仲間
一週間の長旅の末、ようやくオルグラン領へたどり着いたカーフェとキッチェが見たのは、王都よりも高くそびえたつ領壁であった。
あまりの高さに内部の情報が全く見えない。
そもそもどうやってあれほどの高さの壁を作り上げたのだろうか。
領壁の役目は都市そのものを敵の攻撃から守る事。
つまりあの領壁は国境沿いの防衛地点であるこの領域の危険度合いを示したものである。
その事実に息を飲むカーフェとキッチェ。
緊張を肌で感じていると隣から声がかかる。
「大丈夫。基本的にメイドは戦わない。戦うのは騎士団の役目」
声の主はイルビアであった。
メイドの先輩になるイルビアが言うのであれば事実であろう。
少しだけ安心するカーフェがいた。
「どうだい。すごいだろう。あの領壁は私の誇りなのだ。あの領壁が健在である限り、何物もこの領土を奪うことなどできない」
「領壁に傷がない・・・」
領壁が近づいたことにより、新たな発見をしたキッチェが呟く。
「オルグランは国境沿いに面していることから軍備に力を注いでいる。人口の3分の1が騎士であるほどにな。そのおかげで、現在までこのオルグランの壁まで攻撃が届いたことはいままでただの一度もないのだ」
「一度も・・・」
「安心しなさい。騎士団の動向は私も目を光らせているわ。半端なことはさせない」
秘書のアマネの目付きが恐ろしいものになり視線を逸らすカーフェとキッチェ。
騎士団もあの目で睨まれれば従うほかないだろうと勝手に解釈した。
領壁を抜けるとその先にまた領壁が現れる。
そこを拭けようやく都市の様子が見えてきた。
子供たちの声や仲良く談笑する大人たちの姿が目に映る。
活気があり、命の危険に晒された土地とは思えない光景であった。
その後、貴族街であろう通りを抜けるとそこには巨大な屋敷があり、その両端には屋敷には及ばないが、近いサイズを誇る建物が聳え立っていた。
屋敷の前に馬車が止まったことでここが領主邸だと確信したカーフェとキッチェ。
今日からここが職場なのだとやる気になる二人。
セピロスを先頭に屋敷に入っていくカーフェ達。
正面の大広場はシークの屋敷以上の広さがあった。
「おかえりなさいませ、セピロス様」
大広場で一人こちらに頭を下げてくる男。
タキシードを着てひげを綺麗に伸ばしている初老の男性。
執事なのだろう。
「今帰った。私の不在の間何か問題は起きているか?」
「いえ、何事もなく」
「そうか」
セピロスと男性の会話を聞いていると、ふと静かになり男性がカーフェをじっと見つめていることに気が付いた。
「どうしたんだ、ランバイン?」
「い、いえ。そちらの者たちは新たなメイドたちですか?」
「そうだ。よろしく頼む」
「かしこまりました」
ランバインと呼ばれた初老の男性は踵を返し、作業に戻っていく。
振り向きざま、こちらを見られていることに疑問がわいたが、一旦おいておくことにした。
その後、階段で4階まで上がり、とある部屋に入る。
その中には一人用の大きな机と本棚ないくつか。
見た感じ書斎である。
「ここは私の書斎となる。さて、アマネ。タリアを呼んできなさい」
「かしこまりました」
アマネが席を外し、セピロスとカーフェ、キッチェだけとなった書斎。
「これからメイド長を務めているものがやってくる。君たちはメイド長の下で働いてもらう。基本的にはメイド長の指示で動くように」
「かしこまりました」
コンコン。
ノックが聞こえ、中に入ってきたのはアマネと奇麗な女性であった。
「お待たせいたしました」
綺麗な所作で礼儀をする女性。
訓練を積んだカーフェとキッチェでさえも見惚れてしまうほどの美しさであった。
「タリア。今日から共に働くカーフェとキッチェだ。戦闘経験もあるからうまく使ってくれ」
タリアはじっくりとカーフェとキッチェの姿を観察する。
頭の先からつま先までじっくり見られ、居たたまれない様子を見せるカーフェ達。
「・・・なるほど。軸がぶれず、自然な所作の中に警戒心をにじませている。思わず掘り出し物を見つけましたね、セピロス様」
「その話はまた後日しようか。さっそく業務を教えてやってくれ」
「かしこまりました」
その後、セピロスとアマネだけを書斎に残し、廊下に出るカーフェ達。
「さてまずは私の書斎に向かいます。まずは共に働くメイド達の紹介からね」
タリアを先頭に3階へやってくる。
3階は大量の部屋が所狭しと敷き詰められていて若干の窮屈さを感じられる。
タリアはそのまま足を進める。
女子トイレを通り過ぎ、その裏側へやってきた。
どうやらここが書斎のようだ。
書斎に入ると、イルビアを先頭に何人かのメイドが整列して待っていた。
「さて、今日から共に働く仲間のカーフェとキッチェよ」
皆一様によろしくと返す。
そして、一人一人自己紹介を簡単にする。
ここにいるメイドはその他メイドのグループの長をしているようだ。
そして、何より驚いたのはイルビアが副長という立場であったことだ。
自己紹介を終えたところで、さっそく屋敷の案内を始めた。
案内をするのは副長のイルビアとなった。
「「よろしくおねがいします」」
「うん。いくよ」
イルビアが副長という事実にいまだ驚きを隠せないが上司は上司。
きちんと敬う気持ちは忘れない。
イルビアはまず1階に降りてきた。
1階から案内を始めるようだ。
「1階は主に来客の対応をする階層になっている」
1階には応接室が中心にあり、壁伝いに寝室が用意されている。
これが1階の南側にまとまっている。
北側には食事処、温泉、会議室があり、壁伝いに娯楽施設、メイド、執事の待機室がある。
「2階も1階と同じつくり」
2階も1階と細部まで同じようだ。
「3階はメイド寮、執事寮」
3階に働いているすべてのメイド、執事が住んでいるようだ。
このタイミングでカーフェとキッチェの寝室に案内された。
隣同士でよかった。
その他、コミュニケーション場として談話室もあるようだ。
小さめなので少人数用かもしれない。
「4階が領主様達と他の偉い人の仕事場」
どうやら4階が仕事場のようだ。
都市の経済を一身に背負った場所のようだ。
4階の南側に領主一家の書斎、そして各経済内政室があり、壁沿いに領主一家の寝室と内政官の寝室がある。
北側には食堂、洗濯場、洗面場があり、壁沿いに内政官の寝室がある。
「私たちは数人のグループごとにローテーションを組んでそれぞれ決められた箇所を仕事場にしている」
しばらく間が空き・・・
「わかった?」
イルビアの問いに「かしこまりました」と返事を返す。
「じゃあ、説明終わり」
イルビアは「ちょっと待ってて」と伝え、階段を下りて行った。
数分経ったのち戻ってきたイルビアに連れられ、カーフェ達は再び、タリアの書斎に呼ばれた。
「今日は特にしてもらいたいこともないし、ちょっとした暗記作業をしてもらおうかしら」
そういい、一枚の書類をカーフェ達に渡す。
その書類には各グループの仕事場の情報が載っていた。
「これが私たちが普段行っている仕事の一覧とローテーションよ。今日はこれを覚えなさい」
その後カーフェ達は、仕事場の確認の許可を貰い、来客がいない場合に限り仕事場を回る許可をもらった。
カーフェらは仕事道具の場所の確認や仕事をしているメイドの後ろ姿や仕事風景の確認を日が暮れるまで行った。
夕食の時間。
午後6時に鐘がなり、メイド達が一斉に動き出すのに合わせ、彼女らの後をついていく。
4階の食堂にやってきたカーフェ達はどうしようか悩んでいると、後ろから声がかかる。
「どうかしたのかな?」
声に反応し振り向くとそこにいたのは執事長のランバインであった。
「いえ、鐘の音を聞いたので他のメイドの方々に着いていったのですが・・・」
カーフェ達は遠慮がちに食堂に目を向ける。
「何もしていないのに食事をとっていいのかと悩んでいるのかな?」
!!
内面を読まれたのか、図星を突かれて固まるカーフェ達。
「そこまでかしこまる必要はない。君たちはもう立派な仲間なのだから」
ランバインの目はやさしさに満ち溢れていて、まるで子供を相手にするようなものであった。
しかし、今この状況においては、その気遣いが何よりもありがたいものであった。
「「ありがとうございます」」
カーフェ達は頭を下げ、食堂に入っていった。
カーフェ達が食堂でお盆を運んでいる姿を見て、ランバインは首にかけているロケットペンダントを握りしめるのであった。
夕食をいただき、その後はタリアの命で夜は休憩を頂いたカーフェとキッチェは一つの部屋に集まり話し込んでいた。
寮の部屋は質素であり、ひどく殺風景なものであった。
窓もなくトイレとお風呂が分かれている1K。
ベッド、ソファー、テーブル、、冷蔵庫、洗濯機があるだけの洒落っ気のない部屋である。
「それにしても思っていた都市の雰囲気とは違ったわね」
「活気のないジメっとしたところだと思ったから安心したわ」
「明日からも頑張りましょ!」
二人は手に持つノンアルのお酒を手に持ち乾杯をした。
カーフェとキッチェが部屋で乾杯をしている最中、メイド長の書斎では・・・
「カーフェとキッチェ・・・彼女たちは果たして敵となるのか味方となるのか・・・それとも」
「どっちでもいい。私の方が強い」
タリアとイルビアも会話をしながら乾杯をしていた。
そしてランバインの書斎では・・・
「本当にそっくりな子だ」
ロケットペンダントに載っているとある人物の絵を見ながら、悲しげにつぶやいていた。
最後に領主の書斎。
「一週間後に商談がある。カーフェとキッチェを世話役として連れていく」
「かしこまりました」
セピロスとアマネが次の商談に向けた会話を繰り広げていた。