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シミュラクル!〜サブ垢に転生した俺は何度でも『強くてニューゲーム』する〜  作者: やご八郎


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#48.フィリスの “黒門”

 ◇◇◇ 城塞都市“フィリス”の城門前──


「やっぱり、そう遠くはなかったな」


「ええ。この時間なら宿探しで右往左往せずに済みそうですわね。……ただ、検問がどれほど掛かるかは別問題ですけれど」


 城門前には二筋の列ができていた。右側は幌付の荷車や大型の馬車が連なり、樽や箱に封蝋が押され、徴税吏が棒秤を当てては印章と通商手形を突き合わせている。左は旅人・日雇い・巡礼の列。粗末な荷と身の上話で済むのか、進みは幾分早い。


「卒業指輪を見せれば早い。……心配いらない」


「違いますわ。指輪の効き目のことではなくて──私たちの順番が来るまでに日が暮れないかって話ですの。見なさいな、あの荷台。ひとつひとつ中身を開けていたら、どれほど時間がかかることか」


 セリエの指先の向こうで、干し魚の匂いと油紙の軋む音が混ざった。荷車の脇では商人と兵が値書きや卸先の確認に余念がない。


「大丈夫。俺たちが並ぶのはあっちだ」


 顎で示すのは左側の汎用門の列。藁帽の農夫たちが鍬を肩に、汗を拭いながら兵と軽口を交わしている。兵の机には簡素な木札と刻印用の焼印が積まれ、脇には小さな徴収箱。訪問理由を問われ、入門料を払えば終わり──国境近くゆえ商人筋の検めが厳しいだけ、と説明しながら、俺は列の最後尾へ足を向けた。


「そ、そうでしたのね……。知りませんでしたわ」


 セリエは頬を染め、視線を上げる。黒々と圧し掛かる門扉と、それに連なる高い城壁。見上げれば、風に翻る黒獅子旗が空の青を切り取っている。


「セリエ、学園に来るまでレーヴェンから出たこと、ほとんど無かったか?」


「っな!? も、もちろんありますわ! ……ただ、レーヴェンやカナンは“大戦”後に築かれた新しい街。こんな高さの城壁や重い門は初めてですの。それに──これは伝説に名高い“フィリスの黒門”。しっかり目に焼き付けたいだけですわ。不勉強なのは、どちらかしら?」


 ぷい、と肩越しに顔をそむける。その横顔に、わずかな高揚と畏れが共存していた。

(やれやれ。お嬢様の地雷は相変わらず見えにくい)


 門は黒鉄(くろがね)の枠に黒漆を幾層にも塗り込めた樫板を鉸め、蝶番と補強帯には鋲が星座のように打たれている。中央近くに浮き彫りの黒獅子。喉を開いて吠えるその姿は、帝国に仇なす者は通さぬとでも言いたげだった。壁面の基礎は玄武岩、目地には砕いた黒曜が混ぜられ、陽を吸って鈍く光る。門前には旅芸人、写生の老人、干菓子を売る子ども。人のざわめきが、歴史の静けさに薄く膜を張っていた。


 ◇◇◇


 セリエの言う大戦とは、三百年前、中央大陸を焼いた人の世の災いだ。バルトリア帝国、エレノア王国、フォーリナー神聖国、ヤマタ皇国、マール連邦共和国……大国から諸侯までを巻き込み、当時の人口の五分の一が失われたと史書は記す。ここフィリスは三国境に近い要衝ゆえ、激戦の連なりのただ中にあった。


 伝承は語る──連合十万の兵を前に、城塞は一兵たりとも門を抜かせなかった。夥しい血が門扉を黒く染め、以後“黒門”と呼ばれるようになった、と。真偽のほどは学者の論になるが、威容は論を要さない。三百年を経てなお、この質量。この静圧。当時の兵には、ここがさながら地獄の門に見えたに違いない。


「歴史書の本文に必ず出る門。……現物はやっぱり圧が違うな」


 思わず漏れた俺の言葉に、セリエがくるりと向き直る。


「悠長で羨ましいこと。争いが再燃しない保証はどこにもありませんわよ? この土地の価値は三百年前から一寸も変わっていない。帝国も、我がエレノアも、フォーリナーも健在。むしろ帝国は版図を広げる気配さえある」


 優等生の舌鋒。彼女の瞳には地図が広がっていた。(先の手が読めている……さすが“次席”)


「悪かった。仰る通りだ。とにかく、黒門に挽かれるような真似はご免だな」


「ホホホ。その時は私が守って差し上げますわ」


 軽口を交わしつつ、列はじりじりと詰まる。前方の旅人が机に向かい、兵が定型句で問う。


「氏名、出身、来訪の目的」「──商談と、親族への挨拶です」


 焼印がじゅっと木札に押され、薄い煙が上がる。手早く刻印された入門札が渡され、銅貨が箱に落ちる音色が続く。

 門扉の上では見張りが弩を肩掛けに、もう一人は伝声管へ短く言葉を落とした。どこかで滑車が回り、鎖がカラリと鳴る。


「入ったらまず宿。それから飛空艇の運行所に時刻と空席を確認。セリエは入市税の領収と札の返却手順を一通り見ておいてくれ。……余計な会話は極力なし、でいこう」


「了解ですわ。……それと、さっきの手、あとで意味を問い質しますから」


 セリエが横目でいたずらっぽく笑う。フィンは肩をすくめ、わざとらしくため息をひとつ。


「誤解は解く。……時間があればな」


「もう、意地悪」


 やり取りは軽く、足取りは速い。

 列の進みが一息ついた瞬間、頭上を白い舟影が過ぎた。陽にきらりと傾く。次の便だ。

 二人は互いに頷き、何でもない旅人の顔で、フィリスの重い門影へと歩み入った。

【更新予定】

毎日20:00更新!


【次回】#49『不吉の蟲玉』

数日前——都市郊外の耕作地でそれは発見された。“大災害”の前触れが、静かに息をし始める。


面白かったらブクマ&★評価、明日からの20:00更新の励みになります!

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