オルグラン攻防戦⑦激情の行方
セピロスに刃を突き刺した瞬間、周りの景色が一変する。
森の中の景色が、一瞬で建物内の景色に変わる。
カーフェは辺りを見回し、ようやく空間を抜け出すことに成功したことを認識した。
書斎の扉の前、セピロスを含めた全員が無事帰還を果たした。
「ようやく戻ってきたか・・・」
カーフェはセピロスが無事であったことに安堵を浮かべる。
アマネはカーフェ以上に安堵しているようで、胸を撫で下ろしていた。
「・・・・・・」
カーフェは廊下の先、ちょうど遭遇した廊下中央にクリアが佇んでいるのに気づく。
激しく狼狽し、表情が驚きと困惑で埋め尽くされている。
「さて、君のゲームとやらをクリアしたようだが・・・」
セピロスはクリアに視線を向ける。
「ま、まさか・・・セピロスを討ったとでも言うのか・・・。そんなことが出来るはず・・・」
カーフェはふっと違和感を感じ付近を見回す。
(白い炎が消えていること・・・いや、それは空間内で発生していたこと。現実では関係ない・・・)
「時計が変わってない・・・」
キッチェの発言により、カーフェはようやく違和感の正体に気づく。
何も変わっていなかったこと。
正確には、自分たちが脱出できても肉体が無事であったこと。
それ自体が違和感だとようやく認識した。
「なるほど。あの空間の数刻は現実では1秒にも満たないわけか・・・」
「セピロス様。私はあの男が許せません。この手で懲らしめてやらねば気が済みません」
アマネは激しい激情を抱えていた。
憤怒という激情を。
カーフェとキッチェは思わず後ずさる。
それほどの怒りと迫力をアマネから感じていた。
「どうやって・・・どうやってセピロスを討った!?お前たちに主人を討つことが出来たとでも言うのか!?」
「カーフェの推測は当たっていたようだな」
「私は分かってた・・・」
「嘘は辞めなさい」
誰もクリアの問いを聞いていないようで各々会話を展開している。
「人の話を無視するな!どうやって脱出したのかと聞いているんだ!?」
クリアは激怒し、唾を吐き飛ばす勢いで捲くし立てる。
「おかしな話だな。さっき君が言っていたじゃないか」
「なに?」
「私を討つことが出来たのかと。できたから我々はこうして君と会話をしているんだ」
「そんな馬鹿な!!お前が命を犠牲にするなんて・・・」
「現実世界ならこのような選択肢を取らなかっただろう。だがあれは君の空間なのだろう。だからこそ思い切ったことが出来た。君が事前にヒントをくれたおかげだ」
「くっ・・・だったら・・・だったら、なぜ母は死ななければならなかった!?全員が生き残る道もあったはずだ!?」
「何も知らないガキが知ったような口をきくな!!」
「!?」
「彼女は・・・ミリアは覚悟できていたはずだ。今の君のように、死ぬ覚悟があった」
「死ぬ覚悟・・・だと。お前に何が・・・」
「分からないさ。私には。まだ幼く政治も世の中も何も理解していなかった昔の私はな。だが、今は違う。彼女は剣技を磨いていた。それは、私を守るためのものだという事は分かる。
ならば、敵が攻めてきた時にミリア自身が死ぬという覚悟が、彼女にはあったはずだ」
「ふっ、上から目線で偉そうな戯言だな。母はお前を守るために剣技を磨いてきたんじゃない。私を守るために剣技を磨いてきたんだ。お前の為じゃない。一人息子の私の為だ!」
「はあ、どこまで行っても平行線。私達は相容れないようだな」
「ふん、相容れたくもない」
「!?」
その瞬間、クリアは再び指を構える。
カーフェはあの空間に飛ばされることを考え身震いする。
そして、それを止めるべく足を前に向ける。
ズシャッ!
ぼとっ。
次の瞬間、刃による一撃がクリアを襲う。
「ギャアアアアアアアア!!」
指を落とされたクリアは悲鳴を上げ蹲る。
「今度は貰った」
今まで気配を殺していたイルビアによる死角からの一撃がクリアの指を切り落とす。
カーフェは一瞬の出来事に足を止め、ほっと息を吐く。
「くっ、クゥウウウウウウウ!」
「終わりにしよう、クリア。君はもう楽になりなさい」
「ふ、ふざけるな!私が楽になるとしたら、それはお前を殺した時だぁ!」
「君も哀れだ。復習にとらわれ、狂気に身を浸している。こんなこと、ミリアは望んでいないだろうに」
セピロスはクリアの前に立つ。
クリアは自信を見下ろすセピロスに憤怒する。
「そ、そうやっておまえはいつもいつも・・・」
「アマネ」
「はい」
セピロスの隣に立ったアマネがナイフを構える。
「ま、待て。お前もいつか母のように・・・」
「私はすでに忠誠を誓った身!今私にあるのは、セピロス様に牙を向いたお前への怒りだけだ!!」
アマネの突き刺したナイフが、クリアの心臓を貫く。
クリアはそのままうつ伏せに倒れた。
クリアが倒れ、安全が確保されたセピロス一行。
しかし、まだクリア討伐が戦場にある全員の耳に入ることはない。
各戦場が勝利で終わることを見届けるしかない状況に戻る。
そんな中、死体となったクリアに目を向けるカーフェ。
死したその表情からは、道半ばで目的を果たせなかった悔しさと復讐に人生を費やした儚さを感じる。
(セピロス様の周りには、忠誠を誓ったアマネのような人間と復讐を誓ったクリアのような人間と、両極端の人間に溢れているのかもしれない。だとしたら、私はどっちになるのだろうか・・・)
カーフェはそう感じずにはいられなかった。
クリア討伐後の数刻、クリア討伐の余波が知らずのうちに、アギトに浸透したように戦況は騎士団に大きく傾いていた。
「はあああああああ!」
「ぐああああああああ!」
「ここまでか・・・」
城門を閉じられたことで、逆に後が亡くなったユーログラムは目の前の敵の排除を最優先とし、敵軍に襲い掛かっていた。
指揮官クラスの生け捕りをあきらめたユーログラムの猛攻により、ユーガ、そしてレイムイリムが瞬く間に討たれる。
騎士団の両翼を削っていたオウガ、キリグは状況を理解し、素早く標的をユーログラム本人に変え、突撃を開始した。
お互いの息の合った攻めに対応できず、互いに多くの犠牲を払いながらも、ユーログラムのもとへだどりついたオウガとキリグであったが、こちらも手加減を捨てたユーログラムの前に成すすべもなく倒れ伏す。
残った残党は降伏したことで全員を生け捕りにし、北の戦場は騎士団の勝利で幕を下ろした。
南の戦場でも、エルダーの部下、ランドロス、オーウェンが両翼を率いて突撃をし、それに対しカースの部下メルセド、ヴェノンが待ち受け両軍互角の戦いを繰り広げていた。
しかし、エルダーとカースの中央本陣の戦いではクリアの予想通りエルダーが慣れない策に出たことでその後の対応に遅れが生じ、戦況が大きく傾くことになった。
そして、戦況を読んでいたカースはその後も手を抜くことなく本陣をじわじわと削っていった。
ランドロスとオーウェンはエルダーの援護に向かおうとしたところをそれぞれメルセド、ヴェノンに討たれ、両翼が打開され、中央本陣に軍全体を飲み込まれここでようやく降伏した。
南の戦場でも、大きな損害が出たが、指揮官級のエルダーを捕らえることに成功し、残りは生け捕り。
南の戦場は騎士団の勝利となった。
そして、最後に城内の戦場。
ここではオーベムが鬼の形相で、侵入者を一人残らず切り裂いていった。
その影響で城内は血のにおいが充満していた。
しかし、オーベムが前線で常に敵の注意を引き付けていたこともあり、敵の戦力はオーベムにだんだんと集結していった。
最終的に、見える敵のすべてを仕留め、単騎城壁上に上り、残りの敵兵を一人残らず切り裂いていった。
こうして、城内のすべての敵兵を掃討した時点で、被害は圧倒的に敵軍の方が大きいという結果になった。
オーベムの一人勝ちである。
騎士団の報告によりすべての戦いが集結したことにより、屋敷を出るセピロス一行。
屋敷を出ると、血のにおいが充満し、思わず顔をしかめる。
騎士団はすでに復旧の準備を始めており、負傷兵を集めていた。
動ける騎士団は、いくつものグループに分かれ、負傷者の運搬、安全のための巡回。市民一人一人の安否の確認などを始めていた。
その中にはオーベムも存在していたが、人一番血の匂いを漂わせていて、市民が皆顔をしかめていたのを、カーフェは見逃さなかった。
やがて、城内に出ていた兵が戻ってきており、各自情報交換をしていた。
時折騎士がセピロスの元を訪ね、生け捕りとなった捕虜の数や被害状況を報告していた。
もちろん、まだ安全が確約されたわけではない。
市民の安否確認はするが、外出の許可は出していない。
しかし、市民はみな一様に危機が去ったことを理解しているのか笑みを浮かべて騎士と話をしていた。
「セピロス様!」
ランバインが走ってきて、跪く。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、問題ない。それより怪我はないか?」
「はい、敵兵はすでにオーベム殿が大半を相手してくれておりましたので・・・」
「そうか」
カーフェは町全体に視線を送っていた。
夕日が落ち始め、視界が悪くなっていく。
しかし、視線に映るのは、やり切ったことで笑顔を浮かべる騎士でいっぱいだ。
無くなったものも少なからずいることだろう。
しかし、今は自信が生き残ったことを攻めるものなど誰もいないはずだ。
セピロス様は今回の事態をどのようにとらえているのだろうか?
結果的に今回の争いはセピロス様の過去の行いがもたらしたもの。
この被害はセピロス様に原因があるだろう。
しかし、真相を知った私にはセピロス様を攻めることはできない。
別の道もあったかもしれないが、仕方のない事だったと私は考えている。
当のセピロス様がどのように考えているのかは分からない。
しかし、私にはそれを聞く資格はない。
これからのセピロス様の行動でそれを理解していくことにしよう。
カーフェはそのように感じていた。