#46.明かせない秘密
◇◇◇
俺たちは帝国西部の城塞都市“フィリス”を目指して、黒く肥えた畑地の畦道を進んでいた。陽は高く、刈り取りを終えた束がいくつも影を落とす。風が行き交うたび、乾いた穂がしゃらりと鳴った。
学園で叩き込まれた地理を頭の隅から引っ張り出す。フィリスは、東西に長いバルトリア帝国の中央よりやや西。そして何よりの特徴は──帝国・エレノア王国・フォーリナー神聖国の三国境に位置し、帝国西防の要であることだ。
穀倉地帯でありながら飛空艇の発着場も備える都市は、中央大陸広しといえど他にない。荷は重ければ重いほど海陸路に分があり、飛空艇は魔力コストの都合で高価か急ぎの品に限られる。にもかかわらずフィリスに便が降りるのは、ここが軍事上の要衝だからだ。
幸い、三国はいま戦争状態ではない。フィリス発の便はエレノアへもフォーリナーへも出ているはずだ。つまり、エレノアの大都市レーヴェンに向かう俺たちにとって、ここを経由するのが最短で最善。
「じゃあ、おさらいだ。まずフィリスに入って、次のレーヴェン行きに乗る。駆け出しに飛空艇の運賃は痛いが、セリエの親父さんに卒業の報告をしたら、そのままレーヴェンを拠点に動く。あそこは依頼の宝庫だ。出費はすぐ埋められる」
「ええ、それで問題ありませんわ。それと──カナンの収穫祭、忘れてはいませんでしょうね? 移動は我が家の馬車を出させますから、心配ご無用でしてよ!」
「……わかった」
(むしろ渡りに船だ)
カナンにはマリエラがいる。今回の周回では、彼女の加入をもっと穏当にやりたい。前みたいに公衆の面前で“豊胸の女神”などという最悪の肩書を着せずに済む道を探すべきだ。“エデンの果実”も、軽々しく晒していい代物じゃない。いっそ、夜半に教会へ──
(いや、泥棒思考は最後の手だ。順序を踏め、俺)
「それでフィン。さっきの──アレはどういうことなんですの? ちゃんと説明してくださるのよね?」
「ええと……アレとは?」
「とぼけないでくださる? 貴方、あの蜥蜴男に槍で貫かれて倒れてたはずよ? なのに短時間で立ち上がって、素手で仕留めた。明らかに──付与術師の範疇を逸脱してますわ。どうしてできたの?」
セリエは金髪を耳に払う。尖り気味の耳介がちらりとのぞく。
俺は息を整え、いつもどおりの穏やかな口調で答え始める。
「説明はできる。けど──長い。歩きながらでいいか?」
黒土を踏むリズムに合わせて、言葉を紡ぐ準備をする。空の高みには、白い舟影。どうやら定時便が高度を上げて巡航に入ったらしい。あれに乗る。必ず。
そして俺は、あの瞬間、俺の身に何が起き、何を選んだのかを、順番に語り始めた──。
◇◇◇
「まず、俺は付与術師だ。役割は前衛の強化と敵の弱体。ただ、それは自分自身にも“掛けられる”。自己強化の重ね掛けで、治癒力と敏捷を一時的に引き上げた。初動が遅れてセリエさ──様を突き飛ばすしかできなかったのは、術式の上書きが間に合わなかったからですけど」
「言葉遣い、“様”呼びに戻ってますわ。何かやましいことでも?」
セリエが大楯の底で道をコンと小突く。威圧、似合うのが悔しい。
「……悪い。続ける。俺にはユニークスキル《韋駄天》がある。瞬間的に敏捷の倍率を跳ね上げる。で、体術の一部は攻撃値だけじゃなく敏捷で補正が乗る。だから、速度を武器にできる。それがあの“貫き手”だ」
「体術、ね。首席の座は総合力での話だとばかり……。あれほど“拳”が立つとは、初耳ですわ」
「学園じゃ、見せなかったからな」
俺は手刀を軽く握って見せる。
(俺も、本当の意味で生き物を殺したのは初めてだ)
指先に蜥蜴男の鱗を割って突き入れた時の、鈍い抵抗が蘇る。 この感覚は忘れない。
「一つ確認。自動回復は?」
「……ある。⦅自動HP回復:小⦆を持ってる。あと、⦅自動MP回復:小⦆も」
「まあ、そんなレアスキルまで……」
セリエが一瞬息を呑むのがわかった。
これはミレッタと絆を結んだアカウントから継承したものだ。⦅念話⦆を始め、彼女から学んだものは多い。
セリエは顎に手を当て、俺の歩幅に合わせて小さく頷く。鎧の遊革が、歩くたび細かく鳴った。
「なら──もう一つ。なぜ隠していたの? 貴方が“前に立てる”付与術師だと知っていれば、私の立ち回りも変わったはず」
そこだ。俺は、ほんの一拍、言葉を飲み込む。
言えないことが多すぎる。
俺は転生を重ね、継承で積み上げている。いずれ全力を晒す場面は来る。災厄の時、逃げられない。
だが──彼女たちは一度きりの命だ。俺のやり直しに付き合わせる義理はない。
そして、俺の最終目的は、ただ一人の彼女を救うこと。それを聞かされたら、彼女たちはどう思う? 俺の背に並んでくれるか? あるいは裏切りと受け取るか?
喉が少し乾く。黒土の匂いが濃くなる。遠く、荷馬車の鈴。風向きが変わり、干草の匂いが重なった。
「……ごめん、セリエ。いつか話せる時が来れば話す。けど今は──“これだけは言えない”」
言い切る。目を逸らさない。
“この言葉”は、魂の記憶として彼女の中に残る。軽く撃っていい弾じゃない。撃った以上、後戻りはしない。
──くすっ。
「やっぱり、貴方は学園にいた頃のままね」
「……え?」
「さっき、体術を見せてくださったとき、実は少し嬉しかったのですわ。今まで隠していた強さの片鱗を、わたくしのために解き放ったのでしょう?」
彼女は口角を上げ、指先で俺をビシッと指す。
「学園都市の首席たる貴方の正体は、今も昔も謎。面白いではありませんの。で・す・が──わたくしがパートナーになったからには、いつの日か必ずあなたの秘密を暴いてみせますわ!」
そして、手の甲を口元に添え──見事な高笑い。
(うわ、盛大に勘違いしてる……が、助かった)
少なくとも今は、転生を説明する必要はなさそうだ。
足元の道は、黒土から敷石に変わりつつある。遠く、石壁の輪郭が陽炎の向こうに現れた。フィリスはもう近い。
俺は背紐を締め直し、セリエは大楯の革帯を肩に合わせる。風が、麦藁と油の匂いを混ぜて運び、二人分の影が長く伸びた。
「行こう。まずは飛空艇だ」
「ええ──それからレーヴェン。それとカナンも、忘れてはダメですわよ?」
「忘れないさ」
互いの歩幅が合う。俺たちは、次の分岐へ向かって歩を速めた。
◇◇◇
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【次回】#47『騎士団との出会い』
飛空港のある城塞都市フィリスへ向けて足を進める俺たちは、その途中で騎士団の青年——キースと出会う。
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