其の壱〔祥一郎と柾美〕六
叶家の人間、といっても祥一郎の父と母だけだが、一言でいえばどちらもおおらかな性格だった。伯父も伯母も、よく通る声で、よく笑った。祥一郎にもその遺伝子は確実に受け継がれていた。柾美の母も、考えてみれば確かに物事に頓着しない辺りが伯父とよく似ていた。
家に到着し、玄関をくぐると、伯母がひとの良さそうな丸い顔にえくぼを浮かべ、心から嬉しそうに柾美を迎えてくれた。
「いらっしゃい。疲れたでしょう、早く上がって」
言いながら柾美の荷物を引き受け、大きくなったわねえ、と感慨深げに洩らした。
「大きい、って言っても、祥一郎ほどじゃないけど」
柾美の傍らに立つ息子を見上げて言うと、
「すみませんね、無駄に大きくて」
口を尖らせ、母親に言い返す祥一郎は、確かに身体ばかりが大きい子供のようだった。
「そんなことよりお腹空いたでしょう、ご飯にしましょうね」
そんなことかよ、とぶつぶつ言う祥一郎は相手にせず、早く手を洗ってらっしゃい、と、柾美を洗面所に促した。
「すまんな、ウチのお袋騒がしくて」
洗面所に案内し、手を洗う柾美に祥一郎が言った。
「そんなことない、です。正直、伯母さんには迷惑なんじゃないかと思ってたから」
タオルを柾美に手渡し、柾美と交代して洗面台に向かい、蛇口をひねった。じゃぶじゃぶと水を跳ねさせながら手を洗う姿は、まるで子供のようだった。手を振りながら大雑把に水気を切ると、柾美の持つタオルに手を伸ばした。
「ああ、それなら心配ないな。お袋、本当に喜んでたよ。息子が増えたみたいだって」
拭き終えたタオルを置くと、先に立って居間に案内した。後ろを静かに着いてくる柾美を振り返り、
「俺も弟ができたみたいで嬉しいよ」
まあ、歳は随分離れてるけどな、と苦笑した。
その日の食卓にはたくさんの料理が並べられ、とても四人で食べ切る量ではないと思われたのだが、伯父と、祥一郎の食事量は通常で考えるよりも余程多く、殆ど残ることはなかった。その上、食事に酒も含まれるのがこの家では普通らしく、伯父と祥一郎はビール、焼酎と、食事の合間に次々飲み干していった。
祥一郎、そして伯父の体格はとてもよく似ていて、身長も高ければ筋肉も人より多く付いていた。目を丸くしてどんどん空になる皿を見ている柾美に、伯父が言うには、
「肉体労働者だからな、身体が資本なんだよ」
それには納得がいくのだが、酒量はそれとは関係がないのではないかと、少し思った。
「柾美くんも食べてね、うかうかしてると無くなっちゃうわよ」
伯母の言葉に、慌てて箸を動かした。
食事を終えると、用意された部屋に通された。案内してくれた伯母は、
「あの子達がいなくなって、寂しくなってたから、柾美くんが来てくれて丁度良かったわ」
祥一郎の妹たちは、一人は嫁ぎ、一人は地方の大学に進学していて、既に家を出ていた。柾美の部屋は、嫁いだ長女のものだった。
伯母は、きれいに整えられたベッドをぱんぱんと叩き、
「布団もシーツも新しいから、安心してね」
それから柾美の手を取り、ぎゅっと握った。
「これからよろしく。本当の息子のつもりでお世話させてもらいます」
ぺこりと頭を下げる伯母に、柾美も慌てて同じように頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
顔を上げると、伯母はいっぱいに手を伸ばし、柾美の頭をぐりぐりと撫でた。
その感触は祥一郎の手のひらにとてもよく似ていて、柾美の身体の芯はほわっと、温かくなった。