分岐点
「ランバインさん・・・・・・」
私は思わず名前を漏らしてしまう。
彼の姿を見た瞬間、自信が落ち着きを取り戻していくのが分かる。
私は小さく深呼吸をする。
冷静さを取り戻したことでこの場に現れたのがランバインだけではない事に気が付いた。
ユウリにトウリ、そしてハルカとサツキが背後で待機している。
「どうしてここに?」
私は尋ねる。
三方向から攻撃を受け、対策だけで手一杯のはず。
それなのにこの場に現れたことが不思議でしょうがなかった。
この戦場が状況を打開するためのカギなのだとしたらこの人数では絶望的だ。
「・・・・・・現在三方向から攻撃を受けている」
うん。
「この攻撃に対して我々は打開策を出せずにいる」
・・・・・・。
「策がないなどと言う状況ではなくそもそも策を繰り出せる数が足りず袋小路・・・これが現実だ」
けどランバインさんから悲壮感や焦燥感は感じない。
むしろ何かを決意したような強い意志を感じる。
「ここも同様です。敵の毒ガスの影響でこの戦場が最も絶望的な状況に追い込まれています」
「その通りだ」
は?
なぜ肯定する?
「もう一度聞きます。なぜこちらに?」
ランバインは数秒の沈黙の後、口を開く。
「この場を脱出する」
!?
何を言っているんだ!?
「我々だけでこの場を脱出しセピロス・オルグランを捕えに行く」
驚愕した。
その行為が何を意味するのか分からないはずがない。
私が抜けて、指揮官が抜ける・・・・・・。
それはつまり・・・・・・。
「な、何をおっしゃっているのですか?状況をお考え下さい!この状況で私達が抜けたら・・・」
「分かっている。我々が抜ければこの軍は間違いなく打開し、敗残兵となる」
「な、なら!」
「一人でも多く生き残らせるにはそれしかないのだ」
ランバインさんの目には強い決意が見える。
本気で言っている。
けど、どういう事?
「どの道このままでは反乱軍は敗北する。そうすればこの場にいたカース軍が今度はオーベムに向かう。そうなれば四方からの攻撃に合い、一刻と持たず全滅するだろう。もはやそれは避けられない。・・・しかし、一つだけ、一つだけそれを回避する方法がある」
そこまで聞いてようやく言いたいことを理解する。
つまり組織のトップを捕え、強制的に停戦に持っていくというのだろう。
けど、そんな上手く行く?
「もちろんここを脱出する事。そして手遅れになる前にセピロスを捕え、この場に戻ってくること。この二つの条件が必須となる」
「そ、そんな。そこまでみんなが持ちこたえられるかなんて・・・」
「時間がない。だからこそすぐにでも」
持ちこたえられる時間、そしてセピロスを捕えるまでの時間。
それらを秤にかけなくてはならない。
領主――セピロス――を捕えることが出来るのだろうか。
仮に脱出できたとしてその時は、タリアさんやイルビアさんと争わなくてはいけない。
私に彼女らを討つことが出来るの?
時間が無いことも相まって混乱していく。
「悩むなら僕の案に載ることをお薦めするよ」
声が聞こえ、顔を上げる。
カースだ。
「僕の軍門に下れば、これ以上の被害無くこの場を収めることが出来る」
・・・・・・。
「僕は見てのとおりこの戦場の指揮官を任されている。騎士団の中ではそれなりに高い地位にいて発言力もある。それはこの場にいる君にも分かるだろう。どうだい、仲間の被害という君の一番の懸念点。僕ならそこを完璧に解決できる」
心が揺れ動くのが分かる。
確かに私の一番の心配事は戦っている仲間の安否。
カースの言うとおりにすればひとまず安全は保障できる。
「カーフェ。罠だ。本質を見失ってはいけない」
本質?
「すでに匙は投げられている。仮に彼の言う通りにしたとしよう。その場合、安全は保障されるといったが本当にそうだろうか?領主に牙をむいた。騎士団長に牙をむいた。そんな危険分子を丁寧にまとめ上げ取り込むだろうか。私なら、あなたの気付かない範囲で多くの人間を秘密裏に実験体にして処理する事を考えるがね」
!?
その通りだ。
敵を生かしておく理由がない。
現にこうして実験場があり無関係の人間がたくさん被害にあっている。
間違いなく謀反を起こした私達が実験体の補充要因として処理されるのが定石。
「カーフェ・・・・・・」
ランバインさんが声をかけてくる。
今までのように温もりを感じるような声色ではない。
覚悟を決めた力強い声だ。
私がすべきことは整理できた。
「カース。ごめんなさい。あなたの提案はステキなものだと思う。けど、そもそもあなたを信用することはできない。私は領主を捕えに行くわ」
カースは溜息を吐く。
「そうか。ならば仕方がない。この場で全員始末するとしよう」
周囲にいた敵兵がそれぞれ武器を構える。
カースの表情が変わる。
とても冷たい。
我々を駆逐対象として認識した目だ。
これがカースの本性なのだと感じる。
ランバインさんを信じて良かった。
そう強く感じた。
けど今はそれどころじゃない。
「ランバインさん!」
囲まれている。
ここには6人しかいない。
どうする・・・・・・。
「心配ない」
その瞬間、包囲している敵兵を矢の嵐が襲い掛かる。
「なに!?」
カースの側近が驚きの声を上げる。
この状況は想定していなかったようだ。
しかし、カースの表情に変化はない。
気付いていたのかもしれない。
彼のスキル千里眼。
この場面では脅威ね。
けどすぐに動き出さないと・・・・・・カースが次の手を打つ前に。
カースが手を前にかざすと側近のヴェノンとメルセドが飛びかかってくる。
狙いはランバインだ。
「くっ!」
私はすぐさま敵とランバインの間に滑り込み壁となる。
私ならやり過ごせる。
しかし、隣から人影が飛んできたことでカース側近の足が止まる。
「はっ」
その人物は大剣でメルセドの動きを封じる。
さらに、死角から矢が放たれヴェノンの足を止めた。
「ロック!グリフ!」
2人が生きていたことに安堵する。
しかし、状況が状況。
すぐに立て直すと、カース側近に飛びかかる。
側近の一人の盾に蹴りを食らわせ後退させる。
もう一人の側近はそれを見て、後退した。
前に出た私は横目でロックとグリフに目を向ける。
二人とも顔色が悪い。
立っているのもやっとな状態だ。
生きていたことは嬉しいが、逆に不安になる状態だ。
「行ってください・・・」
肩で息をしながら発言するロック。
そんな状態で・・・・・・と思ったが、ランバインさんに負けず劣らずの決意の籠った目。
反発出来ず、口を閉ざす。
今度はグリフに目を向ける。
グリフも同様に何かを決意しているようだ。
「ランバインさん!」
私はランバインさんを呼ぶ。
「分かっている。皆の物、聞けぇ!!私はこれから敵の親玉、すべての元凶であるセピロス・オルグランを捕えに行く。だが、知っての通りこの場を脱出するだけでも困難な状況だ。だから力を貸してくれぇ!!全員、全力で奴らの足止めをしろォ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおお」」」」」
ランバインの熱弁はすべての反乱軍の耳に届いたのか空気が振動するほどの雄叫びが木霊した。
そして瞬く間に、全軍がここに押し寄せ乱戦と化した。
まだこれほどの気力が・・・・・・。
彼らの為に、絶対に領主を捕えなければ!!
動き出したランバインに付いていく形で行動を開始する。
「行かせるかァ!!」
怒号と共にヴェノムとメルセドが背を追ってくる。
「させるかァ!!」
それをロックとグリフが止める。
「邪魔だァ!!」
ヴェノムの矛を受け止めて一撃で吹き飛ばされるロック。
グリフも矢で応戦するも力なく簡単に射なされ吹き飛ばされる。
しかし、ゆっくりと立ち上がる。
血反吐を吐きながらも何度も立ち上がる姿に私は拳を握りしめる。
必ず成し遂げるから!
絶対に死なないで!!
私達は乱戦となった戦場を地上への階段に向け横断し始めた。
☆
「カース様・・・・・・」
ランバイン、カーフェが通った道の先を追うことなく見続けるカース。
そんなカースを不審に思い声をかける騎士の一人。
カースは騎士の嘆きには反応せず、脳内で情報の整理をしていた。
ランバインらの目的と戦力。
目の前の反乱軍の戦力。
戦場全体の構図。
これらを整理し分析をする。
「カース様、彼らを追われないのですか?」
カースは声に反応し視線を変える。
「ヴェノンか・・・・・・」
「はっ。今ならまだ間に合うかと・・・・・・」
ヴェノンの前には力なく倒れ伏す騎士の姿が見える。
死んではいない。
しかし、すでに立ち上がる気力もないのだろう。
メルセドに食って掛かっていた矢を放つ騎士も同様だ。
毒ガスを食らった身で動けたのは大したものだなと感じたカースであった。
「カース様、ご命令を」
メルセドもそばにやってきて指示を待つ。
「進路を変える」
「はっ、ランバインとメイドを追うのですね」
「違う」
「は?」
しばし沈黙が訪れる。
否定されたことで思考が止まったようだ。
「理由の説明をお聞きしても?」
「ランバインさん達はすでにかなり進んでいる。反乱軍が死力を尽くして道を切り開いているせいだろう。偶然も重なっているがあれなら実験体に捕まることなく抜けられるだろう。だが、それは彼らのパターンだ。我々が今から追えば、十中八九実験体に捕まる。さすればこちらも多くの血が流れるだろう。」
「そ、そうなのですか?ではどこに?」
「ユーログラム団長と合流する」
「団長とですか?」
「反乱軍を闇ギルド陣営に押し付ける。進路をずらすぞ。回り込んで団長のいる右翼と合流する!」
「か、畏まりました!」
「ヴェノン、メルセド。進路を変える故、殿を任せるぞ。包囲を抜け次第、私の元へ来い。いいな」
「「はっ」」
カースは軍に進路変更の命を出し、行動を開始した。