#21.パーティー
◇◇◇ “金色亭” 2階 自室──
“豊穣の儀”の一部始終を見届けた後、俺たちは足早に金色亭へと戻る。収穫祭のざわめきがまだ床板の下でくすぶっている。遠くの笑い声と笛の余韻が風にちぎれ、紙灯籠の橙が壁に薄い水面のような揺らぎをつくった。油ランプをひとつだけ絞ると、部屋は木と石鹸と少しの麦酒の匂いに沈む。
「うまくいったね! これでマリエラは“豊穣の女神”の責務から解放されるはず!」
ラミーは満面の笑み。尻尾が小刻みに揺れて、椅子の脚にこん、と当たる。
「……運びとしては上出来だ。ただ、“見せる”展開は誤算だったな」
「……う、うん。胸がすごいすっきりしちゃって……きっと、辛いよね」
「いや、そこはゼロではないが問題は別だ。あれは桁違いの貴重品だ。片田舎の住人でさえ名を知ってるくらいにな」
「つ、つまり……」
「そうだ。マリエラはこれから、いろんな手合いに狙われる」
「ええぇ!? なんであんな大勢の前で見せちゃうのよおおお!!」
窓硝子が微かに鳴る。下の階から皿を重ねる音。祭りの熱が遅れて入り込んできて、空気がじわりと重くなった。
「時間はない。幸い、あの場で俺たちと彼女の“つながり”はバレていない」
「う、うん。そこは助かってる……」
「ただし、この一週間で俺たちが彼女のことを聞き回っていたのは街中が知ってる。足はつきやすい。匿うにしても長居は無理だ。今夜中に街を出る。宴の喧騒に紛れて抜ける。荷物、急げ」
「アイアイサー!」
びしっと敬礼、からのガサゴソ……二分で荷造り完了。背嚢は軽く、床板が小さく鳴る。尻尾が楽しげに弧を描いた。
「早っ」
「へへん。基本、身ひとつだからね!」
「……よし。ラミーは先に神殿へ。⦅野生の嗅覚⦆で動線を読め。俺は⦅念話⦆を繋いでおく。不審な動きがあれば即報告」
「了解! じゃ、あとで!」
言うが早いか、ラミーは窓枠に足をかけ、瓦屋根を猫のように渡っていった。夜風が一瞬、オレンジ色の一房を攫う。
「——いや、普通に大通りを歩いて行けばいいのでは?」
小さく独りごちて、俺も背紐を締め直す。ランプの火を指でつまむと、部屋は一拍の暗黒を置いて静けさだけになった。
◇◇◇
地母神の神殿──
回廊は石が冷たく、燭台の炎が蜂蝋の甘い匂いを立てる。壁の聖画は薄闇で色を失い、遠い礼拝堂から祈祷歌の切れ端が遅れて漂ってきた。
「ぅぅ、儀式を途中でやめちゃったこと、めちゃめちゃ怒られてしまいましたぁ……」
マリエラは裾を指で摘み、肩を落として歩く。明朝には“レーヴェン”の大神殿に報告に上がれと命じられ——胃のあたりがきゅっと縮む。
角を曲がる。どこかの窓が開け放たれていて、夜風が髪をふわりと撫でた。……こんな時間に? 修道士の閉め忘れだろうか。視線を向けると、カーテンの影が不自然にふくらむ。
「だ、誰なのですか!」
呼びかけると、一拍置いてオレンジ色の前髪がひょこり。
「あはは、バレちゃったかー」
見覚えのある顔。街で声をかけてきた——ラミー。
「ラミーさん? どうしてこんなところに……それより、ここは一般の方は立ち入り禁止です。誰かに見つかると大変ですよ!」
小声で駆け寄るマリエラに、ラミーはぺろっと舌を出して笑う。
「それ、あたしの台詞。——マリエラ、あたし達と一緒に行こう。貴女はこれから狙われる」
「────!? ど、どうしてですか!」
「やっぱりピンと来ないよね? 良かった、あたしがバカなんじゃなかった。えっとね——相棒のフィン曰く、さっきの果実は“物凄く”貴重。見せちゃった以上、いろんな有象無象が寄ってくる、って」
「……!」
「ごめん、ショックだよね。でもだからこそ、あたし達のパーティに入ってほしい。心配無用、腕には自信あるよ? ただ、回復役がいない。怪我や病気をすぐ診られるかどうかで危険度は段違いでしょ? ちょうど探してたの」
「そ、そうでしたか……」
窓から一葉が舞い込み、二人の間でふわりと回る。マリエラは一度だけ瞼を閉じ、胸の奥に沈めていた小さな灯を手繰り寄せるように顔を上げた。
「わかりました。私、ラミーさん達を信じます。それに……儀式のとき、私に声をかけてくださったのは貴女ですよね?」
「……ははは〜……やっぱり、バレてた?」
「最後の方、あれは“女神様”ではなく、今ここにいるラミーさんそのものでしたもの」
「先程はありがとうございました。本当の気持ちに気づかせてくれて。——そして今も。危険を承知で、こうして来てくださって」
「い、いや……私はフィンの指示どおり動いただけで……。そ、その……こちらこそ、ありがとう」
ラミーが手を差し出す。指先は少し汗ばんで、でも力強い。
「以前も、こうして手を差し伸べてくださいましたね」
今度こそ。マリエラはその手を取った。掌が重なった瞬間、回廊の炎がぱち、と小さく弾けた。
「ラミーさん。私をパーティに加えてください。未熟者ですが、エルフの里を出ることを許された身です。きっとお力になれます」
「うん、ありがとうマリエラ! これからよろしく!」
「はい、こちらこそ!」
新しく結ばれた約束に、神殿の空気がほんの少しだけ柔らかくなる。蜂蝋の香りが、さっきより甘く感じられた。
◇◇◇
一方その頃、神殿の外——
夜気は澄み、街灯の油の匂いが薄い。石畳を行き交うのは酔客と遅番の衛兵、屋台を畳む店主。吐いた息が白くほどける。
「……ぶぇっくし! さ、さみい」
「おーう兄さん、風邪かい? 気ぃつけなー」
「あ、どーもー」
「……風邪、引いたかな。——ステータス」
手袋越しに指先が冷える。視界に半透明のウィンドウがすっと立ち上がり、パーティ欄に新しい灯がともる。
⦅Party:フィン/ラミー/——マリエラ[Join]⦆
「……よくやった、ラミー」
胸の奥で火がひとつ、確かに強くなる。祭りの名残が遠くで揺れて、夜は静かに、次の段取りへと背中を押した。
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【次回】#22『旅立ち』
収穫祭から一夜明け。今日もカナンの鐘が鳴る——新しい仲間。新しいスキル。新しい冒険へ——旅立ち。
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