表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

英雄と勇者

「英雄と勇者ってどう違うんだ? 」

 独り言か? 

「なぁ」

「さぁ? 」

 アルゲバルはため息を吐いて、多分寝返りをうった。

 真っ暗闇の中で、できる事と言えば会話くらいだった。

「ヴィンデミ、アトリクス? もしかしてなんか書いてる? 」

「報告書の下書き。忘れないうちに」

 メモ帳とペンがあって良かった。戦闘も指揮も下手な私は、報告書ぐらいしかまともにできる事がない。

「まじめすぎるだろ・・・・・・て言うか見えてんの? 」

「後で解読する」

 英雄譚を書くなら、アルゲバルも書いた方が良いのでは? 

 いや、余計なお世話か。

「みんな今頃穴掘ってんだろうなぁ。こんな夜中? に大変だな・・・・・・」 

 戦闘中に洞窟が崩落し、私とアルゲバルは共に巻き込まれた。馬小屋一つ分の空間に閉じ込められたが、2人とも軽傷。

 体感で5時間程経ったが、未だ外部との連絡はできない。小型のランタンを携帯しているが、燃料の確保のため、30分で使用を停止した。

 アルゲバルが英雄と勇者の違いを聞いてきた。 

 後、私の名前を呼ぶ時に、毎回真ん中で区切られる。

「ヴィンデミ、アトリクス。英雄譚はあるけど、勇者譚って聞いたこと無いよな? やっぱそこら辺が違うんじゃないかって思うんだけど」

「毎回毎回名前を区切ったり間違われたりするの、地味にストレスだから止めてくれ」 

「・・・・・・ウィンディー、さん」

「英雄は偉業を成し遂げる者。勇者は困難にも果敢に挑む者、だと思う」

 ふーん、と適当な返事をしながら、アルゲバルはまた寝返りをうった。今なら彼を殺せるかもしれない。

 17で私より弱い戦士がいるなんて夢にも思わなかったが、実際アルゲバルは私より数段劣っていた。

 それでも今日まで彼を殺めるに至らなかったのは、彼よりも、彼の師が私より優秀だからだ。

 アルゲバルが死ねば、これからの戦局を有利に進められるだろうか?

「なぁ、今どれくらい進んでるかな? 俺たちずーーーっとこのままだったりして」

「君の仲間は、君を見捨てたりしないよ。せめて死体ぐらいは回収しに来る」

 私の死体を見たら、父上はどんなお顔をなさるだろうか。悲しまれるかな? 怒られるかな?

「ウィンディーさん」

「“さん”は要らない」

 いるよ、略すんだから。とアルゲバルは不思議そうな声を私の方へ向けた。彼の考える事は本当に分からない。

「魔王はウィンディーさんを助けに来る? 」

「君たちが完全包囲している中を? それ程の価値はないよ。父上はお越しにならない」

 父上は国王であり、元帥でもある。前線に出る事はあっても、そのタイミングを見誤る方ではない。

「そっかぁ。俺まだ魔王と会った事ないんだよな。どんな人? 」

「・・・・・・。・・・・・・」

 父上は。

 大粒の甘いブドウ品種が出来たと、領地をお尋ねに行かれた際、たわわに実るブドウを箱にいっぱい、私のお土産に下さった。

ーー“ヴィンデミアトリクス”は、“ブドウを摘む者”という意味だーー

 手づから実を潰してジュースを搾り、ゼリーやジャムをこしらえていた。

 味見の時も、スプーンですくった最初の一口は全て、私に下さった。

ーー夜明け前に、この光り輝く星が現れると、農民たちはブドウの収穫を始める。ウィンディーが大人になったら、生まれ年の葡萄酒を一緒に飲もうなーー

「父上は、・・・・・・優しいお方だ」

 周辺国をまとめて制圧し、我が国が今や一強となったのは、全て父上が築き上げられた功績によるものだ。

 父上こそ、英雄や勇者とと呼ばれるに相応しい方だ。

 父上は私を助けに来ない。

 私が自力で逃げれば良い。父上の跡を継ぐ者として、私が強くならねば。

「優しいか? 家族にはそうか。優しい所もあるんだな」

「うん」

 ランタンを消しておいて良かった。

 きっと、泣いてしまうから。

















「アルゲバル」

「なに? 」

「・・・・・・近い」

 じわじわ私に寄ってきているな、と気配で感じていたが、とうとう私にぴったり体を密着させた。

「寒いんだよ。良いだろ? 何もしないからさ」

 よく罰として牢獄に入れられていたから、私は普通だと思っていたが、ここは寒い部類に入るのか?

「ウィンディーさんお願い! 俺寒がりなの」

「腕立て伏せでもしてろ」

 弱いんだから。

「やだ。お腹減る」

 わざわざ武器を遠くに置いたまま、私に接近してくるあたり、彼の戦歴はたいてい、周囲の助力の賜物なのだろう。窮地に陥れば、敵味方なく手を取り合うと信じきっている。

「こっち側寒いの。場所替わって♡」

 仕方なく替わってやった。他人から触られるのは苦手だ。

「確かに、体感温度は下がるな」

「だろ?! 」

 冷気が肌に当たる。時折、前髪も少し揺れて2、3度寒く感じる。

「ん、風? 」

 ペタペタと岩の隙間を探ると、確かに一ヶ所空気が噴き出す隙間があった。

 閉じ込められて直ぐに調べた時は、こんな隙間無かったはずだ。

「アル! ランタンを炊けろ」

「えっ?! 何? ちょっと待って。ランタンどこ」

 隙間を除いても、光は見えなかった。だが、さっきより確実に風は強く噴き出している。

「ついた!! 」

 数刻ぶりの光に、一瞬目が眩んだ。

「やはり出口方向からだな」

「助けが来たんだな! やったー!! 」

 アルゲバルは飛び跳ねて、天井に頭をぶつけた。

「崩落するから止めてくれ。こちらからは何もしないほうが良い」

「やったな! ヴィンデミアトリクス! 」

 私の心は、彼と対照的に重くなった。

 救助された後、私は拘束されるだろう。アルゲバルの仲間たちは、私なんかを病院に運んで、治療を受けさせるだろうか?

 何人も殺した私を、憎む者も多いだろう。殺されるかも。岩が崩れた瞬間、飛び出して逃げるか?

 未来の英雄は、まだはしゃいでいた。

「良かったなアルゲバル」

 君には助けが来て。

 父上のお叱りすら耐えられないのに、敵軍の拷問はどれ程辛いのだろう?

 爪を剥がれるだけ、なんて事はあり得ない。

「どうした? ウィンディー。大丈夫か? 」

「・・・・・・やめてくれ」

 限界だった。牢獄を思い出さないようにするのも。父上の罵声を無視するのも。

「やめて」

 さっきは我慢できたはずの涙が、止まらなかった。

 捕まったら、何をされるんだろう?

「・・・・・・ごめんなさい」

 私にもできる事・・・・・・。そうだ、報告書を書かなくちゃ。

 震える手でメモを持ったが、一文字も浮かんでこない。

 風が吹いて、まだ光が見えなくて、もうすぐ捕まりそうで、逃げなきゃいけなくて。

 お父さんはもう来てくれなくて。自分でぜんぶなんとかしなくちゃいけないくて。

「ウィンディー。大丈夫、大丈夫だ。もうすぐ助けが来るから」

 青あざだらけの背中を触られて、反射的に体が縮こまった。殴られる、これからいっぱい。

 ブドウを数えなきゃ。

 大きくて甘い、ブドウがひとつぶ。

 ひとつぶ食べたら、もうひとつぶ。

「ウィンディー・・・・・・どうしよう? とりあえず、横になって」

 ひとつぶ食べて、もうひとつぶ。

 ひとつぶ食べたら、もうひとつぶ。

「どうしよう。え? ほんとにどうしたらいい? 」

 ひとつぶ食べたら、もうひとつぶ。

 ひとつぶ食べて、もうひとつぶ。

 ひとつぶ食べたらーー。

 ふわっと、体の上に何かが覆い被さった。痛くない、柔らかくて、温かい。誰かが毛布を掛けてくれたんだ。

ーーウィンディー。ーー

「・・・・・・おとうさん? 」

 お父さんだ。お父さんが来てくれたんだ。じゃあ、もういいかな?

 もう、寝ていいかな?

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ