其の弐〔樫原と柘植〕壱
「其の壱」の主人公、柾美の通う大学の上級生二人の話です。そのうち、「其の壱」と「其の弐」の登場人物たちがどこか同じ場面で登場したりもします。
「カレー、付いてる」
言葉が耳に届くと同時に吐息が頬に触れた。
学食とは別に、軽食喫茶のような店がこの大学構内にはあり、学食よりも長い時間営業しているので、学生達には重宝がられていた。
一時限目のドイツ語を終えた後、小腹が空いたから何か食おうぜ、と樫原に誘われ、朝食も食べずに遅刻ぎりぎりでアパートを出てきていた柘植は、二つ返事で同意し、店内に入りカウンターに向かうと、迷わずカレーライスを注文した。
「お前、朝からカレーかよ」
呆れたように言う樫原の手には、焼きそばパンがあった。
「朝、って時間でもないだろ」
セルフサービスのこの店は、カレーならカウンターで注文してすぐその場で受け取れる。給水器の水と共にトレーに乗せて、空いた席に樫原と腰を下ろした。
「ま、もうすぐ11時だし、ブランチって訳か」
樫原は焼きそばパンのラップを剥がし、それにかじりついた。
「そういうこと」
柘植は、いただきます、と手を合わせ、一礼してからスプーンを持った。
暫く互いに咀嚼に集中し、腹が落ち着いてきた頃、樫原が口を開いた。
「次の講義、何?」
「古典概説」
「俺はマーケ理論。暫しのお別れだ。寂しがるなよ?」
にやにやと笑みを貼り付けて、柘植の目を覗き込む。柘植は思わずカレーを食道に運び損ね、えふっ、と咽せた。
「…、あ、阿呆かお前、寂しい訳ないだろ!」
口を押さえて咳き込みながら、樫原を睨み付ける。樫原は涼しげな顔で、そうなの?、と言ってから、
「俺はとっても、寂しいよ」
少しもそうは見えない顔でにこりと笑った。一頻り咳き込んで気管の落ち着いた柘植が口許を手の甲で拭うと、
「あ、まだそこ、」
細い指先で柘植の顔を指し、
「カレー、付いてる」
顔を寄せて、柘植の頬をぺろりと舐めた。