其の壱〔祥一郎と柾美〕弐
この春、柾美は郷里を遠く離れた大学に合格した。それを機会に、親元を離れ、自立の第一歩を踏み出す筈だった。
だが柾美の父親はそれを良しとせず、地元の大学にも受かってるんだ、なんでまたわざわざ遠いところに行かなきゃならないんだ、と土壇場になって不満を漏らし始めた。
地元の大学は滑り止めで、本命の大学に受かった以上、そちらに通う理由はないのだと、何度も話した。それでも納得しない父に、柾美は辟易しながらも、根気よく説得を続けた。
学びたい講義がこの大学であるのだと、よく知りもしない教授の、大学案内パンフレットの写真を指して、インターネットで知り得た情報だけを伝えたりもした。
母はどうやら、そんな薄っぺらな柾美の動機を、とうに見抜いているようだった。
「あんたは早く、この家を出た方がいい」
お父さんは私が説得するよと、何もかもわかっているかのように、優しく微笑んだ。
柾美の父は気難しい人間で、実の息子である柾美ですら、対応に窮することも多々あった。だが母はそんな父の手綱を上手く捌き、今までも円滑に事を納めてきた。だから今回も、父を丸め込んでくれるだろうと予想していたのだが、どうやら少々手こずったたようだった。
柾美は一人っ子だ。まずそれは大きな要因だろう。
手放したくない、その気持ちもわからないではない。だがそんなことばかり言って何になる。いつか必ず別れは来る。今がその時なのだと、柾美は確信していた。
多分母もそれを感じていたのだと思う。そして、手放しながらも手元に置く、最善であろう策を打ち出した。
「叶の伯父さんのところに行きなさい」
第一志望の大学に通わせる為の譲歩案として、親類の家に下宿するようにと命じた。
柾美には、拒否する理由は何もなかった。寧ろその逆だった。