#47.騎士団との出会い
◇◇◇城塞都市“フィリス”郊外・街道──
平野の緩い起伏を越えるたび、黒土に陽が滲んで鈍く艶めいた。やがて踏み分け道は砕石混じりの堅い街道に合流し、一定間隔で立つ里程標の影が短くなる。風除けの防風林が帯のように続き、遠くでは穀倉の木骨が幾何学に空を切っていた。ここまで来れば野良魔物の駆除が行き届いているのだろう、川辺のリザードマンとの交戦以降、牙なす気配は一度もない。
「この街道を真っ直ぐだ。フィリスは近い。……警戒は解かないに越したことはないが、肩の力は少し抜いていい」
そう告げて隣を見ると、鎧の腰帯を直していたセリエが、むすっと唇を尖らせた。
「あら残念。まだまだ貴方の隠している実力、拝見したかったのに」
冗談めかした声音に、興味の熱が混じる。俺は苦笑して肩を竦めた。(そんなに“見せ場”は転がっていない方がいい)
とはいえ、今後のことを思えば⦅念話⦆くらいは早めに教えておくべきか──前の周回でラミーがいつの間にか使えるようになっていたが、本来はコツがいるはずだ。しつこくおねだりされる前に切り札を一枚、と思い至ったときだった。
「あの人たち……何かしら?」
セリエが前方を指す。街道の塵煙の向こう、騎馬の一団がこちらに梶を切る。
陽に鈍く光る黒の札差鎧、鞍金具の鈴鳴り、纏うのは帝国式の軍外套。先頭の若い男が馬を抑え、礼儀正しく右拳を胸に当てた。
「やあ、その出立ちだと冒険者かな? 私はキース。城塞都市フィリス駐留騎士団の者だ。巡察の途中でね。……身分を示せるものはあるかい?」
整った顔立ちに、どこか王子様然とした物腰。フィンは一礼し、懐から学園都市の卒業指輪を示した。
「俺はフィン。こちらはセリエ。証明になるのは、これくらいだ」
銀の細環に刻まれた百合の意匠を一目見るなり、キースの目が柔らいだ。
「おお、学園の卒業生か。将来有望だね。ぜひ我が街に立ち寄ってくれ。城塞都市フィリスの名は聞き覚えがあるだろう?」
「もちろん。お世話になる」
「歓迎するよ。できればゆっくりしていってくれると嬉しいな。あの街は無骨でね、こういう方は特に大歓迎だ」
さらりと視線をセリエへ。金の縦巻き──いや今は旅仕様の素直なロング──が陽光を弾き、セリエは一瞬硬直した。頬がみるみる朱に染まる。言い返そうと口を開いた彼女の声を、俺は軽く挙げた手のひらで制した。
「厚意に感謝する、キース。ぜひそうさせてもらう」
さりげなく一歩前に出て、セリエの肩を影で覆う。彼女はそこで何をどう誤解したのか、胸の前で拳をぎゅっと握り、身悶えしている。(……違う。今は余計な情報は出したくないだけだ)
「そうか、君たちはそういう関係か。ふふ、失礼した。では我々は巡回に戻る。また会おう、フィン、セリエ」
キースが手綱を軽く引くと、蹄鉄が石を弾き、騎馬は砂塵の尾を引いて去っていく。残された空気に、革鞍と油の匂いだけが淡く残った。
「……ふう。ずいぶん好意的な方でしたのね」
セリエは手甲の甲でぱたぱた頬を扇ぎ、火照りを誤魔化している。
「ああ、指輪の効き目だ。これを見せれば大抵の場所は何のお咎めなく通れる。学園卒業生は神出鬼没──どこに現れても一定水準の読み書きと教養、地誌と礼法、そして何より“使える戦力”だと相場が決まっている」
俺は歩を進めながら、言葉に少しだけ説明を足す。
「卒業の転移門は完全ランダム。だから俺たちは毎期、世界中に散る。人手の足りない辺境や、戦時の領土でも、相応の待遇で抱え込まれることは珍しくない。今の帝国も同じだ。だからこそ、どの街でも期待を帯びた目で見られる」
さきほどのキースの熱も、そこに由来する。彼はきっと、二人がこの街で長く働き、地元の役に立つことを想像したのだろう。セリエが「私たちは飛──」と言いかけたのを遮って礼だけに留めたのは、その期待をわざわざ削る必要がないからだ。
ましてやここは軍事国家バルトリア。転生直後の俺たちは、フィリスの政情をまだ掴み切れていない。ゲームだった頃のクエストには、帝国と周辺国の戦争に介入するものもあった。今やシミュラクルは現実だ。世界がどんな均衡を選ぶか、誰にもわからない。
(いま大事なのは──目的を漏らさないこと。何食わぬ顔で飛空艇に乗り、レーヴェンへ抜ける)
遠方に連なる城壁を見据え、俺は決意を改めた。
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【次回】#48『フィリスの“黒門”』
フィリスに辿り着いた俺たちを迎えたのは、高い城壁と立派な黒門——伝説の門は荘厳に構え、俺たちを見下ろしている。
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