の短外套、王国式の刺繍上衣、神聖国の白衣。貨幣の触れ合う音が雨粒みたいに絶えず耳へ降りそそぎ、諸方言が縦横にぶつかる。
「そんなに驚くことはない。もう少し街の中へ進めば、この騒ぎが嘘みたいに静かになるぞ。ここがうるさいのは単純で、この街いちばんの大広場が門のすぐ内側にあるからさ」
「っえ!? ここが街の大広場ですの!? 普通、広場といえば街の中心部にあるものではないんですの?」
「多くの街ではな。けどフィリスは例外だ。戦時を意識した造りで、ここ一帯は練兵・配給・馬の集結まで兼ねる。戦の号令一つで、広場がそのまま部隊の出撃線に切り替わる。……裏を返せば、門を抜かれたら街心臓部まで一直線という危うさも抱えるけどな」
“黒門は抜かれない”という前提が積み上げた、攻めの守り。帝国らしい割り切りだ。広場をかすめる風が、石畳に描かれた隊列目印の刻線を撫で、砂埃を巻き上げる。練兵の名残だろう、靴底の削れ跡が格子状に残っていた。
検問は肩透かしに短く終わった。学園都市の卒業指輪を見せると、衛兵は目礼だけで通した。門務が詰める石櫓には通関板が吊られ、交易列(荷車と隊商)は課税と検分で長蛇、俺たちのような汎用門に並ぶ旅人は講問二つで通過。ゲーム時代と同じ運用だ、と胸の奥が少し可笑しくなる。
俺が状況を説明していると、セリエが俺を斜め下から覗き込み、試すような目をした。
「私、これまで貴方に尋ねたことはありませんでしたけれど、フィンは何処の出身ですの? もしかして、帝国ですの?」
「いいや、違うけど?」
「ふぅん。なら、どうしてそんなに色々知っている風に見えるのですかしらねえ。いずれ、貴方の故郷とやらにも行ってみたいものですわ。だって──」
言いさして、彼女は俺の顔色を読んだのだろう。俺が苦笑でごまかすと、セリエはそっと言葉を飲み込んだ。
「……そうだな」
口に出せない地名が舌先でほどける。俺の“故郷”は、この世界に地図記号を持たない。言えば、どこかが軋む。セリエは気付いたように視線を逸らし、空気を入れ替えるみたいに周囲へ顎をしゃくった。
「そ、そうだ! ねぇフィン、あの方達が身につけている“鎧”──なんだか面白そうな形をしていますわね」
指差す先に、鈍銀の節鎧。肩甲や籠手の合わせ目に細い導線が這い、符刻の線が青白い脈で瞬く。近くを通り過ぎると金属臭とは別に、オゾンめいた匂いが鼻に来た。装着者が呼気を整えるたび、籠手の小孔から薄く蒸気が漏れる。
「ああ、魔導鎧だ。学園で習ったろ。帝国はああして魔力を鎧に纏わせて接近戦もやる。前衛も張る魔術師は魔導戦士って呼び名を名乗ることが多い」
俺の脳裏に、かつて読み込んだ公式サイトの開発ノートやファンブックの図版が鮮やかに立ち上がる。肩軸に仕込まれた衝撃吸収符、筋駆動補助の環、対術式膜の展開角。前回マカライトから贈られた“爆裂鉄甲”も、これらの技術を模倣したものだ。
ゲームよりも一段階質感が増して、現実の密度でここにある。古代の魔法陣を内装へ刻み込む秘匿技法──帝国はそれを部分的に解読し、実戦へ投じている。持ち出しは厳禁。帝国のお抱え冒険者か軍務従属でないと扱わせてもらえない。学園都市のあるフォーリナー神聖国とは技術の相互秘匿協定があるから、学園へ入る情報は薄い。けど、俺はシミュラクル漬けの頃に掲示板の検証も各種試験も齧り尽くして、(抜き打ち込みで)全部満点を取っていた。手札の位置なら、だいたい頭に入っている。
「へぇ、アレがそうなのね。なんだかカッコいいですわ。魔力を纏う……というならフィンにも扱えるんではなくって? お金なら多少は出せますわよ?」
「わ、わっ、無理だって。帝国所属じゃないと運用許可が出ないし、なにより俺はああいう動きにくい鎧を着ると逆に鈍る。俺の戦い方は付与と立ち回りで稼ぐタイプだし」
セリエは頬をぷくりと膨らませ、すぐに機嫌を直すみたいに周囲へきょろきょろと視線を走らせる。露店のガラス玉が陽を呑み、銅打ち鈴が澄んだ音を散らした。大道の中央を、軍用荷車が列をなし、車台の側面には黒獅子の焼印。道端の水樋からは清水が細く走って、洗い場で革鎧を擦る少年の指が赤い。
「そんなに驚くことはない、って言ったけど……やっぱり面白い街ね。門の内側が市場って、発想が攻めてますわ」
「帝国の“今”がそのまま設計に出てる。兵站と徴発の導線を最短で繋ぎたい。だから門前に大広場を置く。緊急時には、いま並んでるこの露店が丸ごと野営配給所に変わる」
言いながら、俺は広場の縁に刻まれた番号石に指先を当てる。部隊配置の区画番号だ。これがある限り、黒門の外で何が起きても、内側は秩序を保てる。けれど──ひとたび黒門が折れれば、敵の軍靴はこの石目の上を一直線に駆け抜ける。賭けだ。信仰に近い城門思想。
セリエはそんな俺の横顔を半拍ほど見つめ、わざとらしく咳払いをしてから肩を並べた。
「……ところで、フィンの故郷の料理って、どんな味がするのかしら?」
「え」
「冗談ですわ。いまは“こちらの”おやつの話をしましょう。ほら、あそこの蜂蜜菓子がとても香ばしい匂いをさせて──」
からかい半分、気遣い半分。俺は救われた気分になって、揚げ油の立つ屋台へ目を向けた。金の糸みたいに伸びる飴が巻き取られ、蜂蜜の焦げが甘く鼻に残る。
「……よし、じゃあまずは宿を押さえて荷を置く。それから装備の手入れ、情報屋で飛空艇の便を確認。余裕があれば、広場を一回り」
「了解ですわ、従者様」
セリエが胸甲を小さく叩いて笑う。鎧の縁がきんと鳴って、俺たちは人波の流れに身を滑らせた。頭上では、黒獅子の旗が陽を透かして濃淡の斑を石畳に落とし続けている。ここが、次の幕の舞台だ。
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【次回】#51『フィリスの聖女』
広場を通り過ぎようとした俺たちは、ある騒動に出くわす。騒ぎはごめんだ。俺は見て見ぬふりをしようとするが——
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