#23.ドワーフの商人
◇◇◇ 街道の分岐──
朝靄がほどけ、野道の縁で揺れる銀色の穂が陽をはじく。ワールドクロックは午前九時を少し回ったところ。世界座標は“中央大陸西部・カナン南外縁”。
「で、行き先って決まってるの?」
ラミーが尻尾をぱたぱた。お腹の鳴る音まで擬音で誤魔化している。
「決めてない」
正直に言う。
「ダンジョンに潜るのは手だが、一番近い六大ダンジョンの『色欲のダンジョン』はヤマタ皇国にある──大陸東部だ。方向だけ見れば、東進は悪くない」
「国をまたぐの?」
フードの影でマリエラが小さく首を傾げる。
「ああ。情報は“人の流れ”に乗るのが基本だ。国境を越えれば追っ手の線も一度切れる。……安全な道を通って行ければ、の話だけどな」
「でしたら、古いエルフの街道を通えばよいのでは?」
マリエラの声色が、少しだけ嬉しそうになる。
「このまま南の森へ入り、川を遡上します。合流点の手前に“目印”があるはず。人間には見えませんが、エルフには道が見えます」
「エルフ専用ナビだってさ!」
ラミーが親指を立てる。
「賛成! ……たださ、残弾(食糧)が心もとないんだよね?」
たしかに、出立を早めたせいで水袋と携行食は薄い。途中の村で補給するのが一番手っ取り早いが、足跡は残したくない──さて、どうする。
◇◇
俺たちは小一時間、南へ進路を取る。
低い丘を越えた先、土色の荷車と、逞しい腕で轅を引く小柄な影が見えた。荷牛は片脚を庇っている。
「ドワーフの商人だ」
ラミーが鼻をひくひくさせてうなずく。
「肉の匂い! あと、酒!」
近づくと、相手のほうから先に会釈してくる。胸の留め金に刻まれた印章、腰の道具帯、なにより鋼のように分厚い髭。ゲームで一度会った名だ──
「……マラカイト?」
「おう、知っとるのかい。まさか、顔まで覚えられとるとは。ドワーフのマラカイト、今は“遅配王”の不名誉を賜っとる」
その男は自嘲気味に笑い、荷牛の脛を撫でる。
「カナンの収穫祭に酒と肉を出す予定じゃったが、途中でこの子が魔物に絡まれてな。足をやった。間に合わんかったから、そのまま街まで向かっとるとこよ」
「魔物が増えてるのか?」
「最近、妙に“気配”が騒がしい。わしらにゃ負けんが、群れられると荷獣までは守り切れん」
俺はラミーとマリエラに目配せする。
“口が堅いドワーフ、しかも商人は信用で食ってる” ──ゲームの知識と、目の前の人柄が一致する。
「物資を買いたい。乾燥肉・干し果実・硬焼きパン・水袋、薬草も少し。こっちの事情は聞かないほうがいい」
「聞かれたくない顔しとるからな」
マラカイトは肩を竦め、にやりと笑う。
「買うのも売るのも腹のうち。客の過去は称量に入れん。……値は?」
「正価で頼む。代わりに、黙っていてくれ」
「最初からそのつもりじゃ」
握手。取引は、驚くほど滑らかに進む。土埃の匂いに混じって、酒樽の芳香がふわりと漂った。ラミーの喉がこくりと鳴る音が、なぜかやたら大きく聞こえる。
◇◇
夕景。森縁の窪地で、マラカイトが掌を土に当てた。
「⦅土塑⦆」
地面が泡立つように盛り上がり、風除けの半ドームが形になる。簡易の煙抜きまである。土魔法、即席のシェルターだ。
「すげぇ……」
「ラミー、口あいてる」
「はっ! 尊敬の“あーん”です」
火を起こし、木皿に温めた肉を割り振る。マリエラは祈りを、ラミーは両手を、俺はステータスを開く。
──“一時効果:満腹+(健啖家)/休息(小)”
よし、数値は上向き。ワールドクロックは十九時半。世界座標、木々の密度が上がる方向は南南東。エルフの古街道、近い。
「それで──」
マラカイトが声を落とす。火が髭を赤く染め、「困っとる話」を続けた。
「鉱山でも魔物が増えとる。坑口を塞がれたら、仲間も商いも立ち行かん。街道から外れた場所で、わしらは場所を明かしたがらん。だから追っ手も来ん。……じゃが、腕が足りん」
視線が、俺たちを撫でる。
ラミーがこちらを見る。マリエラも、静かに。
俺は頷いた。
「食糧、助かった。礼がしたい。明朝、鉱山まで案内してくれ。状況を見て、魔物を掃除する」
「ほう。言い値は高いが──頼もしい」
マラカイトは豪快に笑い、皮袋の酒をこちらへ差し出した。
「乾杯は少しだけにしてくださいね?」
「マリエラ、監視つよい」
外では森の夜が深くなる。土の壁に反射した火が、俺たち三人と一人を丸く照らす。
(古街道、国境越え、東方──計画は変えず、道中で歯を研ぐ。災厄は“来る”。でも、迎え撃てばいい)
「……よし。明日は鉱山、片付けてから森に入る。エルフのナビ、期待してる」
「はい。風の流れが教えてくれます」
「任せて! ラミーちゃんの鼻もあるよ!」
火のぱちぱちが心地よい。ランプを落とす前、UIの片隅──“サポート(観測者ホットライン)”が、薄く点滅していた。
(……使わない。今は、俺たちでやる)
土の屋根が、夜露の音をやわらげる。短い眠りが、四人を包んだ。
【更新予定】
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【次回】#24『鉱山に棲む小鬼』
マカライトに案内されて着いた坑口——仕掛けられた罠。響く爪音。俺たちは靴紐を締めなおし、奥へ。
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