#41.バカ正直
◇◇◇
陽を手のひさしにして空を仰ぐ。白い船腹が、ゆっくりと角度を取り直し、塔の背をかすめていく。甲板の紋章がちらりと光った。
「あの飛空艇はどうやら高度を上げていくように見えますから、先ほど飛び立ったばかりなのでしょう。発着場はそう遠くなさそうですね」
俺は進むべき方角を指で示し、草の起伏を読む。峠を越える必要はなさそうだ。風に混じって、油と煤の匂いが一瞬だけ鼻を刺す。あれは港の魔導炉だ。
「セリエ様、いま現在、我々のいる場所が大体わかりました。ここは中央大陸北部、バルトリア帝国のどこかでしょう。ほら、土が黒く見えませんか。ここら一帯は黒土地帯と呼ばれていて、この土壌は肥沃で耕作に適しているのだそうですよ」
学園で仕入れた地理の講義を、さも今気づいたばかりのように口にする。──実のところ、世界座標を見た時点で当たりはついていた。黒い土は、後から付けた“それらしい根拠”だ。
「あらフィン、“農業”で栄えているというのなら、わたくしの領地“カナン”も負けてはおりませんわ。……そうだ! そういえば、ここ数年あの街の収穫祭がすっごく賑わっているそうよ? お父様からの手紙に書いてあったの。今度、一緒に連れていって差し上げますわ!」
セリエは胸を張ってから、はっと自分の言葉に気づく。金の睫毛がぱちぱちと忙しなく瞬き、頬にじわりと朱が差した。
「それに、ガリ勉のフィンのことですもの……どうせ、女の子とお祭りに行ったことなんて、ないのでしょう?」
照れ隠しの棘。わかりやすくて、少し可愛い。けれど俺は、前の周回の光景がふと喉奥に引っかかって、そのまま言ってしまう。
「……いや、ありますけどね」
「っえ!? いつ!? 誰と!? もしかして……ユーリ? それともネリネ? まさか──アストレアじゃなくて?」
同学年のメインNPCの名が次々と飛んでくる。そこでラミーの名が出ないことに、わずかな既視感が疼いた。
「いえ、セリエ様の知らない人ですね」
俺がそう答えると、彼女はつんと横を向き、長い髪がさらりと肩を滑った。白い胸甲の金縁が、ぴしりと固くなる。
「……そんなの、嘘ですわ」
「嘘ではありませんよ?」
「嘘よ」
「嘘では──」
数合、言葉を打ち合って、沈黙。砂利道を吹き抜ける風が、二人の間をすり抜けていく。からん、と彼女の脛当てが小さく鳴った。俺が「悪かった」と言いかけた、その瞬間──
「……ぐすっ。フィンのばか! もう、知りませんから!」
きゅっと唇を結んだまま、目に涙を溜めて、セリエはくるりと踵を返した。白いマントが風をはらみ、草の海に白い軌跡を描く。甲冑の留め具がちいさく連なって鳴り、足音はすぐ斜面の向こうへ遠ざかっていった。
◇◇◇
(あ、やったな俺。プライド、高いの忘れてた。よりにもよって地雷の踏み方が雑すぎる。バカ正直かよ。ここで機嫌を損ねたままだと、レーヴェン直行という大当たりを自分で捨てる羽目になるぞ)
彼女の背が見えなくなった方向へ数歩進み、足を止める。追うべきか、呼びかけるべきか。風が草を逆立たせ、空で飛空艇がゆっくり旋回を終える。俺はひとつ息を吐いて、額の汗を拭った。
(……悪い。ちゃんと言葉で追いつけ。俺)
握った拳をゆるめ、セリエの足跡が草を倒した細い道へ踏み出す。
◇◇◇
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【次回】#42『首席に憧れて』
川辺に佇んで過去を振り返るセリエ——首席への憧れが、いつからか彼への恋心になっていた。
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