地下施設研究所
1階会議室付近。
そこではメイド達が朝早くから業務に勤しんでいる。
至る所でメイド達が行き来して、荷物を運んだり、掃除をしたり忙しなく動き回っている。
メイド長のタリアが直接指揮を執りメイド達が円滑に動けるように指示を飛ばしている。
「・・・・・・」
カーフェはそんな中に混じって、自身の力を活かして荷物運びをしていた。
「・・・・・・」
「ちょっとカーフェ!何やってるのよ!?」
ふと我に返るカーフェ。
目の前にはキッチェが腰に手を当て正面に立っている。
「それはここの荷物じゃないわよ!」
「あっ・・・」
キッチェに指摘されてようやく気付く。
気づけば会議室に運ぶ荷物をその正面にある寝室に持ってきてしまったようだ。
「どうしたのよ!?最近ミスが目立つわよ?それに心ここにあらずじゃない・・・」
「・・・・・・」
言えるはずがない。
いや、聞くのが怖い。
あの一件以来、挙動不審になっていることはカーフェ自身気づいていた。
気になって気になって仕事に集中できないことも。
だからと言って、実際に聞けるはずがない。
言ってどうするのだ?
もし知っていたらどうするのだ?
もし、知っていて見過ごしていたのだとしたらどうすればよいのか?
聞くのは簡単だが、その一言が出てこない。
それがカーフェの現状であった。
「何か悩みがあるのなら言いなさい。一発で分かるんだから!あなたが何かに悩んでいることは」
キッチェの発言を考えれば、知らない可能性が高い。
だが、行ってしまえば、キッチェにも迷惑が掛かるかもだし、そもそも知っているかも分からないのだから。
視界の端にサツキとハルカが見える。
2人とも今まで通り変わらずだ。
顔が合えば挨拶をしてくれる。
上手く合わせられてるだろうか?
動揺を隠せているだろうか?
自信がない。
タリアも何も変わらない。
ただ淡々とメイドの仕事をしている。
何も変わらない、ただの日常だ。
ホントにあくどいことに手を染めているのだろうか?
この光景を見ているとそう感じてしまう。
しかし、忘れることはできない。
あの時の彼らの目を。
憎しみのこもったクリアのような眼を・・・。
それを思い出すたびにこれが夢ではないと気づかされる。
私はどうすればいいのか・・・。
カーフェは今日も悩んでいる。
その日の晩。
今日もアマネから仕事を頼まれ、街に繰り出していた。
今日はどういうわけか屋台がまったく出ていない。
人気が感じられない。
屋台があるということがどれだけ素晴らしいことかと感じていた。
あの日から何となく常に誰かに監視されているのではないかと感じるようになった。
秘密を知ってしまった。
そのせいで狙われるようになったのではないかと・・・。
あのとき、ランバインも言っていた。
引き返すことのできない案件だと。
確かにその通りだ。
聞かなければよかったと今更後悔することになるとは・・・。
いつもの買い物が終わり荷物を持って真っ暗な道を進む。
街中である為に家の明かりは至る所で見るが、一か所だけ路地を通るために真っ暗になる箇所がある。
いわゆる近道ではあるが今日に限っては、失敗したと感じる。
心細い。
その一言に尽きる。
今は誰でもいいから、人の気配が欲しい・・・そう感じた時であった。
確かな殺気を感じた。
カーフェは反射的にしゃがみ込む。
真っ暗でうまく見えないが確かに何かが頭の上を通り抜ける風の音がする。
今の状態で躱せたのは・・・さっきに気付けたのは運がいいと言えるだろう。
警戒しすぎていた・・・それが功を奏したようだ。
真っ暗で何も見えない。
分かるのは足音。
それも1人ではなく、それなりの数。
10人はいる気がする。
まさかこんな形で人が現れるとは・・・。
「何者ですか?」
問いかけるが返答はない。
その代わりに聞こえてくるのは刃物らしきものが振られる音。
カーフェはわずかな風の音を頼りに間一髪で攻撃を躱していく。
囲まれている。
この細い路地では身動きが取りづらく不利である。
だからこそカーフェはリスクを覚悟で大通りに移動しようとする。
しかし、阻まれる。
カーフェは得物の軌道に合わせてカウンターを決めようとするが、相手が見えないせいでうまいこと行かない。
「くっ!」
私の動きを知っている・・・。
カーフェはこの戦闘の中で確かに感じたことであった。
正直、この人数差でも技量は自分が勝っている。
そのことに自信はあった。
しかし、攻めきれない。
これは相手の姿を認識できないことだけが影響しているわけではない。
カーフェは相手の攻撃に合わせて正確に反撃をすることができていた。
それは技量に大きな差があることを現していた。
なのに、一撃も与えられていない。
躱されるか、受け止められるかでいずれの攻撃も対処されている。
そして、攻撃の隙をついての絶え間ない挟撃。
技量で優っていてもカーフェの身には少しずつ切り傷が出来ていった。
「・・・・・・しかたない」
正直やりたくなかった手をするしかない。
今度はこちらから動き出す。
今までとは違いスキルを使用しての突進。
流石にスキルを合わせれば、後れを取ることはない。
いくらこちらの動きを把握していても、対処しきれない速度とパワーでの攻撃ならいなすことはできない。
カーフェは捨て身の攻撃で敵に飛び掛かっていく。
相手の姿は見えない。
しかし、傷を負うことを前提に考えれば捕まえられる。
カーフェは敵の得物での一撃に合わせて、拳を振るう。
敵の得物がカーフェの頬を裂くが、それでもカーフェの拳は止まらない。
拳は敵の腹部を正確に捉える。
背後からも次々に獲物が振られる音が聞こえる。
致命傷さえ避ければ行ける。
カーフェはその一撃を躱さず、反撃に移る。
敵が反応できない速度とパワーで敵を掴み、投げ飛ばす。
死角から次々に獲物が飛んでくるが、それを真っ向から対処していった。
どんどん少なくなる敵。
最後の敵はすでに行動パターンを理解したカーフェにより刃が届く前に倒された。
「ふぅ・・・」
戦いが終わり、息を整えるカーフェ。
戦いでついた傷はスキルで治っていく。
終わってみればカーフェの圧勝だった。
けどなぜ私の戦い方を知っていたのだろうか?
訓練中を見られていた?
やっぱり私は狙われていた。
誰?
タリア?イルビア?ユーログラム?それともキッチェ?
ともかく、襲撃者の正体を確認しようとするカーフェ。
襲撃者の一人に近づき、手を伸ばそうとした瞬間、何物かに背後から羽交い絞めにされる。
なに!?
カーフェは瞬時にスキルを使用し脱出しようとするが、その前に何かをかがされ、意識が遠のいていくのが分かる。
(・・・助けて)
カーフェは襲撃犯を前に意識を失ってしまう。
「・・・う、ううん」
カーフェが目を覚ました時、自分がどこにいるのか分からない状況であった。
「××××××××!!」
必死に声を上げようとするが、口を塞がれている。
両手足も塞がれて動けそうもない。
おまけに袋に入れられているようだ。
「お、起きたようだぜ」
「そうみたいだな」
「かわいそうに、こいつもこんなとこに来なきゃ立派なメイドになれたろうに・・・」
知らない声だ。
しかも男。
野蛮そうな感じ。
盗賊か?
「おい、さっさとずらかるぞ。誰かに見られるといけねえ」
「あいあいさ」
カーフェは懸命に体を動かそうとするが身動きができない。
「へへ、暴れても無駄無駄。なんたってこの袋はスキルを封じる効果があるらしいからなぁ」
「あれだけ強くても袋の前では凡人も同然かよお」
「おまえら!いいからさっさと運べ、もうすぐだぞ」
「へいへい」
それからどのくらいたっただろうか?
あまり時間はたっていない。
おそらく1時間くらい?
階段を下りていく感覚があったので地下にでも連れていかれてるのだろうか?
そんなときであった。
「な、なんだ貴様は!?」
「どこから湧いてきやがった!?」
「てめえら、やつを仕留めろ!」
何が起きているのか分からなかった。
しかし、人が集まってきて戦いが起きている事だけは分かった。
人が争っている音が聞こえる。
つば競り合いをしている音、風切り音、悲鳴、鎧の音・・・。
そして聞こえる人の声。
この声は・・・。
戦いが止み、すぐに袋が開けられる。
カーフェは袋から出るとあたりを見渡す。
「大丈夫かい?」
そこにいたのは、オーベムであった。
この日の夜。
オーベムはアギトの捕虜となったその他大勢の処遇をひそかに調べるため、騎士団の資料保管庫を訪れていた。
ここには今までの騎士団が関与した事件や出来事に関する情報が纏められている。
オーベムはどうしても納得がいかずこうして騎士団長の目を盗んで日々調査を行っていた。
「・・・・・・」
大木の資料に目を通すが思った通り捕虜などになった人物の資料はどこにもない。
それどころか、今までの争いの中でとらえた捕虜の情報そのものの記載すらないことに気付く。
「なぜだ・・・」
これでは隠蔽ではないか・・・という言葉を紡ぐ。
下手は発言は反感を買いやすい。
ただでさえ、ユーログラムの派閥とオーベムの派閥は仲があまり良くないのだ。
余計仲がこじれて内輪揉めなどごめんだ。
「そういえば、今日は屋台がまったく出てなかったな・・・」
「そうなのか。何かあったのか?」
などという会話が聞こえてくる。
(なに?屋台が出ていない・・・)
そんな話は聞いていないはずだがと、オーベムは感じる。
(嫌な予感がする。何かが起きる・・・そんな予感が・・・)
オーベムは急いで外にでた。
案の定、市民街は騎士団本部から見ても分かるほどに薄暗く静けさに包まれていた。
「「オーベムさん」」
声をかけてきたのはロックとグリフ。
たしか2人はユーログラム派閥の者のはず。
「今日は屋台がやっていないようだが、何か聞いているか?」
「いえ、何も。俺たちもそれが気になって・・・」
「落ち着かないというか・・・」
「そうか・・・」
(彼らは何も聞いていないということは、騎士団事態に何も連絡が来ていないという事か?)
オーベムは領主の屋敷に目を向ける。
(それとも・・・)
オーベムはロックとグリムに目を向ける。
2人の間に大した関わりはない。
しかし、それが功を奏したのかオーベムは彼らに命令を下すことができた。
「何かが起きるかもしれない・・・軍を動かす準備をしろ」
「軍をですか?勝手なことをしては・・・」
「俺の直属のメンツだけでいい!準備をしておけ!」
そう言い残し、オーベムは市民街に向かっていった。
残ったロックとグリフ。
彼らもここ最近はカーフェのお守りをしている。
これはランバインからの命令であった。
オーベムの命を受け、好機だと感じる2人。
ロックとグリフは互いに顔を見合わせ、互いに頷く。
そして、互いに別々の方角へ足を進めていった。
オーベムは静けさに包まれた街中を歩く。
あたりは暗く静かであるが、だからこそ何かあれば音で気づく。
オーベムは耳を澄ませ、ゆっくりと見回りを行った。
「オーベムさん、こんなところで何を?」
急に呼び止められ、目を向けるとそこにはカースが少数の兵を率いていた。
「何をしている?」
オーベムの鋭い視線がカースに向けられる。
「おやおや、剣を引いてくださいよ、副団長。我々は街に現れたという不思議な生物の見回りをしているだけです」
「不思議な生き物?」
「はい。市民からの報告で発覚しました。そのため、急遽このような形になったのです」
「私は聞いていないのだが?」
「急の出来事でしたので・・・」
しばらくの睨み合いが続く。
「私の心配ならいらない。私が直々に見てきてやる。そこをどけ」
「いえいえ、副団長の手を煩わせる訳には参りません」
「私がいいと言っている」
「いえいえ、団長命令ですので・・・」
「なに!?やはり、何か隠しているな?」
「何をおっしゃっているのですか?」
「最近疑問が多く出てきていたが、確信に変わった。・・・お前たち。ここで何かしているんだろ?」
「何をおっしゃっているのかさっぱり」
「今までは話題をそらされてはぐらかされていたが、明らかに過去の資料には改ざんの跡があった。決まった捕虜に関する資料だ」
「・・・・・・」
「私もこの騎士団に来てもう数年になる。その間の出来事は私も知っている。だが、資料を確認するとありえないことに記載されていなければおかしい事実が書かれていない」
「それが捕虜だと・・・?」
カースが無表情に変わる。
「そうだ。捕虜は私も捕まえたことがある。だが、その記載がない。あたかも捕虜自体がなかったかのようにな・・・」
「勘違い・・・ではありませんか?」
「そんなはずは・・・」
その時、騎士団が通せんぼしている先で、男性と女性の声が聞こえた。
女性の張り上げる声と男性の苦悶に満ちたような声だ。
「謎の生き物ではなかったのか?」
「ふふふ、あははははははは!」
カースは雄たけびを上げると、剣を引き抜きオーベムに振るう。
オーベムも剣を引き、唾競り合いに持ち込む。
「まったくあなたは本当にうっとおしいですね。知らないままの方がいいこともあるというのに」
「私の正義がそれを許さないんだよ!」
オーベムはカースの剣ごと吹き飛ばす。
「ちっ!」
そして、オーベムの背後から多くの足音が聞こえる。
鎧の音、騎士団の到着を意味している。
「ちっ!」
カースは剣をオーベムに振るう。
カースとオーベムの戦いが始まった。
戦いはあまりに一方的なものであった。
攻め続けるオーベムに防戦一方のカース。
それもそのはずだ。
カースは指揮官としては優秀ではあるが、騎士としての技量はそこまでではない。
ゆえに、戦いは終始オーベムに優勢となっていた。
「はあはあ」
カースは躱すので精いっぱいで至る所に傷を作っていた。
ここまで長引かせることができているのは、カースのスキルを利用した時間稼ぎによるものであった。
「千里眼。たしかに厄介ではあるが、戦闘向きではない。終わりだ、カース。おとなしく捕まれ」
「くくくくく、あなたも甘いですね。情けをかけるのですか?しかし、私の役目は時間稼ぎ!そろそろお暇しましょう!」
カースは煙玉を地面に投げつける。
「そんなもので逃げられるとでも!」
「逃げられますよ」
その瞬間、オーベムの足が動かなくなるのを感じた。
足元にはネバっとしたものが・・・。
やられた。
こんな初歩的な罠に引っかかるとは・・・。
しかし、止まっているわけにはいかない。
まずは何が起きているのか確認しなければ、オーベムは軍を率いて足を進めた。
「大丈夫かい?」
声の方へ顔を向けるカーフェ。
そこにいたのはオーベムであった。
「どうして・・・」
「ちょっと思うことがあってね巡回に出たんだよ。そしたら誰かが連れ去られるところを確認して、ここまで追ってきたってところ。まさか君だとは思わなかったけどね」
苦笑いを浮かべるオーベム。
そして安堵を浮かべるカーフェ。
カーフェは次に周囲に目を向ける。
あたりには少人数の騎士団・・・といっても100人以上いる気がする。
どんどん扉から人が入ってきている。
そして倒れている人々。
きっと私を捕まえに来た人たちの仲間なのだろうと感じる。
「軍を連れてこいとは言ったけど、まさか全軍連れてくるとはね」
オーベムの視線の先にグリフがいることに気付くカーフェ。
「どれくらい集めればいいか分かりませんでしたので・・・」
「けど正解だったようだね・・・」
オーベムは軍とは逆方向へ目を向ける。
オルグラン全体と変わらないくらいの地下空間。
そこに移るのは、普通の街並み。
地下ということもあり多少薄暗いが、それ以外はただの街となっている。
網の目のように奇麗に区画ごとに分かれていて、空気をきれいにするためなのか川が流れている。
そのおかげで空気は澄んでいるように感じる。
「これは・・・」
「ここはいったい・・・」
カーフェとオーベムの声が重なる。
「ここは地下研究施設。その運営のための街」
答えるのはグリフである。
「町の中心にある大きな建造物。あれがおそらく研究所かと・・・初めて見たので何とも言えませんが。そして、あなたが疑問に思っていた、捕虜。それがここに収容されています」
「なんだと!!」
オーベムは目を見開き、町全体を見渡す。
「ここでは何が行われているんだ?」
オーベムはグリフに問いかける。
「兵器を・・・ミリタリアに対抗するための人間兵器の実験を・・・捕虜を利用して」
「なんだと・・・」
「領主セピロスは闇ギルドと繋がり、この凶器の実験を行っている」
カーフェはオーベムが拳を強く握りしめていることに気付いた。
血が流れるほどに強く握りしめる拳。
オーベムの怒りのほどが感じ取れる。
「こんなことが合っていいはずがない。こんなことは絶対に!!」
オーベムは剣を抜く。
後ろで控えている騎士もオーベムに合わせて剣を抜いた。
正面には武器を携えた傭兵のようなものがぞろぞろと姿を現す。
彼らはみな闇ギルドの軍勢。
それもオーベム軍よりもはるかに多い大群である。
騎士はその数にたじろぐ。
「引くな!騎士である我々が引いたら誰も救えぬ!その相手が善人だろうが悪人だろうが我々は立ち向かわねばならない!その事実を許すな!!行くぞ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」」」
騎士団は一斉に傭兵集団に向かっていった。
「カーフェ。大丈夫かい?」
騎士団と傭兵の争いが始まったころ、ただ見ているしかできなかったカーフェにグリフが声をかける。
「これは誰の命令?私は捨てられたの?」
自身が実験体にされようとしていたことに気付き、激しく動揺するカーフェ。
考えたくはない。しかし、この一件、セピロスの命令であるとしか思えない。
そのことに気付いてしまったカーフェは主の裏切り、自身の存在意義に思考を奪われ、絶望していた。
「しっかりするんだ。君には私たちがいる。前を見るんだ」
「私にはみんなが・・・いる・・・分かんない・・・もう分かんないよ・・・」
カーフェはうずくまり嗚咽を漏らしていた。
「はああああああ」
オーベムの一撃が敵の命を奪う。
オーベムが必死に健闘しているが敵の数が違いすぎる。
いずれ飲み込まれることが分かり悔しさを現す。
オーベムが振るうだけ、見方も数も減っていく。
そんな中、遠くで巨大な気を放つ存在を感じ取った。
オーベムだけじゃない。
カーフェもグリフも騎士の面々もまだこの場には居ない、こちらに向かっている獰猛な気配を放つ存在を感じ取る。
「くそっ!!」
オーベムは焦燥感に駆られながら、剣を振るっていった。