#30.記憶の継承
◇◇ 霞前・布陣──
全員のステ確認をざっと終え、俺は黒い霞から目を切らないまま、短く指示を飛ばす。
「マリエラ、霞から離脱! デカいのが出る。ラミーは——俺と前へ。ミレッタ……さんは、その……なるべく大人しく隠れててください」
「はい!」とマリエラは即応、杖を引いて弧を描くように後退する。
対してミレッタは「まあまあ……」と口角だけ笑わせ、爪先も動かさない。お前はなんでそんな余裕なんだ。置物なのに。
「ラミ——」
返事がない。振り向けば、尻尾を丸めてうずくまり、全身小刻みに震えていた。
駆け寄って両肩を掴む。
「ラミー! どうした!」
「……こ、この黒い霞……! あ、あたし、知ってる……」
眼を逸らしたまま、明るさの欠片もない声。
喉が嫌な鳴り方をした。
「どこで見た。何を知ってる」
「……ゆめ……で………を、殺した……つが来る……」
断片が溢れる。届かない。俺はもう一度、真正面から問い直した。
「誰を、殺す」
「な……なんで、分かんないの……?」
潤んだ琥珀色が俺を射抜く。
「“あなた”を、よ……ファースト……!」
——頭の中が、一瞬で真っ白になった。
“ファースト”。前の周回での俺の名。
理由は分からない。が、今は詮索している暇はない。まず戦意の焚き直しだ。
「でもラミー、お前は倒したんだろ。俺の仇を。教えてくれ。奴の倒し方を——」
「ち、違う! あたしは、置いて逃げた……ひとりで……。助けを連れて戻るって言ったのに、間に合わなくて……。それで……」
「それで?」
「あなたは、あたしが逃げ切れたって分かったあと、怪物に向き直って……。最後にあたしの名前、呼んで……し、死んじゃって——そこで“夢”は終わる」
言い終えると、膝から力が抜けて再び崩れた。
彼女は俺の“死の瞬間”まで知っている。けれど、ラミー自身はその現場には居なかった。
そして、こいつは奴の倒し方を知らない。
(……違う。彼女に見えているのは“自分”の記憶じゃない。“俺”の記憶が、どこかで流れ込んだんだ)
「ラミーさん、失礼します——⦅小癒⦆」
マリエラが飛び込んで肩を抱き、淡光で呼吸を整える。震えはまだ残る。
(戦場のフラッシュバックってやつだな。よりによって今か……!)
俺は息をひとつだけ吐き、もうひとりの“パートナー”へ視線を送る。
「……ミレッタ。お前も、俺を覚えてるんだろ」
「なぁに? 当然でしょう?」
唇に弧。「それと、“ミレッタ”なんて他人行儀はイヤ。知ってるくせに、あ・な・た?」
「……その呼び方は、好きになれない」
「あら、つれない」
「み、皆さん! とても興味深いところですが——今じゃないです!」
マリエラの声が一段高くなる。「霞が、晴れます!」
俺たちが一斉に振り向いた、その瞬間——
黒が裂け、それが産声のような咆哮で世界に滲み出た。
狼の胴に、竜蜥蜴の上半身が生えた異形。赤黒い眼。耳まで裂けた口。乱杭の歯列が、唾と音を撒き散らす。
——“始まりの災厄”。
「っきゃ。これは、なかなかの大物ね」
ミレッタは楽しげに目を細める。余裕の色しかない。
「マリエラ、ラミーを下げろ。距離は最大」
「はい! ラミーさん、しっかり——」
「いや! フィ……フィンが、また死んじゃう!」
ジタバタと抵抗はするが、力が入らない。マリエラは無理をせず、覆いながら下がる。
(後衛——実質ゼロ。ラミーは今は無理。……つまり)
斜め前で、怪物の眼が俺だけに焦点を合わせた。殺意の視線は、ありがたいことに一点集中だ。
俺は最後の保険も確認する。
「ミレッタ、いけるか」
「う〜ん。そうねぇ? それは、“あなた次第”じゃないかしら?」
片眉を上げ、意地悪く笑う。
「……了解。じゃあ、下がっててくれ」
「ふふ。意地っ張り。危なくなったら、いつでもお姉さんに——」
「それは……今の俺のプライドが許さない」
「あら? ほんと、甘えさせてくれないのね」
聞こえないふりで、前だけを見る。拳を握り、爆裂鉄甲の刻紋に親指で触れる。手のひらに微かな震え——恐怖じゃない、高鳴りだ。
災厄の喉が鳴り、土が揺れた。
「……ったく。仲間増やしたのに、結局——“タイマン”かよ」
悪態だけを置き、俺は地を蹴る。ディノケンタウルフへ一直線。
⦅タイマン⦆が、胸の奥で起動する。
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【次回】#31『1000年の武技』
パーティも戦術も全部使えない——だが、俺にはこの世界で磨き続けた“技”がある。
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