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Da Capo

 今日はアルゲバルが面会に来る。というか、断っても毎日来る。嫌だと言ったら、なら文通しようと言われたので、仕方なく会う羽目になった。

「アジさん怖いよな! 俺めっちゃ怒られるもん。船の上でいきなり立ち上がるなーとか、牛に変な草食わすなーとか」

「・・・・・・」

「スパイカも怒ったら結構怖いんだ。あ、そうだ。今日はスパイカも来てるぜ、代わりに書類書いてくれてるんだ。あの人、この前戦った時に怪我しちゃってさ。あ、この話ダメだな。アジさんにまた怒られる」

「・・・・・・」

「差し入れオッケーらしいんだけど、ヴィンデミアトリスクは何か欲しいもんある? 」

「・・・・・・ヴィンデミアトリ“クス”な」

「間違えたごめん」

「・・・・・・」

 アルゲバルが私の名前を間違える回数も、5分の1に減った。

「ウィンディーさん」

「何だ」

「本とか、読む? この後本市行くから、古代エジプト転生とかファイヤーオパールとか、俺買ってくるぜ? 」

 ファイヤーオパールも古代エジプト転生も、名前くらいは聞いた事がある有名どころだ。感想は人によるが、これを機に読んでみるのもいいな。

 報告書のページをめくる風景が脳裏に突然現れて、胸が苦しくなった。アルゲバルに気付かれないように、ゆっくり深呼吸する。

 今まで歴史書や、戦争兵法ばかり読まされてきたせいで、作り話を殆ど読んだことがない。今朝の散歩以外、本当にする事が無くて暇なので、彼の好意に甘えたい。

「君は、本を読むのか? 」

「読むよ! 読む読む! 何ならこれから英雄譚書く! 」

 スパイカに見繕ってもらおう。

「ウィンディーもちゃんと書くよ! 今日はウィンディーのプロフィール書きたいから質問していい? 好きな食べ物は? 」

 本当にこいつはよく喋るな。

「・・・・・・ブドウと肉のソテー」

「そんな料理あんの?! 甘くて旨そう! じゃあ、好きな色は? 」

「・・・・・・茶色」

「なんで? 」

「汚れが目立ちにくいから」 

「・・・・・・目立ちにくい、からと。じゃあ、好きな時間は? 」

「時間? 難しいな・・・・・・鏡木にブドウが生ると、嬉しい」

「カガミギってなに? 」

「パルテノスの民は、子供が産まれると、両親の鏡木を交配して苗を育てるんだ。その子が4度目の新年を迎えると渡して、自分で育てさせる。この木が枯れると自分も死ぬ。この木がつけた実を食べると、寿命が伸び、幸せが訪れると教えられるから、皆必死に手入れを覚えるんだ」

 我ながら下手な説明だった。

「じゃあパルテノス人は、みんな自分の鏡木があるんだな? 」

「ああ」

「全員ブドウ農家って事か! 英才教育だな!! 」

「ああ」

 何話しても元気だな。

「ウィンディーの鏡木はどこにあるんだ? 」

「教えない」

「えーなんでー? 」

「鏡木の場所は、家族にしか教えてはいけないんだ」

「そーなのか」

「ある人はブドウ畑の中に隠し、ある人は森の中に植える。家の庭や、街はずれ、ブドウの木はどこにでも生えている」

「知らずに切っちゃったりしないのか? 」

「見れば手入れをされているか分かる。病気が出たり、整枝できていないのは、本人が悪いな」

「じゃあ、手入れできずに切られちゃったら? 」

「そのままか、どこかに生えているブドウを次の鏡木に決める。流石に死ぬ人はいない、恥ずべき事ではあるが」

「そっかー。面白いな! 」

 アルゲバルは、メモに私の説明をまとめている。何がそんなに楽しいのか。

 今日は特別たくさん話したな。

 懐かしい。父上が隣国と戦争を始まる前は、私も毎日鏡木に水をやっていた。父上が前線に出向かれる際は、初めて収穫したブドウを乾燥させて、見送りの時に渡した。

 父上がご無事でありますように。父上が城に帰ってきますように。私をまた、抱き上げて下さいますように。私が育てた幸せのブドウの、たった6粒に祈った。

「ウィンディーちゃ〜ん、おひさ〜」

「師匠! 」

 スパイカはニコニコしながらアルゲバルを退かせた。椅子を奪われたアルゲバルは、押し返そうとして、おしくらまんじゅうを繰り広げた後、力負けして転げ落ちた。

「ヤダね〜、師匠を労らない弟子は〜」

「椅子もう1個貰ってくればいいだろ?! 俺、英雄譚書いてるとこなのに」

「ああ、あの絵日記ね〜」

 酷い言われようだ。父上が私の報告書を絵日記のようだと言われたら、しばらく立ち直れない。

 彼らは気安く言い合えて、傷つかない関係なんだ。

「ウィンディーちゃんも、1回検閲した方がいいよ。ほら、こんなのでも100年200年経ったら、史実として扱われかねないから」

「いや、検閲って。アルもがん、ばっ・・・・・・」

 絵日記だ。

 これは、どう見ても。いや、まだプロフィールの段階だから、絵日記っぽく見えるだけで、いつ何をしたとか、文章に起こし始めたら、ちゃんとした英雄譚? になるはず。

 なる、はず。

「検閲じゃなくて、監修な、カンシュウ。あ、それも書いとこ。ウィンディーのプロフィールは、本人監視で・・・・・・」

 スパイカは、私に近寄り、耳打ちした。

「良いのか〜? 200年前の英雄アルゲバル〜。自著の英雄譚によると〜、魔王とも称されるパルテノスの王には〜、ヴィンデミアトリクスという子がいて〜、本人監修のプロフィールによると〜、好きな食べ物はブドウと肉のソテーで〜、好きな色は〜汚れが目立ちにくい茶色で〜」

「アルゲバル」

「なに? 」

「今すぐそれを渡せ」

 700年前のヴェルゴ大火災で、1万人を救った偉人ミネラウヴァも、自叙伝で有る事無い事書いている。それも今は一応歴史書扱いだ。その前例がある以上。

「校正した方が良い。すぐに」

 危険だ。私が過労で倒れた事とか、絶対脚色して書くに決まっている。それこそ作り話に出てくるか弱い子みたいな人間だと、数百年後の人々に思われたら。

 耐えられない。恥ずかしくて死にそうだ。その頃には死んでるけど。

「いやだ! これは俺の英雄譚だ! 俺の書きたいように書くの! 」

「絵日記ね〜」

 アルゲバルは、道端で駄々をこねる子供のように喚き始めた。結構うるさい。

「これが史実だと誤解を生めば、ヴィルゴに更なる汚点を残してしまう。これを読んでヴィルゴ史を勉強しなければならない子供が可哀想だ」

「ウィンディーちゃん、とどめ刺さないであげて」

 面会室の扉を開けたアジメク将軍が見たのは、顔を真っ赤にして癇癪を起こす未来の英雄と、大爆笑するその師匠。そして、必死に英雄譚が史実へ及ぼす悪影響を説く私だった。

「楽しそうだな」

「アジさん! これ見て! 俺の英雄譚! どう思う! 」

 将軍はメモ帳をアルゲバルごと上から下まで流し見た。

「額に入れて飾るのか? 」

「ほら!!! アジさんもめっちゃいいって言ってる!」

「これの何処が?! 将軍本気ですか」

「何で額に入れるの〜? 」

「ウチもガキどもが描いた落書きを、よく飾ってやったさ。ガキがふんぞり返って画伯気取りするのは可愛いぜ」

「ほらな! 良いって言ってる! 」

 アルゲバルはふんぞり返ってドヤ顔をした。

「アル〜、貶されてるんだよ〜」

「これではミネラウヴァの二の舞だ。アジメク将軍、これ以上ヴィルゴに恥を上塗りしないで下さい」

「時間だ。面会は終わり、解散」

 面倒ごとの気配を察したアジメク将軍は、私たちを手で追い払った。



ダ・カーポは、最初に戻るという意味の音楽記号です。


晩御飯に作ってみたんですけど、ブドウと肉のソテーめっちゃ美味しいですよ。バルザミコ酢買うだけの価値はありますね。タマネギに味が染みてて、ブドウの甘味とソースのさっぱり感が、なんか良い感じでした。肉は豚肩ロースです。

料理してて今日は更新遅くなりました。


レシピ→https://hokuohkurashi.com/note/245610

冷蔵庫にタイムないので代わりにレモンぶち込みました。



あとここだけの話なんですが、スパイカはアジメク将軍の第二子で、第一子はウィンディーに殺されてるんです。色々あって2人は他人行儀になってます。



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