#24.鉱山に棲む小鬼
◇◇◇ 鉱山口──
朝の冷気が肺に刺さる。マカライトに案内されて着いた坑口は、古い梁が口を開けていて、そこから鉱石と湿土のにおいが吐き出されていた。ワールドクロック 09:12。座標は〈カナン南丘陵・旧鉱山群〉。数字は落ち着いているのに、手のひらだけ汗ばんでいる。
「……鼻にくるね」
ラミーがくしゅんとくしゃみ。尻尾がびくりと跳ねる。
「ここ最近、あいつらが巣にしてからこうだ」
マカライトが顎鬚を撫でた。
「ゴブリンは五感が利いて、頭もそこそこ回る。だが正面の力は弱い。群れて汚い手を使うんだ。毒矢、落とし穴、集団での石打ち……。起こりは“色欲のダンジョン”だの、人と魔が交わっただのと言うが、まあ昔話よ。稀に混ざりもんが生まれて大きくなったり魔法を使ったりする。あれをひっくるめてホブゴブリン。さらに人に近づいて繁殖までできる段が“ロード”だ」
「ロードは勘弁、だな」
俺は剣帯に手をやり、革手袋をきゅっと締める。
「編成はさっき話したな。前は俺、二番手ラミー。後ろはマリエラの結界と矢で。毒は任せる」
「はい。解毒と聖障、すぐ出せます」
マリエラは落ち着いた声で頷き、弦を張った弓を確かめる。
「匂いは──うん、たくさん。小さいのがごちゃっと奥で固まってる」
ラミーの耳がぴくぴく動いた。⦅野生の嗅覚⦆が働いてる。頼もしい。
「よし、入る。でかい声は出すな。合図は念話、短く」
坑口に一歩踏み入れると、温度がひとつ下がった。湿気が頬に張りつく。壁の苔が暗く光り、どこかで水がぽたりと落ちる音。靴裏が砂を踏むしゃり、という音すら大きく感じる。
(こういう時、ゲーム時代の“BGM”が恋しくなるんだよな)
先頭で壁ぎわをたどる。曲がり角の手前でいったん停止、耳と鼻で気配を測る。ラミーが袖を引いた。
(前、低い匂い。脂っぽい)
(了解)
角を曲がった瞬間──
──チチチッ!
闇の奥から毒塗りの小矢が三本、低い弾道で飛んできた。反射でしゃがみ、柱を踏み台にして前へ跳ぶ。影が三つ。小柄、猫背、黄土色の肌。
「一体目」
手首を払って矢の軌道を外し、膝で顎を弾く。
「二体目」
踏み込みざま、柄頭で側頭部を殴りつけ、刃を見せずに落とす。
「三体目!」
突き出してきた錆鉤を紙一重で外し、肘で喉元へ。短く咳いて、崩れた。
左前腕に焼けるような痛み。視界の端が小さく点滅する。
《状態異常:毒(微)》
(やっぱり塗ってるか)
「フィン!」
すぐ後ろのマリエラが掌をかざす。
「⦅解毒⦆」
白い光が皮膚に染みて、針の刺さる感じがすっと引いた。表示が消える。
「助かった。平気だ。耐性があるから深くは入ってない」
「ね、ね、顔色悪くない?」
「それは元々だ」
「ひどい!」
軽口で呼吸を整え、転がる小矢をつま先で端に寄せる。ラミーがしゃがんで矢柄を嗅いだ。
「甘い匂い。たぶん、催涙系まぜてる。目と肺にくるタイプ」
「厄介だな。結界を惜しまず切っていこう。矢の出所は……あの壁の穴だ。二段構え」
俺は低い姿勢のまま穴へ近づき、中の気配を測る。いる。けれど動かない。見張りを置いて、音だけで撃ってきたか。
(最初から“やってくる”手つきだ。ロードの統率ってほどではないけど、素人の群れじゃない)
「続くぞ。足元、警戒強め」
「了解」「はーい」
狭い坑道を、呼吸と足音を合わせて進む。マリエラのランタンは絞り、ラミーの耳と鼻が前方を探り、俺は壁と天井を目で掃く。湿った空気の中で、三人の息だけが一定のリズムを刻んだ。
分岐の手前、ラミーがぴたりと止まる。尻尾が水平に伸びた合図。
(糸。細いの二本、胸の高さ)
(見えないな)
(匂うの。油と鉄)
「《聖障》薄く」
マリエラがささやき、淡い膜が俺たちの前に張られる。俺は身をかがめ、指で空中を探る。……あった。ほとんど髪の毛みたいな強度の糸。斜め上、小石が詰まった袋。触れれば豪快に降ってくるやつだ。
「こんな入り口近くに“歓迎”があるってことは……」
「“住んでる”よね」
ラミーがにやりと笑う。緊張の中でも目が輝いている。
「行こう。次は向こうの番だ」
俺たちは糸をくぐり、分岐の影へ滑り込む。向こう側から、またあのチチチという爪音──。ここからが本当の“坑道戦”だ。
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【次回】#25『坑道を進む』
濃くなる魔物の気配の中、3人は更に行動の奥へ——ラミーの罠探知が冴え、マリエラの回復魔法が光る。
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