絶望へのカウントダウン③
トレストの街、冒険者ギルド。
ここでは人気は苛烈な籠城戦が繰り広げられていた。
ギルド長ガロを中心に戦闘能力のあるギルド職員と冒険者が魔物の軍団を相手に抵抗を見せている。
ギルドの中には逃げ遅れた避難者が多く集まり恐怖のあまり身を寄せ、地べたを涙で濡らしている。
カーラが冒険者ギルド全体を結界で覆っているために今は被害が出ていないが刻一刻と魔物の包囲網が狭まってきている。
カーラの結界は強力ではあるが無敵ではない。
そのため、カーラは冷や汗を流しながら結界の外で戦っているメンバーに目を向けていた。
「おらっ!!」
ガロの一撃が蛇型の魔物、エンシェントスネイクの腹部を穿つ。
シャアアアアアア!
しかし、エンシェントスネイクは一撃では倒れず、耐えきったその体でガロに嚙みつこうと頭を伸ばす。
「ギルド長!」
ギルド職員がすぐさま駆けつけエンシェントスネイクの首を切り落とすが、その瞬間エンシェントスネイクは頭部と胴体とで分裂をし2体に増える。
「厄介な奴め!」
ガロはそう吐き捨て、魔物どもを忌々しそうに睨み付ける。
今この場には、分裂を重ね何体にも増えたエンシェントスネイクとイリーガルマンティス、デーモンキャタピラー。
その奥には今にも戦線に参加しそうな雰囲気のレッドゴリラ、デスモンキーの群れがいる。
ガロは風に乗って流れる血の匂いを感じるたびに表情をゆがめ、懸命に拳を振るう。
「カオスインパクト!」
チャージ時間が足りず、威力の低い一撃がデーモンキャタピラーに届く。
デーモンキャタピラーの肌にわずかな焦げ跡が残るだけにとどまり、ガロは大きく舌打ちをする。
「ギルド長!左サイドが押され始めています」
「右サイドも崩されました」
ガロは援軍の要請を聞くが動くことができない。
ここも手一杯なのだ。
誰かが抜ければ、ここも危うい。
そして、ここよりも他の場所、西南北に位置している他のギルドの方がここよりはるかに危ないことを感じていた。
商業ギルド、保護ギルド、宗教ギルド。
いずれにも避難民が集まり籠城している。
宗教ギルドはまだ何とかなるだろう。
魔素だまりに対処する教会の人間が所属しているのだ。
宗教ギルドの方は危ういだろうがまだ何とかなるだろう。
しかし、問題は商業ギルド、保護ギルドの方だ。
ここには戦闘要員がほとんどいない。
騒ぎが起きたと同時に冒険者を派遣しているが、ここよりはるかに脆い。
教会より渡された非常時用の魔道具や彼らが直接扱っている魔道具があるだろうがどうなることやら。
もしかしたらすでに崩壊し血に染まっているかもしれない。
ガロの脳内はどんどん悪い思考に埋め尽くされていった。
そんなときであった。
ウキャアアアアアア!
魔物の断末魔が聞こえたため、そちらに目を向けるガロ。
「はああああああ!」
そこには両手剣を振り上げているカーフェの姿があった。
カーフェの一撃によりデスモンキーは宙に吹き飛び頭から地面に落ちる。
「カーフェか!」
ガロはカーフェの登場に一筋の希望を見出す。
カーフェのすぐそばには、おそらくオークスの冒険者と思われる数人がいる。
カーフェだけでなく、エイドス、セレスティア、カインの一撃によりデスモンキーが宙に舞う。
強力な援軍の到着にガロを除くギルド職員と冒険者の士気が上がる。
「・・・・・・」
しかし、ガロだけは違う視点でカーフェたちを眺めていた。
傷を負っている。
それも軽いものではない。
箇所によっては致命傷になりうる傷も多く見られる。
実際カーフェらは、ここへ来る間にデスモンキーとの戦闘でさらに手傷を負い、満足に戦える状態ではなくなっている。
しかし、カーフェらは痛みを我慢し、怪我を極力隠してこの場に登場した。
だからこそ、他のものは歓喜した。
仲間が増えたと。
しかし、ガロには・・・歴戦の戦士に張ったりは効かない。
仕草・動きの中でわずかに傷をかまっている様子が伺える。
恐らくガロほどの熟練の戦士にしか気づけないほどの精神力でここに立っているのだろう。
ガロは歓喜はしないもののその精神力に敬意を表し頼ることにした。
「カーフェ、お前たちだけなのか?」
ガロは素早くカーフェのそばにいるデスモンキーを殴り飛ばし合流する。
「他にも来てるけど、まだここには来ていないのね・・・」
カーフェもまた手を止めず、デスモンキーに追撃を加える。
視界の端からレッドゴリラが跳躍して飛び込んでくるのが見える。
ガロは体を向け、レッドゴリラの一撃に備える。
しかし、レッドゴリラが着地する前に、まっすぐに伸びる斬撃がレッドゴリラを襲う。
「待たせた!」
戦いに割り込んだレオーネはレッドゴリラのもみあげを刀で貫き仕留める。
「レオーネ!」
カーフェはガロを引き連れてレオーネに集まる。
レオーネのそばにはランザとレアード、リリイがいる。
カーフェは皆の無事を確認して安堵の表情を見せた。
「心配かけたわね」
リリイは駆け寄るカーフェを抱き寄せる。
そしてカーフェを離すとガロに向き直る。
リリイも後衛であるにもかかわらず大きな傷を負っていた。
そしてそれはレオーネやランザも同様であった。
特にレオーネは2人より怪我の具合が悪く見えるが気力は失っていないようであった。
ガロはレオーネに目を向ける。
自分以上の実力者だとすぐに気づいたようで、すぐに踵を返すと、口を開く。
「今はここの魔物どもを殲滅する。協力してくれ!」
カーフェらは頷くと一斉に魔物へ立ち向かっていった。
カーフェらが加わった戦場は今までよりだいぶ楽になった。
それはカーフェらも同様で、お互いにカバーしながら戦えたため、ここでの一戦で怪我という怪我をせずに済む。
カーフェらの加勢もあり、魔物の数は急激に減っていった。
エンシェントスネイク、イリーガルマンティス、デーモンキャタピラー。
そしてレッドゴリラとデスモンキー。
付近の魔物を殲滅し、一行はギルドの扉の前に集合する。
「いったい何があった?」
ガロがレアードに答えを求める。
「魔族だ。あいつの仕業だ」
「あいつか・・・」
ガロは以前の光景を思い出したのか拳をぐっと握り怒りを表す。
「今は話す時間もねえ。これだけ教えてくれ。俺たちは何をすればいい」
ガロはしばし周りを見渡す。
怪我人が多くいるが死傷者はいない。
それどころかカーフェらのおかげでこの一帯の敵はいったん殲滅した。
ならば、他のギルドの加勢に向かうべきだ。
「お前たちは他のギルドへ加勢に行け。ここはお前たちのおかげで余裕ができた。俺たちだけでなんとかなる」
「エルザノーツは北の大通りのほうから来るはずだ」
「なら北門のほうにある宗教ギルドはあいつらに任せるか」
「西の保護ギルドには僕達が行く。レオーネは南の商人ギルドに向かってくれ」
レオーネら”神威一閃”は南に向かっていった。
「俺らも急ぐぞ」
続いてレアードらも西の保護ギルドへ足を進める。
貴族街を横切り最短で保護ギルドへ向かう。
貴族街に入るとすぐさま魔物の集団に囲まれる。
鹿型の魔物、ブラッドディアである。
眼と角が血を吸ったような赤色の為、その名がつけられた魔物である。
ブルルルルル。
カーフェらと目が合ったブラッドディアは低い鳴き声を発することで威嚇をする。
ブラッドディアの集団がその真っ赤な瞳を一点に向けている。
カーフェらはこの光景に不気味さを感じずにはいられない。
じりじりとブラッドディアがにじり寄ってくるが次第に歩幅を広げカーフェらに向けて突進してくる。
カーフェらはそれぞれ躱し、陣形を組む。
カーフェとカインが前衛、レアードとリリイが後衛である。
しかし、今までと違って囲まれてしまっているため、カーフェとカインがレアードとリリイを挟む形となっている。
「くらえやっ!」
レアードはタイミングを合わせてブラッドディアの真下から岩の壁を生やす。
予想外の方角から攻撃を食らったブラッドディアは数体を残して分断される。
その数体は体勢を崩され勢いが萎んでいる。
カーフェとカインはそんなブラッドディアに対して首元を狙ってそれぞれ武器を振るう。
ガキイイイイイイン!!
首を一撃ではねようとするが金属音のような響き渡る音が聞こえ刃が通らない。
「なに!」
カインとカーフェは後退しブラッドディアの首に目を向ける。
刃が通った先に結晶の管のようなものが存在しそれが刃を遮ったのだと気づく。
「血管も角と同じように硬い何かで覆われているのか・・・」
「なら、もっと強い一撃でそれごと壊せばいい!」
カーフェはレアードの岩の壁を伝ってさらに上空まで跳躍する。
ブラッドディアは視界を上空へ向けるがその瞬間、支えが効かなくなり前のめりに倒れる。
「反撃なんてさせないわよ」
リリイの矢がブラッドディアの足の一本にぶつかり、バランスを崩すことに成功する。
ブラッドディアが前のめりに倒れたことで、照準を合わせやすくなったカーフェは真っすぐに両手剣を振り下ろす。
ドカアアアアアアン!
地面が割れるほどの衝撃を発生させる一撃を受けてさすがのブラッドディアも首が砕け絶命する。
残りのブラッドディアも同様に体勢を崩させ、上空から重力を利用して首を切り裂く。
「はあはあはあ」
数体倒しただけだというのにカーフェらの息が上がり始めている。
一体一体倒すのに工夫し全力で振らなければならない。
その上数が減らないどころか増えていく。
カーフェらも体が重くなり、思うように体が動かなくなってきているのを感じる。
「レアード!」
「分かってらぁ!」
レアードは今度は鋭利な岩石の刃を地面から生やしブラッドディアを串刺しにしようとする。
岩石の刃がブラッドディアの腹部に刺さり、その肉体を持ち上げる。
しかし、胴体の血管に阻まれて貫くことは出来ない。
瞬時に状況を整理したレアードは作戦を変更する。
「お前ら、こいつらを一体一体倒すのはなしだ。足を潰して動けなくしたら戦線を離脱する」
「けど倒さないと!」
「動けなくなればそれでいい。俺たちの敵はこいつらだけじゃねえんだ」
「どうやって足を潰す?」
レアードはカインの問いに、まずは一匹のブラッドディアに目を向ける。
腹部を刺してそのまま上空に持ち上げたうちの一匹だ。
そのブラッドディアは足がつぶれて動けなくなっていた。
「あいつらの弱点は高さだ。たけえとこから落とせば足を潰せる」
「それができる人間なんてなかなかいないわよ」
「俺がやる。お前らは奴らが動かないように止めとけ!」
「「「了解」」」
カーフェらは一斉に行動を開始していく。
重い足を鞭打ってカインと高速で動き回り翻弄する。
動こうとすればリリイの矢が飛んでくる。
レアードは鋭利な岩の刃を何度も生み出し、ブラッドディアを串刺しにしていく。
刺さりはしないがそれでいい。
上空まで持ち上げて、スキルを解除すればそのまま落下し奴らの足を潰せる。
そうして、何とかブラッドディアの群れに致命傷を与えることに成功する。
ある程度のブラッドディアの足を潰したのを確認するとレアードを先頭に群れの包囲を抜ける。
レアードらはそのまま貴族街を駆け抜ける。
周辺の建物が崩れ視界が良くなってしまっているためにカーフェは走り抜けざまに気づいてしまった。
エンド家の屋敷に火が付き、巨大な毛虫の魔物に壊されているのを。
カーフェの心臓が大きく脈打ち動揺が支配するが、視線をそらし表情を歪めながら通り抜ける。
幸いその先には魔物の姿がなく保護ギルドの傍までは安全に近づくことが出来た。
傍までやってくると、保護ギルドから戦闘音が鳴っていることに気づく。
声が聞こえ急いで駆けつけると、冒険者が籠城戦をしているのが確認できた。
カーフェらはまだ持ちこたえていてくれたことに安堵するがすぐに切り替え、武器を構える。
カニのような魔物、グランドクラブの頭部に渾身の一撃を放ち砕くと、すぐに冒険者の元へ向かう。
「君たちは!」
そこにいたのはカノンら”真紅の刃”の面々であった。