国境警備
アギトとの戦争から1週間が経とうとしていた。
国境沿いの為建物が頑丈に作られていたことが幸いし、損害が少なく、復興もほぼ完了している。
騎士団は依然として警戒態勢を継続していて、城内の巡回や城外の警備が厳重になり、殺伐とした雰囲気が城内を包み込んでいる。
しかし、民はそれに反発することなく、むしろ安心したように普段通りの生活に戻ってきている。
騎士が巡回している最中、出店が賑わい、子供大人の楽しそうな声が響き渡っている。
民が積極的に騎士に話しかけている様子が見られ、騎士の顔には困惑が見える。
そんな中メイドはというと、珍しく、総出で城外の清掃に取り組んでいる。
城内では多くの血が流れ、それがこびり付き匂いが取れない状態となっている。
始めは騎士が主導でやっていたが、掃除のいろはは分かっていなかったため、見かねたタリアがセピロスに直訴し、メイドが城内の掃除を担当することになった。
おかげでメイドという集団が城内のいたるところで目撃できるようになり、民も目の保養になっているようだ。
民たちは積極的にメイドに話しかけている様子がたびたび目に入る。
カーフェとキッチェもその1人である。
アクロバティックな動きでの掃除が皆の目を引き、見物人まで現れる始末である。
カーフェもキッチェも始めは気にした様子を見せなかったが、徐々に見物人が増えていくことで段々と視線を気にするようになっていた。
「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」
カーフェ、キッチェからすればただ普通に掃除しているだけなのに少し動けば歓声が響き渡る。
彼女たちの表情には照れが見えていた。
「やあ、順調かな?」
見物人の中にそこそこ知った顔が混じっていることに気が付く。
「オーベムさん・・・」
騎士の装いに身を包んだオーベムが現れると途端に道が開く。
オーベムは周りに会釈しながらカーフェ達の元に近づく。
「毎日毎日すごいにぎわってるね。おかげで居場所が丸分かりだよ」
「えーっと、正直恥ずかしいのですけど・・・」
オーベムはふっと笑みを浮かべると話題を変える。
「そういえば、君たちは国境に赴いたことはあるかい?」
「国境ですか?」
国境とはミリタリアとの国境の事を基本的に差す。
他にも北は文化国家スタンピア、南は中立国家ディアスタと国境が繋がってるが、オルグランはミリタリアとの国境沿いに存在し、日々警備を続けながらミリタリアの挙動に注視している。
「ああ、今回アギトとの一件があったからね。ミリタリアの挙動を確認しておきたいんだ。まったく、団長も困ったものだよ。視察したいといっても、あとでいいの一点張り。攻められたらどうするつもりなのやら・・・」
「それで許可が下りたと・・・」
「いや、勝手に行くことにした」
”え?”
その言葉が喉から出かかり、急いでひっこめる。
いやいや、いいのかそれ?
「あの、あとで問題になりません?」
静かに聞いていたキッチェが声を上げる。
「ああ、問題ないよ。なぜか私が独断で何かすることに関しては何も言わないんだよな、あの人は」
「そうなんですね」
「一緒に行ってみるかい?」
唐突な誘いに?が浮かぶ。
「ああ、君たち国境に行った事は無いんだろ。メイドとしては必要ないと思うけど君たちは戦えるメイドさんだからね」
カーフェは何となくオーベムの意図を理解することができた。
つまり、国境の動きが分かるようになれば、城内の安全を守りやすくなる。
そのために一役買ってくれということなのだろう。
「分かりました。同伴させてください」
カーフェは頭を下げる。
「ちょっと待って。ここの掃除はどうなるの?私たちは勝手に抜け出しちゃダメなのよ!?」
「そ、そうだった・・・。まずは相談しないと・・・」
「構いませんわよ」
突如声が聞こえたため、視線を向ける。
「「お疲れ様です」」
そこにいたのはタリアであった。
「ええ、頑張っているようね」
タリアはあたりに視線を向ける。
見物人にだ。
隣にはイルビア、そしてサツキ、ハルカの姿があり、その他にもランバイン、ユウリ、トウリ、そしてロック、グリフの姿もあった。
「皆さんお揃いで・・・珍しいですね?」
「そうね、私たちは、これから作業が進んでいない箇所に増援に行くつもりよ」
「めんどくさいけど、命令だから仕方なく」
「料理で培った洗い能力を存分に活かしてくるぜっ!」
「役に立ってくれればいいのですけど・・・」
メイドさんたちは相も変わらず忙しそうだ。
「私たちは、城内の施設の視察だね。建物が頑丈といってもすべてが無傷というわけではない。残りの復興の費用をこの目で確かめてこようと思ってね」
「「はい」」
執事さん方も忙しそうだ。
「俺たちは、巡回中にちょうど会ってな」
「まあ、言いにくい事ですけどサボりですよ、彼はね」
”おい!”っとグリフにツッコミを入れるロック。
どうやら、彼らは偶然鉢合わせたようだ。
「あの、皆さん忙しそうですし、私たちもここに残った方がいいでしょうか?」
「そうね、本来は残るべき・・・けど、今回は好きになさい」
「いいのですか?」
「ええ、メイドとして知っておいて損はないはずよ」
イルビアも腕を組んで”うんうん”と頷いている。
どうやら彼女たちは国境をに見に行ったことがあるのかもしれない。
「「ありがとうございます」」
「俺達も行ってもいいですか、副団長」
ロックとグリフは一緒に付いて行きたいようだ。
サボりたいのか?それとも・・・。
「怒られても知らないぞ?」
「よっし!」
オーベムはやれやれといった表情を浮かべている。
「では私たちはそろそろ・・・」
そう言い残し、ランバインはこの場を去っていった。
「君たちもともに行くなら支度をしてきなさい」
「「はっ!!」」
ロックとグリフもまた、この場を後にする。
さして最後にタリア達。
「あなたたちも支度をしてきなさい。イルビア。この場はあなたに任せます」
「え?」
そう言い残しタリアとサツキ、ハルカもこの場を去る。
カーフェとキッチェも支度の為にその場を離れた。
そして残されたイルビアは・・・。
イルビアはあたりを見回す。
見物人は代わりに任されたイルビアの一挙手一投足に目を向けている様子。
「私1人・・・」
悲痛の嘆きを受け取った者はいなかった。
「では行こうか」
騎士団前に集まり、馬車に乗るオーベム達。
ロックとグリフが馬車を制御するようだ。
荷台にオーベムとカーフェ、キッチェが乗る。
馬車はゆっくりと動き出し、南門を通過する。
目的地はオルグランを西にまっすぐ行ったところにある駐屯地である。
「あの。駐屯地にいる騎士さん達は今回の件はご存じなのですか」
今回の件というのはもちろんアギトとの戦争の件である。
「ああ、詳細は伝わっていると思うよ。ただ、ここも最重要拠点の一つだからね。人員を戻すことはできない。ただ、ミリタリアとの繋がりがある可能性を考えて厳重に警備させている。早く会いに行って安心させてあげないとな」
メンタルがパフォーマンスに及ぼす影響はとても大きい。
オーベムはそのことを理解しているようだ。
「国境は今どんな感じなのですか?」
キッチェが口を開く。
「国境は数年前から均衡状態が続いている。なぜかは分からないが、突然進行が弱まったんだ。いつからかは分からない。私が騎士になったときにはすでに互いに牽制しあう状態まで落ち着いていた」
その昔、今から10年以上前の話。
軍事国家ミリタリアは軍事国家の名に恥じない進行を幾度となく各国に行っていたらしい。
その一つがルイン王国にも進行していた。
そして、常にこのオルグランぽ国境沿いでは血で血を洗う残酷な光景が日常となっていたらしい。
しかし、ある時、ミリタリアの国王が当時の皇太子に討たれたという噂が広まり、同時に軍が後退し始めたのだという。
そしてそのまま、国境沿いに互いに軍を配置し、現在は牽制をし続けているらしい。
国王が皇太子に討たれたという噂はおそらく本当のようで跡を継いだ皇太子は精神的に少しおかしなところがあったという。
噂が出る前は国王に忠実な子という印象を各国が持っていたが、だんだんと傍若無人で国王以上に国土に執着するようになり、国王との間で何度も言い争いが起きていたという話がある。
その変わりっぷりは誰が見ても急変といえるものであり、人が変わったかのように急に性格が変わったらしい。
だからこそ、皇太子が国王を討ったという話は真実として各国で伝わっている。
そして、その国王の急変後の性格を考えれば、いつ戦争を仕掛けてきてもおかしくない。
だからこそ気が抜けないのだとオーベムは語る。
「実際現国王は即位して以降、すぐに行われた10ヵ国会議に一度だけ参加したのち、一度も顔を出していない。だからこそ、今のミリタリアは未知の部分が大きい非常に危険な国というのが各国の認識だ」
「つまり、攻めてこない理由も、何を考えているのかも、アギトとの関係性も何も見えていないということですか?」
「ああ。だが、それだけじゃない。今ミリタリアの上層部がどうなっているのか。各国が必死に探っているが何も収穫がないらしい」
「そんな。それじゃあ、騎士さんは気を休められないじゃないですか・・・」
「そうだな。今は我慢の時かもしれないな」
すると、視界の先に大量のテントと天幕が見えてきた。
「着いたぞ。あそこが駐屯所だ」
馬車は駐屯所に入っていく。
入ると天幕に人が多く出入りしていて、至る所で話し合いをしている様子が見られていた。
皆自分の役割に必死なのか馬車が入ってきたことにすら気づいていない。
それ位喧噪に包まれていた。
オーベムは一目散に最も大きい天幕に入っていく。
カーフェ達もその後を追う。
中では、地図を広げて全員が何やら話し合っているのが見える。
「今はどうなっている!」
オーベムが声を荒げることでようやく一人が視線を向ける。
その者がオーベムに気付くと、皆に一声かけ、話し合いを中断する。
「ようこそおいで下さいました、オーベム副団長」
「何やら騒がしいが、何か動きがあったのか?」
後ろで聞いていたカーフェ達は息をのんで成り行きを窺う。
「いえ、それがまったく動きがないのです。それが逆に怪しくて・・・」
「怪しさを感じる部分があったのか?」
”はい、実は・・・”といって話し始める。
事は一週間前、アギトとの戦闘が始まる直前に遡る。
ミリタリアの軍が急に後退を始めたとのこと。
始めは何かが起きるのかもと思い、警戒していた矢先にアギトの一件の報告があり、身構えていたらしい。
しかし、何もないどころか戦争が終結した途端にミリタリア軍が元の配置に戻ったとのこと。
騎士は何か細工をしていないか徹底的に調べたが、何も出てこず、見落としがあったのかもと躍起になっているところだったそうだ。
「つまり、タイミングが良かった為に、アギトとミリタリアには何らかの繋がりがあるのではないかと感じたと・・・」
「はい、タイミングよく後退したことが妙だったので、絶対何かあると・・・。しかし、いくら待っても何も起きず、交代の意図が読めません」
「たしかに、連動しているように見える。だが、オルグランの復興はほぼ終わりを迎えている。現状、何も動いていないのなら問題ないだろう」
「分かりました。では調査隊を引きあげさせようと思います」
「いや、まだそれは続けておいてくれ。少なくとも復興が完全に終わるまでは。隙を突く気かもしれないからな」
「かしこまりました」
「少し、様子を見て回るぞ」
「はっ!」
オーベムは天幕を出る。
その足ですぐ駐屯所のあちこちに目を向ける。
「まずは向こうから見てみよう」
カーフェ達はオーベムの後をついていく。
警備範囲を事細かにゆっくりと視察していくオーベム達。
いずれの軍も負傷といった類はなく、本当に牽制だけで争いが起きていないことが伺える。
「あれが見えるか」
オーベムは正面の坑道の先にある杭を指さす。
「あれが国境だ」
そして次にそのさらに先に指を向ける。
そこにはかすかにだが、人の輪郭が見える。
「あそこにミリタリア軍がいる」
オーベムはこの数年間この距離感をずっと保っているとカーフェ達に伝える。
国境沿いにしては平和すぎる。
その証拠に両軍の間には花の群生地が出来、長い間、争いがないことを証拠づけていた。
「戻るぞ」
確認が済んだオーベム達はオルグランに向け、出発を開始する。
カーフェはずっと気になっていることをオーベムに尋ねる。
「そういえば、盗賊の生き残りはどうなったのですか?」
「・・・・・・」
その問いを聞いた瞬間、オーベムの様子が変わったことを感じ取った。
その表情には怒りと憎悪が感じ取れる。
「分からない。捕虜についてはいつも教えてくれないんだ、あの団長は。大方尋問でもしているんだろう・・・」
「あの数をですか・・・?」
「あの人は甘すぎる。捕虜に情けをかけるなんて。一思いに始末すべきだというのに。オルグランを襲った悪党なのに・・・」
「情報が必要だからでは?」
「だとしたら数人でいいはずだ。なのにあれだけの数。一体どこにいるのやら・・・」
オーベムは悪態をつく。
オーベムからしたら、あれらは正義に反する極悪人。
生かす必要のない人種という認識のようだ。
しかし、カーフェはまた違った考えを感じていた。
(あれだけの捕虜を生かした理由は何だろうか。セピロス様が何も知らないはずはない。いったい何を考えているのだろう)
ふと視線をロックとグリフに向けると彼らも、オーベム同様怒りに満ちた表情をしていた。
しかし、その怒りに対してオーベムとは違う違和感を感じた。
違和感の正体は分からないが、ともかくセピロス様のやり方に疑問を持っている人がいるという事実には気づいたカーフェであった。
その後は、嫌な空気も分散し、楽しく会話をして気づけば、オルグランに到着していた。
「今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ」
こうして、オーベム達騎士団とカーフェ達メイドは解散した。
(あれ?)
帰り道、屋敷に向かっていた時、ふと見知った人影を発見した。
(ランバインさん、最近よく見かけるな)
ランバインは市街地に向かっていた。
カーフェとキッチェは話しかけようとするが、視界が別の者で埋まる。
「あれ、君たちは・・・」
見たことのない騎士。
カーフェとキッチェは咄嗟に初対面の人に対する礼をとる。
「初めまして、セピロス様の下でメイドをさせていただいているカーフェとキッチェというものです。よろしくお願いします」
突然の丁寧すぎる対応に?を浮かべている人物。
やがてその者は口を開く。
「初めましてになるね。私はカース。よろしく」
自身に満ち溢れた男性。
カーフェとキッチェが最初に感じた印象である。
「話は聞いたよ。アギトの首領を君たちが殺したってさ」
躊躇なく殺したのかと笑みを浮かべながら話すカースに不気味さを感じるカーフェとキッチェ。
それが伝わったのかカースは一歩後ずさる。
「ごめんね。よく騎士らしくないって言われるんだよね・・・」
なおも興味深そうにこちらを見てくるカース。
その瞳は自身の奥底にある何かを見られているようで、余計に不気味に感じてしまう。
「あ、あの、すみません。急いで報告しなければいけないので・・・」
「分かった。また話そう」
カースは手を振りながら離れていった。
その後、カーフェとキッチェはすぐさま屋敷に入っていった。
カースの笑みに気付かないまま。