カーフェ
「・・・・・・う〜ん」
私こと『カーフェ』は微睡の中、目を覚ます。
うん?
耳を覚ますと喧嘩声が聞こえてくる。
はぁ〜、またなのね。
ため息を吐き、着替えを始める。
着替えを終えるとすぐ様、部屋を出る。
埃っぽい廊下を渡り、階段を下る。
次第に大きくなる喧嘩声。
厳しめで怒りを感じる女の子の声。
反抗しながらも泣いている男の子の声。
全く。
今度はなに?
階段を降り、リビングへ向かう。
誰かが降りてきた事にも気付いていないようだ。
私はリビングへ入るなり、2人の間に割って入る。
「はいはい、喧嘩はそこまで。朝から近所迷惑でしょ?」
2人は私に気づくと、口を閉ざし、互いに睨みつける。
「どうしたの?」
私は訳を聞く為に目線を合わせる。
「シルが『また』万引きしたのよ!」
女の子が男の子を睨みつけながら口を開く。
「本当なの?」
私はシルと呼ばれた男の子に体を向ける。
「・・・・・・」
シルは涙を流しながらも、口を開こうとしない。
私はテーブルに目を向ける。
そこにはいくつかの鶏肉が置いてある。
万引き・・・・・・か。
「ねぇシル?万引きはね、絶対にしちゃいけない事だって教えたよね?どうしてしちゃったの?」
こういう時、責める事はしてはいけない。
あくまで寄り添う。
そして、自分自身で理解してもらわないといけない。
「・・・・・・ぐすっ」
「お願い、お姉ちゃんに教えて?」
「カーフェ姉が、カーフェ姉が毎日泥だらけで帰ってくるから・・・・・・何かしないとって思って」
シルは大粒の涙を流した。
そんなシルを私は抱きしめる。
「ありがとうシル。こんなに思ってもらえて私は幸せ。それだけで私は幸せなの。でもね、どんな理由があってもしちゃいけない」
「うぅ、ご、ごめんなさぁい!!」
シルはわんわんと泣き叫び、私にしがみつく。
小さな子供達にも心配かけちゃうなんて私もまだまだね。
私はシルの頭を撫でて、落ち着かせる。
シルが泣き止むと、今度はシルと女の子を向かい合わせる。
「シル。お姉ちゃんにごめんなさいって謝ろっか」
「リアお姉ちゃん、ごめんなさい」
「もうしちゃダメだからね」
リアはまだ怒っているようだが、一応は許したようだ。
「カーフェ姉、ごめんなさい。私がしっかりしていれば・・・・・・」
リアは俯いてしまった。
弟の失態を悔いているようだ。
弟思いの良いお姉ちゃんだ。
リアは3人姉弟だ。
1番下の子は体が弱く、まだ上にいるのだろう。
私はそんなリアの頭を撫でる。
「そんな事ないわ。あなたはよくやってくれてる。年長組が朝早くから出稼ぎに行けるのは、貴方のおかげなんだから。私たちは本当に誇らしいわ」
「ありがとう」
リアは照れくさそうに笑う。
「これは私が返しておくわね」
「うぅ、ごめんなさい」
シルは責任を感じているようで再びベソを描いていた。
「良いのよ」
話を終わらせた私達は朝食を取ることとなった。
朝食は硬いパンに味のしない冷たいスープ。
今はこれくらいしか食べさせてあげられない。
本当は鶏肉も食べさせてあげたい。
そう思わずにはいられなかった。
「お兄ちゃん達はもう働きに出たよ」
朝食を食べ終え、片付けをしているとリアから声がかかる。
「分かったわ。今日もみんなを頼むわね」
「うん、任せて!」
私は家を出る。
⭐︎
お肉屋さんへ行き、品物の鶏肉を返した私はまっすぐある場所に向かっていた。
お肉屋さんの店主はとても怒っていたが最終的には許してくれた。
途中原価がどうとか、輸出がどうとか言っていたけど私にはよく分からない。
あと、物価?とか言っていた。
物流や貿易の話は難しい。
正直そんな話をしても私たちが理解できるはずがないし、学ぶ余裕もない。
なぜか?
それは私達が孤児だからだ。
私は物心ついた時からあそこで暮らしていた。
家だなんて言うが、実際は孤児院。
家とすら呼べないようなところだ。
管理人もいなければ、支援してくれる人もいない。
だからこそ、毎日の日銭を稼ぐので精一杯なのが現状である。
現在あの孤児院には20人程が暮らしている。
しかしその殆どが10歳にも満たない子供だ。
シルはもちろん、孤児院を任せているリアもようやく今年10歳になると言う年齢である。
私は現在15歳で年長者組だ。
私達年長者は毎日、お金を稼ぐ為に孤児院を朝早くに出ないといけない。
本来は遊んであげなければいけないはずなのに、それが出来ないことが残念でならない。
今度は時間を作って遊んであげなきゃ!
何が好きなのかしら?
と、考えていると目的地に辿り着く。
看板には『トレスト冒険者ギルド』と書かれている。
トレストとはこの街のことである。
この街は小さな街ではあるが、冒険者が多く、人口が多いらしいのが特徴だ。
私は扉を開く。
中は等間隔で木のテーブルが並べられていて、そこで食事を取れるようになっている。
現在は朝早い時間のため、人が少ない。
私は受付員の元へ真っ直ぐ向かう。
受付員は私に目を向けると嫌そうな顔をする。
訳は分かるけど、そんな顔されるとムカつく。
「よぉ、今日もまた行くのか?」
受付員は気さくだ。
けど名前は知らない。
受付員としてその態度はどうなのだろうかと思うが、もう慣れたので何も言わない。
「もちろん。良い報酬の依頼はある?」
「無くはないが、渡したくねぇ」
受付員は露骨に嫌な顔をする。
「お願い」
私は手を差し出して、依頼書を渡すよう促す。
すると、受付員はため息を吐く。
「なぁ、お前の事情は知ってる。俺とお前は無関係だし、ただの冒険者と受付の関係性だ。だがな、こっちの心配も考えてくれよ」
受付員が心配してくれるのも理解している。
これでも長い付き合いだ。
名前は知らないけど、性格は互いに理解している。
「ありがとう。けど、子供達に贅沢させてあげたい」
「だったらもっと安全なやつをたくさんやれば良いだろうが」
「それだと効率が悪いでしょ?」
「・・・・・・」
「時間が無いの。早く見せて」
受付員は依頼書のファイルを目の前に置く。
それを開き、依頼を確認する。
スネーク、グリズリー、ビー・・・・・・この辺かな。
私は依頼書を何枚か抜き取り、受付員に渡す。
受付員は露骨に嫌な顔をするが、依頼書に受領印を押す。
それで依頼は受領された。
私は踵を返す。
「間違っても死ぬんじゃねぇぞ」
背後から受付員の声が聞こえてくる。
「死なないよ。だって死なないから」
それだけ返して、ギルドを後にした。
⭐︎
ギルドを出た私は真っ直ぐに北門に向かう。
その最中、依頼書に目を向ける。
手元には3枚の依頼書。
これは常時解放依頼と言われるもので、ギルドが出している依頼で依頼人がいないパターンである。
その依頼パターンは期間が1日から1ヶ月と依頼書の内容によって決められている。
依頼内容は魔物の討伐から素材の採取、掃除、ボランティアと幅広くある。
ちなみに魔物とは魔素と呼ばれるエネルギーを持つ生き物のことで普通の生き物とは全くの別物らしい。
基本的に人類にとって害ある存在だと聞いたことがある。
そして、今回私が受けたのは、スネーク系、グリズリー系、ビー系の3種類の討伐である。
スネーク系は小型の魔物なら5体から、中型以上なら1体の討伐。
グリズリー系とビー系も同様だ。
気づくと目の前に北門が見えてきた。
外壁があるため東西南北に街に入るための門が置かれている。
北門もその一つでどの門にも必ず、身分証やら、なんやらを調査する警備兵がいる。
普段は門から長い列ができたりするのだが、この北門は常に人の出入りがない。
また必要がないため、楽なのだ。
「カーフェ。C級冒険者よ」
私は警備兵に冒険者証を見せる。
「知ってるっての。お前くらいだよ。この門を使うのは」
警備兵も露骨に嫌な顔をする。
「警備兵がして良い顔じゃないわよ」
「うるせぇ、イケメンだろうが!・・・・・・じゃなくて今日行くのか?」
怒りの表情を見せるがすぐに冷静になり、心配そうな表情に変わる。
コロコロ表情が変わってなんか可愛いわね。
「知ってるでしょ。お金を稼ぐためよ」
「・・・・・・死ぬなよ」
「ええ。また会いましょう」
私は北門を通過する。
目的地は北門を抜けて真っ直ぐ進んだ先にある。
私は真っ直ぐ進んで行った。
⭐︎
深淵の森。
北門を抜けた先にある広大な森。
濃い魔素が充満している影響で、強力な魔物が多く生息している。
聞いた話によると、この森があるからトレストの街を外壁で囲み、冒険者をたくさん集めたとのこと。
しかし実際この森はCランクと言う上位ランク一歩手前の私を持ってしても、深部にさえ行けないほど危険な森である。
だからこそ、深淵の森関連の依頼は冒険者ボードには貼ってなく、受付員からの手渡しでした確認出来なくなっている。
これは自分勝手に深淵の森に入る冒険者を減らす目的である。
そんなことがあり、現在深淵の森を訪れる冒険者が居なくなり、北門を使うものが居なくなったという。
深淵の森に辿り着いた私。
入る前からでも分かる、異様な雰囲気。
何度来ても、入る瞬間は勇気があるものである。
すぅーはぁー。
呼吸が整うのを待つ。
準備が整い、深淵の森に入る。
中は日が当たらないためにどんよりとしていて、湿度が高い。
地面は所々、ぬかるんでいて私のように慣れている人でなければ満足に動けないほどである。
しばらく進むと、立ち止まり目を瞑る。
気配を感じとる。
うん、近くには何もいない。
確認が終わると、目を開け再び進み始める。
これは私が危険な深淵の森で生き残る為に身に付けた特殊能力だ。
殺気を敏感に感じ取れるようになった事で、なんとなく魔物の気配を感じられるようになったのである。
その後何度か進んでは止まるを繰り返す。
見つけた!
私は二振りのナイフを手に持つ。
少し離れたところに1体。
バレないように慎重に近づき正体を確認する。
ストーンスネークだ!
やった!
依頼にあった魔物種!
私は早速討伐すべく作戦を練る。
全長3mほど。
体は石で覆われており、硬い。
一方、動きは鈍重。
進化の過程で舌による温度感知は出来なくなったが、目が見えるようになっている。
図書館で本を読んで手に入れた知識だ。
皮膚は硬くて逆にナイフが欠けてしまう。
柔らかい目か口の中を狙おう。
私はストーンスネーク目掛けて飛び出す。
⭐︎
ストーンスネークは私の存在に気づき、雄叫びを上げる。
そして、すぐさま反撃にでる。
動き出した!
けど遅い!
背後から近づいたこともあり、ストーンスネークは体の向きを変える事に一苦労しているように見える。
今がチャンス!
私はナイフを構え、ストーンスネークに飛びかかる。
眼球目掛けてナイフを突き立てようとする。
貰った!
「!?」
その瞬間、私は視界の端で何かを見つけ、回避行動に出る。
私がいた場所を程なくして尾が貫く。
体の向きを変えるのを途中で放棄して、攻撃に出たようだ。
「そう、そう来るのね。だったら!」
私は足に力を込めて飛び出す。
地面が捲れるほどの脚力。
その脚力で得られる速度は人の常識を遥かに超えている。
スキル。
神から授けられた加護とも呼ばれる力。
人類は生まれながらに必ずスキルを有していた。
この力は魂と強く結びついており、幼少期から使えるものであった。
魂と結びついている事から、生まれつきスキルの使い方を知っていると言われており、使えば使うほど効力が増す・・・・・・それが、スキルである。
そして、私はそのスキルを2つ所持していた。
複数スキルを所持している人は非常に稀らしい。
私のスキル。
身体強化と自己再生。
私はこの2つのスキルのおかげでここまで生きてこられたのである。
私は身体強化を使い縦横無尽に動き回る。
ストーンスネークは動きについていけないようだ。
私は、ストーンスネークに飛び込んでいきナイフを両目に突き立てる。
入った!
ストーンスネークは痛みで悲鳴をあげる。
しかし、それが狙い。
私はナイフを抜いて素早く降りると、口の中にナイフを差し込んだのである。
ギュアアアアアアアアア!
ストーンスネークはなおも悲鳴を上げながらも、私を丸呑みにしようと覆い被さろうとする。
くそっ!早く!!
ナイフを奥まで差し込むと遂にストーンスネークは倒れる。
私は勝ったのである。
危なかった!
あの状況から反撃に出れるとは思わなかった。
やっぱりここの魔物は一筋縄じゃいかない。
「うっ!」
痛みを感じ目を向けると、腕に歯が刺さっており、出血していた。
それほどに集中し必死になっていたのだろう。
歯を抜くと自己再生を発動させる。
少しづつ癒えていくが、時間が掛かりそうだ。
私は痛みに耐えながらも素材の採取をする。
ストーンスネークの素材は歯と舌だ。
歯は武器などに使われ、舌は食用や解毒薬になる。
これらを丁寧に処理していく。
処理を終えると、すぐにその場を離れる。
これ以上は危ない。
魔物は匂いに敏感なものが多い。
血の匂いに釣られてくるのだ。
その場を離れ、木の上に飛び乗る。
気配を探り、殺気を感じないことを確認する。
ふぅ。
やっと一息できる。
私は気に背中を預け、呼吸を整える。
なんとか勝てたが、1体相手するだけでもこの有様。
傷もまだ掛かりそう。
しばらくは動かないでいよう。
ストーンスネークとの戦いを終え、休憩するのであった。