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人質

 囚人ヴィンデミアトリクス。

 残虐な魔王の子。ヴィルゴ連合の恒星国スピカに捕縛され、人質となった。

 私の名だ。

 スピカ国立病院を退院し、見事囚人となった私だが、今まさに治療費と保釈金の請求書に頭を悩ませている。

「入院期間は3日だったはずだ」

「そうですね」

「この数字を3で割れば1日あたりの治療費になる」

「そうですね」

「・・・・・・」

 高い。

 保釈金は想像通りの額だった。そこは良い。

「治療費、桁が間違っているのでは? 」

「いいえ」

 そこは、“そうですね”だろう。

「病室も食事も、高級な物だとは思ったが、ここまでの値段が掛かるのか? 」

「いいえ。割と一般的な個室で、一般的な病院食です」

「国立病院だからでは? 」

「惜しいです」

 なにが惜しいだ。クイズか?

「殆どは検査費用です。入院時に、スピカ国立病院の最新鋭の検査機器で全身をくまなく検査しました。スピカ国民か、ヴィルゴ連合に加盟している国の方であれば、保険や割引が適用されるのですが、ヴィンデミアトリクス様は無保険ですよね? 」

「・・・・・・無保険」

 ちょっと、今まで関わり合う事の無かった単語だ。

「もしかして、ヴィルゴ連合保険に加入済みでしたか? 」

「いや、敵対勢力の保険には入らないだろう、普通」

「では、全額自己負担になりますね」

「・・・・・・全額、自己、負担」

 ちょっと、今まで関わり合う事の無かった単語だ。

「任意保険には、加入されていますか? 」

「父上が、もしかしたら・・・・・・いや、無いな」

 私を含めて、家族で任意保険に入るなど、私の保釈金を払う以上にあり得ない。

「別の名義の保険証などはお持ちですか? 」

「それだと偽装になるだろう。え? 通るのか? 」

「通りません。保険証を偽造した場合、治療費が250倍になります。もしかしてお持ちですか? 」

「いや。ない」

「そうですか。では、10割負担ですね」

「・・・・・・10割負担」

 ちょっと、今まで関わり合う事の無かった単語だ。

 250倍じゃないだけマシか。

 人質をここまで手厚く治療する必要はない。いや、死んだら人質としての価値が落ちるな。

 だとしても死なない程度で十分だろう。

「検査をしすぎでは? 幾つか省けたはずだ」

「いえ、必要です」

 軍事費と大差ないのに? 

「まず、洞窟の崩落に巻き込まれた際に、救急隊と救助隊を派遣しました。突然意識を失ったとの事でしたので、最優先で緊急搬送を行い。こちらに到着後は、大事をとって脳や心臓の検査。感染症や持病が無いかの血液検査。それから・・・・・」

「・・・・・・」

「全身のあざや、肥厚性瘢痕、熱傷、水疱。あと、内臓損傷と骨折も数ヶ所ありました。これからも暫くは通院して頂く事になります。その見積もりも全て合わせて、この金額ですね」

「・・・・・・」

 この請求書が父上に見られるという事だけでも、火が着く程恥ずかしい。

「お大事に」

 何だか現実でないような気がしてきた。

 移送中、カーテンの隙間から見える景色も、パルテノスとは全く違う。同じヴィルゴ地方でも、スピカは湿原が多く、高木はあまりない。水には困らないが、根腐れしない植物しか生き残れないのだろう。

 途中、船や牛車を乗り継いで、見知らぬ土地を進んでいった。

 一面のブドウ畑が広がる故郷から、どんどん離れていく。ずっと、現実ではないような感覚がした。スピカからパルテノスへ帰るだけでも、恒星国を2つ超える必要がある。それだけ離れていても、この風景が、ブドウ畑や牢獄や、父上の書斎と地続きになっているなんて、信じられなかった。

「着きました。降りてください」

 押し出されて足を付けた地面は、枯れ草混じりの粘着質な灰色だった。

 ぐにゃりと揺れる土に思わずつんのめった。

「カビの生えたブドウみたいだ」

「悪かったですね。カビの生えたブドウで」

 私を連行する兵士が、不快そうに言った。

「樹木がこれほど少ないのに、どうやって食糧を賄っているんだ? 」

 パルテノスは、植民地とブドウと葡萄酒の輸出で経済を支えている。木の実の採れないこの地で、人々は何を食しているのだろうか?

「・・・・・・黙って歩いてください」

 開きかけた口を閉じ、スピカの兵は私を急かした。

 まぁ、今日の食事で分かるだろう。食事を出してもらえればの話だが。

「ようこそ、ヴィンデミアトリクス。魔王の子よ」

 3話の“フルーツヨーグルト”をご精読頂いた読者の皆様なら、この人が誰か想像がつくだろう。

「数日ぶりだな、ヴィルゴの恥め。ここは、スピカ国軍直轄の重犯罪者専用刑務所だ」

 アジメク将軍は、わざわざ玄関を出て私が到着するのを待っていた。

「将軍自らお出迎えとは、恐悦に存じます」

「余裕綽々といった所か? 」

 鼻を鳴らして嫌味たらしくする将軍は、私の言動全てが気に入らない様子だった。その不機嫌な声が、少し、父上に似ていた。

「今のスピカに、人質用の居所を工面するほどの余力はない。新生国の王族には耐え難いだろうが、貴様にはここで暮らしてもらう」

 ちなみに、新生国は新興国。恒星国は前にも言ったように先進国。衰退の最中にある国は巨星国と呼ばれる。

 他にも、アスタリズムや、ゾディアックなど、色んな組織が今後出てくる予定だが、用語解説ページを追加するので、安心してくれ。

「将軍直々のおもてなし、とても楽しみです」

 こんな風に偉い人と話す時、父上のご指導を受けられて良かったと思う。

「来い、ブドウのガキ。施設案内だ」

 アジメク将軍は少し言葉選びが独特だ。そこは、父上と違うな。

 正面玄関の受付以外、職員の姿は全くなかった。重犯罪者専用の刑務所と聞いたが、どれ程の囚人がいるのだろう? 

「・・・・・・」

 靴の泥を落とせなかった所為で、くまなく掃除された廊下に私の足跡が点々と続いた。他の人はそこまで泥が付いていない。歩き方が違うのだろうか。

「起床時間は6時、就寝は22時。飯は1日2回。シャワーは日ごと、風呂は5日に1回だ。便所は各房に1つ、ベッドは1人1台。不定期で所持品と独房の検査を実施する」

「・・・・・・」

「どうだ? 貴様が何日で根を上げるか見ものだ」

「毎日、ですか? 」

 私が驚いて訊くと、アジメク将軍は可笑しそうにクツクツと笑った。

「そう驚くこともない。スピカの独房はどこもこんなもんだ。城暮らしの貴様には不自由極まりないだろうがな」

 毎日シャワーが浴びれるなんて、乾季のパルテノスでは貴族すら難しい贅沢なのに。湿地帯だから水が豊富にあるのか?

「お心遣い、ありがとうございます」

「ふん。鼻につく物言いしかできんのか? 」

「・・・・・・」

 どうしてだろう? 本当に嬉しいのに。

 出来るだけ不快な思いをさせないよう、気を付けたつもりだ。父上はこの話し方でないと満足いただけないが、アジメク将軍には、違う言い方をすべきなのか?

「・・・・・・」

 時間が経つと、どんどん話せなくなる。

「ここが貴様の部屋だ」

「・・・・・・え? 」

 そこは、壁から床から天井まで細かい泥で塗り固められていた。

「あのっ、ここ。地上、ですよね? 」

「ああそうだ。2階が良かったか? 」

 残念だったな、ここは平屋だ。と将軍は嘲笑ったようだ。

「いいえ、とんでも。ただ、地下にあるものだと」

 独房がまさか地面より上にあるという異常事態に、私はそれどころではなかった。

「ここはスピカだ。この弱っちいつる植物め、つべこべ言わず入れ」

 え・・・・・・。窓がある。陽が差してる。

「あ、あの! 将軍」

 蝶番の軋む音がして振り向くと、もう私以外は廊下に出て、今まさに鍵がかけられようとしていた。

「最近の若造は泣き言ばかりだな」

 いくぞ、と部下を引き連れ、鍵束を揺らしながらアジメク将軍は踵を返した。

「あ・・・・・・ありがとうございます」

 すでに足音が遠ざかり始めていた。アジメク将軍は聞こえていただろうか。

 息を吐くと、何かが取れる感覚がして、スッと風通しが良くなった。防具を外した時のように、たくさん息が吸える。

 “ありがとうございます”なんて砕けた言葉。父上ならお許しにならないだろう。

 知らない土地。初めてボートに乗って、初めて牛車に乗って、初めてぬかるんだ湿地を渡った。見た事のない植生、見た事のない生き物。離れていく故郷。

 出迎えてくれたのが彼だと分かった時、ホッとした。ブドウのガキとか、つる植物とか、色々言われたけれど、父上のような刺々しさは感じられなかった。

「太陽が、見える」

 見てはいけない外の世界に、私の目はあっという間に釘付けとなった。



ピクシブの方が投稿早いです


https://www.pixiv.net/novel/series/13120104

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