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事実と心情

冷えた風が吹き抜けカーフェは目を覚ます。


見たことのない天井。

質素な部屋。


カーフェは自信がギルドの医療施設にいることを思い出した。


前日、漆黒の何かが消えたのち、緊張感が途切れたのか、再び動けなくなりレアードに悪態をつかれながら運ばれたこと。

治療のためギルドの医療施設ギルド病院に強引に押し込められたこと。


今のカーフェの感情を表すならば、レアードへの怒りである。


いつまでも子ども扱いして!!

カーフェは目覚めて早々不機嫌であった。


トントン。


「どうぞ」


声をかけると入ってきたのは、医療施設に勤務している女性であった。


医療施設には教会から派遣された者が多く勤務している。

対立せずに協力関係を築けている証拠だ。


「目を覚まされたのですね。調子はどうですか?」


「ご迷惑をお掛けしました。調子は悪くないです。」


「そうですか。こちら朝食になります。それと昼食前にギルド長がお越しくださいますのでお待ちください」


女性は頭を下げると部屋を後にした。


朝食に目を向ける。

パンに目玉焼きにウインナー、そして牛乳。

おいしそうだ。


カーフェはあっという間に平らげていった。






しばらくすると、レアード達を連れてギルド長ガロが入室した。


無事を確認したところで、さっそく本題に入る。


「まず昨日の件だが・・・」


カーフェは固唾を飲む。


「深淵の森の立ち入りを禁止することになった」


想定内であったが、他の言葉を待つ。

口を開かずガロに目を向ける。


「我々ギルドは今回の深淵の森の件を非常に危険な状況だと判断し、国に調査の申請をすることになった。

近いうちに今日サインが送られてくるだろう」


「どれくらい待てばいいの?」


「分からん。今この国は隣国とのいざこざで忙しくてな、そちらに手を焼いている状況だ。それに、危険な状況を示唆する出来事はここだけで起きるものではない。よって、時間がかかるだろう」


カーフェは考える。


深淵の森に入れないということは稼ぎが減る。

持つかしら・・・。


「金の心配ならいらん」


「どういうこと?」


「特別報酬だ。今回、深淵の森の危険度を体を張って知らせてくれた。お前がいなければ深刻な状況になっていた可能性がある。よって、特別報酬を払うことになった」


カーフェはとても驚いていた。

この状況は自分が引き起こした結果かもと感じ、自分を責めていたからである。


「お前が納得しないことはわかっている。よって、お前にはギルドの奉仕活動に参加してもらう」


「奉仕活動?」


「引受人がいなかった、街中の依頼をギルド職員が代わりにこなしていることは知っているな。お前にはそれに参加してもらう」


「奉仕活動・・・」


「あまり街の人と関わりを持っていないだろ?いい機会だと思え。分かったな」


「・・・・・・わ、分かりました」


「心配するな。報酬はきちんと払う。怪我が完治し次第、ギルドに顔を出せ。依頼を用意しておく」


ガロは部屋を後にしようとするが、カーフェがそれを止める。


「待ってください。・・・あの怪物は何なんですか?」


何を指して言っているのかすぐ気づいたが、頭の中で整理しているのかしばらく考えるそぶりを見せる。

そして徐に口を開く。


「あいつはおそらく魔族だ」


「魔族?」


「魔族とは魔素によって変異した人間だ」


「!!」


驚愕していたのはカーフェだけではなかった。

後ろで口を出していないレアードらも初耳なのか目を見開いていた。


「変異するのは生き物だけにあらず、無機物も含まれる。そして、生き物ならば人が入るのは必然といえるな」


「そんな話聞いたことない」


「当然だ。箝口令を引いていたからな。理由は言わなくても分かるな」


さすがにそれは予想できる。

この世界は魔素に溢れている。

そんな事実を知ってしまえば、大混乱は必須である。


「どうして私たちに話したの?」


「魔族を目撃したからだ。遅かれ早かれ魔族の正体に気づくだろうと思った。それだけだ。誰にも言うなよ、箝口令だからな」


そう言い残してガロは今度こそ部屋を後にした。




静けさがその場を支配する。


「ドラゴンワームのランクはS。間違いなくあの魔族はランクS以上だね」


カイルの発言に皆頷く。


「まあ、状況が状況だ。しゃーねーな。勝手なことするなよ」


レアードはカーフェに釘を刺す。


「分かってる」


カーフェはレアードに拳をぶつける。


一旦この場は解散の運びとなった。






2日後、カーフェは見事に復活した。

カーフェ自身のスキルと献身的な看護の結果である。


カーフェはギルド病院を出たその足でさっそくギルドに向かう。


「おはようございます」


受付のギルド職員に声をかける。


「これが奉仕の依頼だ」


ギルド員はカーフェを確認すると、依頼書の束を差し出す。


このギルド職員はいつもカーフェが受付をする人である。

無口な性格で、必要以上に関わりを持とうとしないカーフェにとってちょうどよい人材であった。


「全部やるの?」


カーフェは依頼書の束の厚みに辟易する。


「出来るものを選んでくれればいい」


そして、奉仕活動についてのルールをギルド職員は説明し始める。


・依頼の期限が迫っている街中の依頼に限る

・ギルド員は空いている時間を使って少しずつ処理していく

・一度に一つしか受けることは出来ない

・この活動は引き受けたギルド自体の威信を守るためのものでもある

・引き受けた依頼報酬は引き受けたギルド職員が特別報酬として受け取ることができる

・引き受ける際はギルド長の許可が必要である


大体こんな感じの説明を受けた。


カーフェは依頼書の束を確認する。

商店の清掃、売り子、個人宅の庭の草むしり、公園の草むしり、などなど。

つまりは雑用である。


カーフェはこの中から、個人宅の草むしりを選択する。


ギルド職員は受領をし、依頼書をカーフェに戻す。最後に、サインを貰うことも忘れずにとのことだ。


カーフェはギルドを出て、依頼主のもとへ向かう。


街の壁門に近いところ。一般庶民の家庭にお邪魔することになったようだ。


この町の名前はトラスト。

ルイン王国北西に存在する小さな街である。

しかし、小さな街といっても深淵の森という危険が隣り合わせに存在するために街壁に囲まれている。

円状に街壁が伸びていて、中心から領主宅を含む貴族区、ギルドや商店が多く並ぶ商業区、一般庶民が住まう市民区が存在している。

小さい街というだけあり規模は小さいが、人口は多い町である。


カーフェは速足で足を進める。

孤児院の評判は悪い。

どのように思われているのか気になっているのだ。


幸いにも、すれ違う人がいなくスムーズに到着した。

普通の一軒家。

家の庭を覗き見れば、生い茂った雑草たち。

手入れが行き届いていないように思える。


ベルを鳴らし、依頼人が出てくるのを待つ。


やがて出てきたのは、杖を突いたお婆さんだった。


「おや、どちら様かな?」


「ギルドから依頼を受けて来ました」


カーフェは簡潔に答える。


「おや、よく来てくれたねぇ。庭はこっちだよ」


お婆さんの後に着いていく。

もちろん先ほど覗き見た場所だ。


「腰を悪くしてから手入れができなくなってしまってねぇ。一人だから無理のできないのよねぇ」


「お任せください」


「お願いねぇ」


そう言い、お婆さんは家に入っていった。


しばらく、無法地帯と化した庭を見て、辟易していたが気持ちを切り替えて。両手で頬をたたく。


「よーし、いっちょやるか!」


腕まくりをして、草むしりを開始した。






日が最も高くなったころ、お婆さんが昼食を持って顔を出す。


「そろそろ、一息つこうかねぇ。一緒にご飯でもどうかい?」


「ありがとうございます」


共におにぎりを頬張る。

家族以外とこうして昼食を共にするのは久しぶりだ。


昼食を堪能しているお婆さんに目を向けていると、お婆さんは視線に気づいたのか手を止め、口を開く。


「どうしたのかねぇ?」


「えっ?」


「とても不思議そうな顔をしているねぇ」


「えっと、家族以外と食卓を囲んだことが初めてで、慣れないと言うか・・・」


カーフェは狼狽える。


「なんだか大変そうねぇ。けど、世間はあなたが思っているほど、厳しい世界ではないねぇ」


「・・・どうしてそう思うの?」


「私も今までいろいろあったけれど、なんだかんだ満足できているからねぇ。見ず知らずの人にも助けられて非常に満足だねぇ」


「私たちは生きるために必死だった。悪いこともしてきた。そんな私たちが受け入れられるのかなあ?」


カーフェは今、心の内を漏らしていたことに気が付いた。


「おまえさんのしてきたことを私は知らないねぇ。お前さんのことを聞いたこともないねぇ。つまりは、それほど大事でも何でもないってことだねぇ」


「何でもない・・・、でも私の家族は私が駄目なせいで・・・私がもっと頑張らないと・・・」


カーフェは涙を流し思いを語る。


「あの子たちにたくさんおいしいものを食べさせてあげたい。たくさん遊びに連れて行ってあげたい」


「その思いがあれば大丈夫」


「お婆さん・・・」


「思いは伝わる」


「ありがとう」


短い会話であったが、この瞬間カーフェの心情に変化が起きたことは間違いなかった。


その後、草むしりを続ける。

小休憩で果物を共に食べ、気づけば窓辺に座るお婆さんと笑顔を交わしながら、草むしりをしていた。


日が沈み始めた頃、草むしりを終え依頼完了のサインを貰う。


「ありがとう、お婆さん」


カーフェは清々しい表情でお礼を述べる。


「また来なねぇ」


「ばいばい」


手を振り、お婆さんと離れた。


カーフェの心情を表すように、太陽は大きくはっきりと映り込んだいた。



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