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環境

作者: チンアナゴ

マツバは公立の中学校に通う中学二年生。彼は今日も学校に登校する。

後ろ側の戸から教室に入ると、いつものように男子グループが窓際の席で談笑しているのが目に入る。そして教室の前の戸の方に目をやると、男子たちよりもずっと小さい声(笑い声は大きい)で喋る女子のグループが見える。あとはポツポツと二、三人で固まる集団が数個見え、残りは自席で暇そうにしてたり、机にうずくまったりしている。マツバは左後ろ辺りにある自席に腰をかける。座って一息つくと、誰も座っていない前の席に意識を向けた。マツバの親友であるマコトの席である。二人は幼馴染で、幼い頃からよく一緒に遊んだ。しかし中学に入ってからというもの、マコトは男子グループたちからいじめの標的にされ、今はもうしばらく学校に来ていない。また廊下側の席も、女子グループのいじめに遭ったという同様の理由で空いている席がある。マコト以外の友達が少なかったマツバは、次は我が身だと思い、クラス内で浮いた存在にならぬよう、気を張り詰めている。


この日マツバが帰路についたのはもう辺りがすっかり暗くなった頃だった。彼は部活友達のトモキとともに、今日の部活の話をしていた。

「もう一ヶ月近く練習してるけど、中々上達しないんだよ。自分でも頑張ってるつもりなんだけど…」

そうマツバが言うと、トモキはこんなことを言った。

「まあまあしょうがないよ。最近じゃ大体のことは“生まれた瞬間決まる”って言うし」

「…それはどういうこと?」

「なんだ知らないのかよ?ここ最近の研究で言われてて、人生の成功は遺伝による能力の差だったり、裕福な家庭に生まれたかそうでないかで決まるんだ」

「で、でも努力すればさ…」

「いやそれは綺麗事さ。現に僕らは同じ時期から始めたのに、シュウタは僕らより明らかに上手い。これをどう説明すんだよ」

「……」

マツバは反論することができなかった。機関銃のように話すトモキに圧倒されたというのもそうだが、何より自分より上手いトモキの言うことだから説得力を感じたのだ。そしてマツバは“生まれで全てが決まる”ということを聞いて、スッと心が軽くなった心地がした。


マツバの自宅はマンション四階の一室である。彼はカバンから鍵を取り出し、ドアを開け家に入る。家には誰もいない。マツバの両親は共働きで夜遅くまで働いている。そのため平日の夜は基本一人である。部活帰りで特に疲れていたので、マツバは夕飯を食うことも風呂に入ることもなく、自室のベットにダイブした。そしてベットにほっぽられているスマホを手に取り、SNSを徘徊した。そこには様々な人間の投稿が溢れていた。美味しそうな食べ物の写真、FPSゲームで新記録を更新したという報告、美男美女の自撮り動画…など、

ーみんなすごい…。やっぱり自分は生まれながらに才能がなかったんだ

マツバはそう思った。


いつもよりかなり早く寝てしまったマツバは、いつもより大分早い時間に起きてしまった。もう一度寝付くこともできなかったマツバは、とりあえず風呂に入って、その後昨日食べなかった冷蔵庫の作り置きをチンして食べた。それでも学校までかなり時間あって、仕方ないので気晴らしに散歩にでも行くことにした。

マンションの側を流れる川に沿って歩きしばらくすると、マツバはある場所で立ち止まった。別に何の変哲もないような、住宅が並ぶ空間だったが、彼にとっては思い出深い場所だった。マツバが小学生の頃にはここに公園があって、よくマコトと一緒に遊んだ。しかし近所のクレームなどで公園はなくなってしまい、今は住宅となっているというわけである。彼はこの場所に懐かしさを感じると同時に、酷い虚しさを覚えた。昔ここでマコトと遊んだ美しい思い出も、今となってはどこにも確認することはできない。スマホの時計を確認して、マツバがそろそろ帰ろうと思った時、

「嫌な環境になってしまいましたね」

そう落ち着いた声で男が話しかけてきた。歳は十代後半ほどに見え、白い肌に銀髪、白いTシャツに黒の長ズボンとスニーカーを身につけていた。そして、透き通るような紫の瞳が美しかった。

「以前は昼頃に訪れると、子どもたちの楽しそうな姿が見えたのですが…。それに、今の中高生の方々も息苦しくて大変でしょう」

「僕はそんな…それに僕が息苦しいのは生まれたときから遺伝とかで決まってたし」

「何かご病気を患っていらっしゃるのでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど、部活とかネットとか見ても僕よりもずっと優秀な人たちがいて…」

「なるほど…」

男は少し間を置くと続けて言った。

「確かにあなたが息苦しいのは遺伝などの問題もあるのかもしれません。しかしどうでしょう?あなたの息苦しさの根本原因は?学校で毎日気を張り詰めていなければならないのはなぜでしょうか?SNSで見る人たちは本当にあなたより優れているのでしょうか?子どもたちが遊び場を奪われたのは何が原因でしょうか?あなたのお友達が学校に来ることができないのはなぜでしょうか?問題の“本質”を見誤ってはいけません」


その瞬間マツバは目が覚めた。

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