#29.大魔女のミレッタ
◇◇ 霧の帯・岩背──
目の前の“絵面”が強すぎて、思わず首を一回ぶん振る。見間違いじゃないか、もう一度——いや、やっぱり。
「ミ……ミレッタ? “大魔女”のミレッタじゃないか。なんでお前がここに——」
“シミュラクル”本編でおなじみ、メインNPCにして“パートナー”候補。漆黒に金の蔦模様、露出多めのローブが風で鳴った。
「えっ? だって私たち“パートナー”でしょ。夫婦は一緒にいるべきよ。そう思わない?」
(待て待て待て。どういうフラグ回収だよ。……いや、それより今は後ろの黒い霞——)
「ちょ、ちょっと待って! フィンの“パートナー”は、あたしだよ!? あなた誰なの!?」
ラミーが眉と耳と尻尾ぜんぶ総立ち。興奮しすぎて、肝心の黒い霞を完全スルーしてる。
「あら、可愛い子がいるわねぇ……。ダメよフィン、“遊び”が過ぎると女の子はすぐ本気になっちゃうんだから」
ミレッタがするりと間合いを詰め、ラミーの頬を両手で包む。うなじまで指先が滑って、子猫をあやすみたいに撫でる。
「くすくす……よしよし、可愛い子ね。いったいどこから迷い込んだのかしら」
「わ、わわ! あーもう、くすぐったいよう!」
ラミーはじたばたと身を捩るが完全にミレッタの思うままにされている。
「フィン〜〜助けてぇ!!」
「は、はわわわ! これはどういう状況ですかっ!? それとそっちの禍々しさ全開の“黒い霞”は何ですか!? 説明をお願いします!」
マリエラはさすが、視線を霞から外さずに混乱を言語化してくれる。
俺もはっとして霞へ顔を向ける。
「これ? これは——私の魔法じゃないわよ?」
「だろうな!」
言葉が重なった瞬間、“ゴォン”と聖鐘の音が響く。続けて──
────ワールドクエスト、“始まりの災厄”が発動されました。
“シミュラクル”に生きるすべての生命は、全力でこれに抗いなさい。
勝利条件:個体名『ディノケンタウルフ』の討伐。
敗北条件:すべての生命の“死”。
達成報酬:貢献度上位10名の生存者にのみ通知・授与。
以上────
天の声——前回と同じ。それが俺たちの頭に直接響く。
黒い霞が、低く唸りながら膨張を始める。ゴゴゴ……と地鳴りめいた鼓動。前と同じ、いや、いやな予感はそれ以上。
(やっぱりスポナーだ。……このタイミングで条件一致かよ。不意打ちにもほどがある)
でも——今回は違う。いまの俺は学園編限界まで仕上げた転生個体、スキル継承もしっかり。陣形も前回よりはマシだ。後衛に回復のマリエラ、そして——
「ミレッタ、戦えるか?」
「もちろん。……と言いたいところだけど、私は基本的に“口出し担当”なの」
(嫌なフラグの匂いがするな。ゲーム時代と仕様が同じだとすれば……)
念のため、ステータスを呼ぶ。視界の端に淡金色のウィンドウ——
⦅ミレッタ⦆
魔力:計測不可能
MP:0(計測不可能)
(…………なるほど、やはり)
残念ながら、ミレッタは——
戦力として全く当てにならない!!
俺は咳払いで気を取り直し、拳の中で“爆裂鉄甲”の紋をそっと撫でる。ラミーは渋々ミレッタの手から抜け出して短剣を逆手に、マリエラは杖先に微光を灯して霞の鼓動に呼吸を合わせた。
「行くぞ。今回は——ぜったいに勝つ」
【更新予定】
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【次回】#30『記憶の継承』
災厄の兆し——黒い霞が大きくなる中、ラミーの様子がおかしい。瓦解する計画、及ばぬ理解。でも、やるしかない。
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