表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五月雨心中  作者: 篠朝樹
4/11

其の壱〔祥一郎と柾美〕四

 マサミ、と、祥一郎の唇から音が零れる度、柾美の心臓はおかしいほど波打った。


 この動揺の正体を、柾美は知っている。

 これは恋情に他ならない。

 でなければ説明のしようがない。


 駅に向かう道すがら、ぼんやりと柾美は考える。

 何故、と問われても明確な答などは勿論無い。逆に自分が訊きたいほどだ。幼い頃に何度か会っただけの、歳の離れた従兄弟、それも男に、何故。


 ただ会いたかった。

 傍にいたかった。


 その気持ちだけはどうしても抑えることができず、年々膨らむばかりで、高校を卒業したら家を出て、祥一郎の傍に行くのだと、いつしか決意するまでになっていた。

 それに一番都合が良いのが、進学だった。

 成績はそこそこ良かった柾美にとって、合格圏内で、叶の家に近い大学は少なくなかった。叶家に下宿、とまでは考えていなかったが、事は柾美の思惑通りに進んだ。


 下宿が決まり、上京した柾美を迎えに来てくれた祥一郎は、昔と変わらず大きな身体と屈託のない笑顔で、

「これからよろしくな、マサミ」

 と、やはり昔と変わらない心地良い声を響かせ、柾美の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 柾美の心臓は、どくどくと胸を突き破るかと思うほどに、暴れた。



 駅に着いて改札を抜ける。階段を上がりホームへ出ると、電車は行ってしまったばかりのようで、人はまばらだった。

 柾美は少しほっとする。人塵には、まだ慣れない。流れを掴み切れず、人にぶつかったり、その上睨まれたりすることがよくあった。


 郷里の駅は、盆や正月の時期でない限り、混むなどということはまずなく、最初に祥一郎がやってきた夏も、盆ではなかったため、滞在を終えた祥一郎を見送るのに、ゆったりとした時間を過ごすことができた。

 他に人のいない広々としたホームで、柾美は祥一郎と遊びながら電車を待った。この時間は永遠に続くのだと、幼いが故の根拠のない確信を抱いたことを、今も柾美は憶えている。そしてそれが幻想であったと思い知らされた別れの瞬間も。


 電車に乗り込んだ祥一郎は、まだ閉まらないドアの内側で、柾美を抱いた母に挨拶をする。

「叔母さん、お世話になりました」

「またいつでも来なさいね、歓迎するよ」

 母が応える。

「ありがとう」

 祥一郎がにこりと笑う。

「マサミ、またな」

 祥一郎が柾美に顔を向け、ばいばいと手を振る。

「マサヨシだってば」

 母が笑う。

 あ、そっか、と祥一郎がばつの悪そうな顔をする。

 ホームに、電車の発射合図のベルが鳴り響く。

「じゃあね」

「うん」


 電車の扉が閉まる。

 扉の向こうの祥一郎が動き出す。

 斜めに見える四角い枠の中、また、小さく祥一郎が手を振った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ