フルーツヨーグルト
ーーヴィルゴ連合ーー
一言で言うと、我がパルテノス帝国を倒す為立ち上がった、ヴィルゴ地方で20程ある恒星国(主要先進国)の集まりだ。
「貴様らパルテノスは、ヴィルゴ連合の恥だ」
で、私に苦々しそうな顔をどアップで見せつけてくるこの初老の方は、ヴィルゴ連合の筆頭であるスピカの・・・・・・偉い人だ。多分。
なんかいっぱい国旗のバッジとか着けてるし。
いきなり病室に入ってきて、静止も聞かずにズカズカと歩み寄られて、びっくりした。
その時私は、病院食を食べるか残すか、ちょっと怖めの看護師に迫られていた。
流石に今、食べ物を口にする勇気は湧かない。
ちょっと怖めの看護師が、私と偉い人の間に割って入った。
「失礼、アジメク将軍。こちらの患者は面会禁止となっています。すぐに退室して下さい」
将軍? この人が? 将軍?
「どうしても一言言ってやりたくてな」
「出禁にしますよ」
この看護師、将軍にも物怖じしないのか。ちょっと格好良いな。
“アジメク将軍”と呼ばれた老人は、真っ直ぐ私を睨みつけた。
「わしの子は、貴様らと戦闘で死んだのだ」
「それは・・・・・・おめでとうございます」
は? 何言ってんの? という目で見られた。やっぱりこの看護師怖い。
「貴国の為に戦えて、さぞ幸せだったでしょう」
「・・・・・・」
羨ましいな。私も父上の為に死ねたら、どんなに良いだろう。
「話にならんな」
呆れられた。国のために死んだ彼の子が、可哀想だ。
「アジメク将軍、でしたか? 」
「左様」
「魔王の子、ヴィンデミアトリクスと申します。以後、お見知り置きを」
食事の時間ですので、お話はまた今度に。
私は丁寧に頭を下げた。真っ白なシーツと、敵国の将軍の足元をしばらく見つめていると、アジメク将軍は踵を返して部屋を出て行った。
「・・・・・・あ、ヨーグルトは、食べます」
食器を下げようとする看護師を上目遣いで見ると、渋々と言った様子で、スプーンとフルーツヨーグルトだけを残した。
「夕食の際に片付けますので、食べ終わったらそこに」
サイドテーブルを顎で指しながら、看護師はカートを押して出て行った。
「はぁ。緊張した」
扉が閉まってようやく体の力が抜けた。でかい枕に背中を預けて、天井を見上げる。
胃とは別の場所が満杯になった。怖い将軍は来るし、怖い看護師には、これから毎日顔を合わせる。退院すれば、本格的な囚人生活が始まるだろう。
「はぁ」
アルゲバルには出来なくとも、瓦礫を退けた時にヴィルゴの兵たちは私を殺せたはずだ。
人質か。
ヴィルゴ連合にとっては、願っても無い話だろう。残虐非道な魔王の、直系家族を人質に取れたのだから。
「父上が、私の為に保釈金を・・・・・・」
かぶりを振った。あり得ない。
早く食べないと。夜になっても残したままだったら・・・・・・あの看護師に殺されるかも。
食欲は失せたが、とにかく口に入れよう。
「あれ? 」
スプーンでヨーグルトをかき混ぜ、中に入っているフルーツを何度も確かめてた。
「ブドウが無い」
「やっほー。ウィンディー元気ー? 」
「アル、もうそんなに仲良くなったのか〜? 」
「いやー、“どうしてもウィンディーって呼んで”って言われてさー」
アルゲバルだ、ちょうど良いところに。
「どう? 体調は」
「フルーツヨーグルトにブドウが入っていないんだ」
「・・・・・・」
は? 何言ってんの? という目で見られた。さっきの看護師より全然怖くない。
「今年は凶作なのかな? 」
「・・・・・・ウィンディーさん」
「“さん”はいらない」
そういえば、彼と会うのは洞窟ぶりだ。救出される前に眠ってしまって、気が付いたら病院だった。
本当に恥ずかしい。疲労が蓄積していたとはいえ、一度も目を覚まさなかったなんて。
「フルーツヨーグルトに、ブドウは入れないぜ〜」
「え? 」
「いや、フルーツヨーグルトにブドウ入ってるの見た事ある? 」
アルゲバルは、連れに問いかけた。
「そう言えば、ないな。ミカンと、パイナップルと、モモと・・・・・・リンゴ? くらいだな〜」
「あと、バナナも」
「それはフルーツ“ミックス”ヨーグルトだろう? フルーツヨーグルトだよ、あのブドウだけのやつ」
ヴィルゴでは、フルーツヨーグルトを食べる習慣が無いのか? いや、病院食で出すくらいだから、一度はあるはずだ。
「いやいやいやいやいやいや」
「聞いた事ないって〜、ブドウとヨーグルトだけとか」
アルゲバルとその連れは、一様に目を見開いた。
「スピカでは、フルーツヨーグルトにブドウを入れないのか・・・・・・? 」
衝撃的だ。
2人が嘘をついてるようには見えない。ここで会ったが100年目とか、会うたび毎回大ボラ吹くアルゲバルも、そんな様子はない。
パルテノスでは、父上に罰として牢獄に入れられた時でも、食事には必ず出てくるくらい、ありふれた食べ物なのに。
「パルテノスは、世界有数のブドウの生産地だからな〜」
「ごめんなウィンディー。スピカじゃブドウは貴重品なんだ。俺も、もう何年も食ってないな」
「う、嘘だ! 」
思わず大きな声が出てしまった。
「嘘じゃないって」
ブドウが、貴重品?
ブドウが、食べられない?
「・・・・・・」
一つずつヨーグルトが絡んだ果物を掬い上げてみるが、丸くて瑞々しいブドウは無かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そうか。ブドウは食べられないのか。
「・・・・・・プフッ、ウィンディーもそんな顔するんだな」
そんな顔?
アルゲバルは笑っていた。不気味だ。
「いつもムスーってしてるから、何考えてんのか全然分かんなかったけど」
意外と顔に出るんだな。と言ってからまた笑った。 ここまでニヤニヤしているアルゲバルは、初めて見る。
「不愉快だ。何がそんなに可笑しい」
アルゲバルだけなら、恐るるに足らない。やはり洞窟の中で殺しておくべきだった。
「ウィンディー。もう大丈夫なのか? スピカの病院だから、あんまり言いにくいだろうけど、痛みとかあったらちゃんと言えよ。あの看護師さん、怖いけど仕事に誇りを持ってるだけだから」
「君に気を遣われるのは、初めてだ」
「おいらも〜。初めて見た〜」
今日のアルゲバルは、本当に気持ち悪い。眉を顰める私を意にも返さず、よっこらしょと椅子に座り、足を組んで肘をついた。
「いや、なんて言うか。いきなり倒れたから」
「・・・・・・ただの疲労だ」
蒸し返さないでくれ、恥ずかしい。
「あん時のアル、めっちゃ面白かったんだぜ〜。師匠! 助けて! なんかヤバいんだけど! って。あたふたしててほんっと、アハハ」
やはり、この人が。
「やめてくれよ師匠。大声出したら怒られるだろ? 」
「アハハハハハ。ヒィーヒヒヒヒ〜」
「あっ、そうだ。ヴィンデミアトリクス、こいつが俺の師匠」
「スパイカだ。よろしくな〜」
強い。部屋に入ってから観察しているが、少しも隙がない。アルゲバルや私など、一瞬で蹴散らされる。父上とだったら、どちらが上だろうか?
「お会いするのは初めてですね。ヴィンデミアトリクスと申します、以後・・・・・・」
「良いよ良いよ〜。そんなに畏まらないで〜」
そっか〜。うちにはヴィンちゃんがいるから、ヴィンちゃんって呼べないのか〜。
こうして変に語尾を伸ばしてフラフラしながらも、常に私からアルゲバルを守れるような体制をとっている。
「貴方には敵いません」
「賢い子だね〜。おいら何もしないから、そんなに怖がんなくていいよ〜」
スパイカが私に優しくするのは、私が患者の身分だからだろう。願わくは、この方の大切な人を私が傷つけていませんように。
卑怯な私は、そんな事を考えてしまう。
「師匠は、俺たちより年下だから、敬語とかも必要ないからな」
「いや、要るだろう。君の師なんだから」
「ウィンディーちゃん。うちの子にならない〜? 」
年下なんだ。16か15か。流石に14はないだろう。
「13だから、俺たちより4つも下なんだぜ。なのに人使い荒くてよ」
「・・・・・・お若いですね」
本日2度目の衝撃だ。