商談②
翌日。
カーフェの世話役の仕事は朝が早い。
セピロスが起きる前に身支度を整える。
泊めさせてもらっているのだからと朝食作りを手伝うと部屋を出ると、同じ考えだったのかちょうど部屋から出てきたキッチェと出くわす。
互いに笑みを浮かべて、食堂に向かう。
会話はない。
互いにやるべきことを把握していることもあるが、長年共にやってきたことが大きな要因だろう。
厨房に入るとすでに料理人の方々が下ごしらえをしている。
カーフェとキッチェは料理人に声を掛けるが、お客様だからと笑顔で断られてしまった。
断られてしまった以上、厨房に残るわけにはいかない。
カーフェとキッチェはとりあえず部屋に戻ることにした。
部屋で余った時間を過ごし、そしてセピロスを起こしに行く。
セピロスの部屋に入るとすでにセピロスは起床していて、書類に目を通していた。
その隣にはスーツに身を包んだアマネの姿も。
すでに正装に身を包んでいる。
いつから起きていたのだろうかと、考えるが、すぐに切り替え頭を下げる。
「申し訳ございません。すでに起きていらっしゃるとは・・・」
「構わない。今日はここの領主と本格的な商談に入る。昨日の弟と違って現当主はなかなかの食わせ者だ」
セピロスは嬉しそうな笑みを浮かべる。
ガチャッ。
扉が開きそちらに目を向ける。
「ふわああああ」
そこには大きなあくびをしながらこちらに向かってくるイルビアの姿。
眠そうな表情を隠そうともしていなかったがセピロスと目が合った瞬間、静寂が場を支配すると同時にイルビアは急いで洗面所へ入っていく。
そして聞こえるアマネの舌打ち。
数分の後、イルビアはキリッとした表情で現れセピロスに頭を下げる。
「おはようございます」
「・・・おはよう」
セピロスは無表情を貫いていた。
その後、セピロスとメイド達は商談の重要性について互いに認識を共有しているうちに、朝食の時間がやってきた。
食堂に集まり、騎士団を含めた全員で朝食をいただく。
騎士団は全員すでに武装を完了していていつでも行動できるように準備している。
カーフェはさすがだと感じながら、朝食を頂いた。
朝食を頂いた後、少しの休息の後、商談が始まった。
カーフェ側のメンバーは昨日と同じ。
しかし、相手側は違う。
弟と違い、程よく痩せた男性と隣に座る女性。
セピロスの妹なのだろう。
始めは笑みを浮かべていたが、商談が本格的に始まると、家族とは思えない程、険しい顔つきで話し合いを始めて行った。
1時間あまりの商談の末、なんとか終了したようで互いに握手をしていた。
カーフェには何を話していたのか高次元過ぎて良く分からなかった。
自身の勉強不足をひそかに反省していた。
少し早めの昼食を頂いたのち、セピロス一行はメイルタニア領を出るべく出発する。
次に行くのは更にメイルタニアの隣、隣接するセリカ領。
そして今、メイルタニア領を超えてセリカ領に入ってすぐ、このタイミングで小規模の武装集団に囲まれていた。
「止まれ。お前たちはオルグラン領主の馬車だな?」
「貴様らは何者だ!?」
代表して騎士団の1人が声を張り上げる。
騎士団は周りに目を向け、警戒心を最大にする。
「囲まれたか・・・」
ぞろぞろと武装集団が顔を見せ、今や複数の小隊規模まで数を伸ばしている。
正面にいる襲撃犯のリーダーと思わしき人物に目を向けると襲撃犯はあくどい笑みを浮かべ、腰に差している剣を騎士団に向ける。
「ここは俺たちの島だ。こんなとこに来ちまったのが運の尽き。無様に俺たちに狩られちまいな」
武装集団は一斉に剣を抜き、一斉に馬車に襲い掛かって行く。
「「「ぐあああああああああ」」」
しかしその瞬間、土ぼこりが舞い、戦闘の武装集団の数人が大きく宙に吹き飛ばされる。
現れたのは人気は目立つ甲冑に身を包んだ鋭い目つきの男性。
「ユーログラム団長!」
騎士団の1人が声を上げる。
武装集団はその男性の覇気に一歩後ずさりをする。
「このあたり一帯を占める武装集団。柄の悪さと身に付けている装備の状態。なるほどな。お前たちの正体は大きな勢力を持つ盗賊集団、アギト・・・だな」
「!!」
リーダーと思わしき人物は驚愕の表情を浮かべる。
それを見てユーログラムは畳みかける。
「別に驚くほどの事でもないだろう。これだけの情報があれば知っていれば誰でもわかる。それにおまえ自身が言っていたではないか。自分らの島だって。おまえ・・・バカだろ?」
挑発された盗賊団のリーダーと思わしき人物は怒気で顔を赤くさせ、ユーログラムに向かっていく。
「遅い!」
しかし、ユーログラムは歯牙にもかけな様子で背負っている大剣を抜くとそのまま袈裟狩りにし、真っ二つにする。
「「「「「ひい!!」」」」」
側で見ていた盗賊団はユーログラムのあまりの強さに悲鳴を上げる。
「騎士団よ。今はこの者をとらえる事はできない。よって今ここで奴らを根絶やしにするのだ!」
ユーログラムの号令で騎士団の一方的な掃討戦が始まった。
馬車の中。
カーフェとキッチェは騎士団の戦いを目に焼き付けていた。
あまりに一方的なものになっている。
ユーログラムの一撃で相手の戦意を奪い、怪我人を出さずに一方的な戦いを展開している。
「強いね」
キッチェの問いに、頷く事しか出来ないカーフェ。
2人の目には騎士団がとても恐ろしく見えていた。
「騎士団が怖いかい?」
2人を見ていたセピロスが声を掛ける。
「心配ない。彼らは味方だ」
しかし、カーフェはその言葉で安心感を得ることが出来なかった。
もし彼が裏切ったら・・・。
領主低で見せた彼の忠誠を誓っていないようなあの姿勢。
それを考えると、不安を覚えずにはいられない。
やがて、掃討戦が終わると、死体をそのままに再び馬車が走り始めた。
「あの、死体を焼くなり、しなくてよろしいのですか?」
カーフェはセピロスに問いかける。
「今は時間がありません」
アマネが口を開く。
「都市に着いたら衛兵に話をするので問題ありません」と付け加える。
その後は何事もなく5日程かけて今回の目的地セリカへと到着した。
カーフェはセリカに到着して気付いたことがある。
まずこの領地は治安が悪い。
この5日間襲撃は1度だけであったが、常に誰かに見られているようなそんな感覚が続いていた。
それに領民の排他的な習性も気になった。
露骨な態度で我々を遠ざけようとしていた。
カーフェのこの領地の印象は最悪であった。
セリカに入るとこの領土の特異性に気が付いた。
セリカ内はとても栄えていて、今までとは全く違って見えたからである。
この現実は貧富の差がとても激しいということを表している。
道中にかけた領民は排他的というより、金持ちが嫌いなんだろうと考え直した。
セピロスの取った行動はメイルタニアの時と全く同じであった。
ギルドに寄って教会に寄って、領主低に寄って。
聞く内容も同じであった。
ただ一点。
少しばかり厄介だったのが、セリカの領主様の存在であった。
ここの領主は若い女性であった。
おそらくカーフェとあまり変わらないくらい。
20代であることは確かであろう。
この領主様、かなりの我儘だったのだ。
やれあれをしてくれ、やれこれはやめてくれ。
終始上から目線であった為に、アマネの血管が吹き出そうなほど浮かび上がっていた。
正直、めちゃくちゃ怖かった、とカーフェはシンプルな感想を残した。
そのせいで今回もあまり商談の話しに耳を傾けることが出来ず、再び反省である。
この日も領主低に泊めさせていただくことになった。
領主の趣味なのか、ところどころ宝石が壁に埋め込まれている。
貧富の差はこの領主のせいで間違いないようだ。
ちなみに領主低にいる間、ずっとアマネの機嫌は悪いままであった。
翌日早くも領主低を出発。
領主は最後まで上から目線でアマネの機嫌が悪さが最高潮に達していたが、何とかやり過ごし現在はセリカ領からロメリア領への境に差し掛かっていた。
メイルタニアを出てからここまで3日。
相変わらず貧富の差が激しく、領民の憎しみのこもった目がとても印象に残った。
結局、依然変わらず見られているような感覚が消えず気持ち悪さがあったが、ロメリア領に入った途端、その気配が消えたため、安心していた。
最後の商談の場、ロメリア。
ロメリア領は海に面したルイン再最南端にある領の一つである。
この領土は中立国家ディアスタと面しているがディアスタ自体争いを嫌っているところがある為、結果的にこの領土はとても平和で温厚な領土として観光地の一つになっている。
しかし、他国であるため、いつ争いが起きても不思議ではない。
そして、先ほどのメイルタニアの治安の悪さ。
この2つを考えると武器・防具の備えはしておいて損はないということなのだろう。
ロメリアに入ってからは環境も一変して緑豊かな田舎町に変わって行った。
魔物も少ないらしく、街道を散歩する親子や観光客の姿がよく目に入る。
ずっと表情が険しかったアマネも今は穏やかな表情で外の景色を楽しんいる。
ここからロメリアに着くまでの道中はとても穏やかなものであった。
観光客の相手で慣れているのか、貴族の相手もお手の物であの態度にうるさいアマネも表情を荒立たせる事は無かった。
ロメリア領ロメリア。
ここでもセピロスの行動は変わらない。
ギルドに寄り、教会に寄り、領主低に寄る。
しかし、あまりに平和すぎて、特にこれといった話題もなかった。
田舎の中にある大きな領主低であったが、特別なつくりをしている訳ではなく、ちょっと大きく見せているくらいの感覚の建物であった。
「ようこそおいで下さいました」
杖を突いたかなりの高齢の執事である。
思わず肩を貸してあげたくなるほどである。
「こちらへどうぞ・・・」
セピロス一行は早速領主様と面会をする。
領主様もかなりの高齢な方のようだ。
しかし、のほほん、といていて少し心配になってしまう。
「カーフェ、キッチェ。ここまで来れば私たちは大丈夫だ。初めての長旅で疲れただろう。外で気分転換してくるといい」
普段なら、了承しかねるが、今回は二つ返事で部屋を後にした。
カーフェとキッチェは早速都市中を歩き回った。
正直、都市とは思えないほどの穏やかさと景色であった。
領主低を出てすぐ正面には野菜畑。
目線を変えれば、果物畑。
そして目の前に大きくそびえる大樹の足元に集まって遊んでいる子供たちと観光客達。
カーフェとキッチェも気づけば、大樹のそばで子供たちや観光客と交流を持ち共に遊んでしまっていた。
日が暮れ始め、解散になったタイミングでカーフェとキッチェは領主低に帰って行った。
戻った時、すでに商談は終わっていて、泥だらけで帰ってきたカーフェとキッチェにセピロスは笑い声をあげ、アマネは羽目を外しすぎだと説教を浴びせていた。
イルビアはすでにソファーで寝息を立てていて、ぐっすりである。
セピロス達もいい気分転換ができたようで、この日は終始機嫌が良さそうであった。