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095・勇者VS魔王の娘

(魔王の……娘?)


 僕は、目を瞠る。


 つまり、4年前、ティアさんが……ううん、勇者様が倒した魔王の子供。


 そして、


(――新しい、魔王)


 その恐るべき事実に、僕は震えた。


 ああ、前に女王様が話していたっけ。


 でも、わかる。


 僕みたいな、ただの村人でも……目の前の存在が異常なのだと、本能でわかってしまう。


 生物の格が違う。


 人間如きの抗える相手じゃない。


 敵にもなれない。


 ただ目の前の生物に、僕らは蹂躙されるのみだ。


 なのに、


「魔王の、娘、ですか」


 ガシャッ


 ティアさんは、気丈に大剣を構える。


 元勇者。


 人ならざる魔王と戦い、討ち取った英雄。


 勇者とは、勇気のある者――なるほど、僕の前に立つ女の人は、恐怖を押し殺し、懸命に目の前の魔人の女の前に立っていた。


 ドクン


 その姿に、心が揺さぶられる。


(しっかりしろ、ククリ!)


 僕は、自分を叱咤する。


 バッ


 邪魔なリュックを地面に捨て、緑色の魔法弓を握り締めた。


 唇を噛みながら、


(ティアさん1人で戦わせるものか……っ)


 と、魔王の娘を睨む。


 空中にいる魔王の娘――レオと名乗った魔人の女は、「ほう?」と艶やかに笑う。


「お前たち、我に抗うか?」


「…………」


「…………」


「よいぞ、よいぞ。ならば、今、戯れに相手をして進ぜよう」


 スッ


 赤黒い長剣が横薙ぎに動く。


 瞬間、ティアさんも『氷雪の魔法大剣』を縦に振り下ろした。


 ガギィィン


 両者の中間点。


 青い空と草原の間の空間で、両者の放った赤黒い『魔刃』と純白の『魔刃』が衝突した。


 パァアアン


 魔力が弾け、爆発する。


(う、わ……!?)


 発生した衝撃波に、僕の軽い身体は吹き飛ばされ、そのままゴロゴロと地面を転がった。


 砕けた魔力の刃は、草原を斬り裂き、大地を抉る。


 パシュッ


 ティアさんの白い頬にも掠り、赤い血が飛んだ。


(テ、ティアさん!)


 けど、彼女の表情は揺るがない。 


 魔王の娘は、楽しげに笑う。


「良きぞ」


「…………」


「我が魔力に抗するか、見事、見事。しかし、まだ足りぬな?」


「…………」


「では、もう少し力を込めてみるか。くくっ、抗えねば、お前の後ろにいる童が細切れになってしまうであろうな」


「……っ」


「さぁ、必死に抗してみせよ?」


 ヒィン


 魔王の娘は、赤黒い長剣を上段に構える。


 パシッ パシシッ


 集束する魔力が放電のように、剣の周囲で弾け、赤黒い閃光を散らしていく。


(あ……)


 これ、まずい。


 本能が、あの輝きに『死』を感じている。


 タン


 瞬間、ティアさんが長い黒髪をなびかせ、決死の表情で跳躍した。


 その背に『氷の翼』が広がる。


「――お?」


 魔王の娘は驚き、長剣を振り下ろす。


 赤黒い閃光が、空を走った。


 僕の頭上を抜けた輝きは、遥か遠方の山脈に当たり……その部分から、斜めに切断した。


(……は?)


 遠方で、音もなく山がズレる。


 土煙が見え、斬られた上部の山が崩れながら、麓に滑り落ちていく。


 ズ ズズ……


 地鳴りのような音は、遅れて聞こえた。


(何だ、それ?)


 僕は、言葉もない。


 あ……。


「ティアさん!?」


 我に返った僕は、慌てて頭上を見た。


 魔人の女と正対する空中に、左腕から血を流しながら、大剣を構えている黒髪の美女がいた。


「ふっ……ふぅ……っ!」


 呼吸が荒い。


 全身に、魔力の蒸気が揺らめいている。


 その姿に、魔王の娘は歓喜した。


「おお、生きておるか!?」


「……っ」


「見事、見事ぞ! さすが、我が父上様を殺した女……よく我が剣を逸らした。見事である!」


 その表情に、嘘はない。


 まるで、お気に入りの玩具を見つけた子供みたいだ。


 彼女は無邪気に笑い、


「しかし、まだぞ?」


「…………」


「父上様を殺したならば、お前の力、まだまだであろう? さあ、見せよ、我を殺そうと、その力、見せてみよ!」


「お前は……」


「ん?」


「お前は、何がしたいのですか?」


 と、ティアさんが問いかけた。


 険しい表情。


 嫌悪と、恐怖と、疑念の宿る眼差しで、魔王の娘を見る。


 魔王の娘は、


「……ふむ」


 少し考える。


 美しい金色の髪が、空を渡る風になびく。


 そして、



「――この世の生命を、全て、無残に踏み躙りたい」



 と、答えた。


 淡々とした声。


 だからこそ、本気と伝わる。


 彼女は笑う。


「我は、そのように創られた存在だ。生あるものを死なせ、その苦しみに悦を得る生き物……それが、我だ」


 誇らしげに。


 でも、どこか恥ずかし気に。


 そして、


「だから、お前たちは必死に抗い、そして、我を楽しませて死ぬが良い」


 と、優しく囁いた。


 …………。


 …………。


 …………。


 ああ、あれが……魔王という存在。


 言葉が通じるとか、理解し合うとか、共存とか、それ以前に、もう根本が違っている生命体なのだ。


 そして、


「そうですか」


 黒髪の美女は、静かに呟いた。


 かつて、人類を救った勇者の女の人は、


 ヒィィン


 その額に神々しい『神紋』を輝かせ、手にした大剣を構える。


 紅い瞳には、強い殺意。


 恐怖の色が、消えている。


 その唇が動き、



「――魔王の娘……お前は、ククリ君の命を脅かす。だからこそ、私がお前を殺しましょう」



 と、告げた。


 レオという魔人の女は、


「ふはっ」


 と、歓喜した。


 頭上に掲げる赤黒い長剣に、再び魔力が集まっていく。


 同じように、ティアさんの構える『氷雪の魔法大剣』にも、目に見えるほどの魔力の冷気が白く輝き、噴き出していた。


 2人は睨み合い、


 バサッ


 お互いの翼をはためかす。


 青い空の空間で、一直線にぶつかり合いに飛び出したんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 神話の戦いとは、こんな感じだったのだろうか?


 ガキッ ジィン キュドォン


 僕の見上げる空で、元勇者のお姉さんと魔王の娘が凄まじい戦闘を繰り広げていた。


 魔王の娘が、長剣を振る。


 途端、赤黒い魔力が7つに分かれ、まるで無数の『龍』のようにティアさんに襲いかかる。


 黒髪の美女も、大剣を顔の前に構える。


 彼女の周囲に美しい『氷の剣』が無数に生まれ、『赤黒い龍』を次々と貫いていく。


 ボパパァン


 魔力が相殺され、何度も爆発が起きる。


 荒れ狂う突風が、草原にいる僕の髪を激しく揺らす。


 そうしていながら、


「はははっ!」


「しぃっ!」


 その2人の本体は、背中の翼で縦横に飛び回り、お互いの剣をぶつけ合っていく。


 カン キン ギィン


 空中に、火花が散る。


 螺旋を描き、絡み合うように。


 そうしていながら、途中、何度も赤黒い魔力と純白の魔力が魔法となり、次々と激突し、魔力爆発を発生させていく。


(何なんだろう、これ?)


 現実感が、乏しい。


 まるで夢を見てるようで、


 ビッ


 弾けた魔力の刃が、僕の髪を裂き、肌を切る。


 その痛みだけが、現実だと教えてくれる。


 魔王の娘とティアさんの戦いは、今の所、ほぼ互角……時々、ティアさんが押し込まれるけど、辛うじて持ち堪えている感じだろうか。


『神紋』による、無限の魔力。


 それが、最後の支え。 


 けれど一方で、魔王の娘の魔力も衰える気配がない。


 あれだけの高威力の大魔法を連発しながら、全然、疲労も見せなければ、苦しみも感じさせない。


(……このままだと)


 人間の肉体であるティアさんが負ける気がする。


 魔力は無限でも、疲労は溜まる。


 やがては、動きが鈍る。


 その時に……、


 ゾクッ


 その想像に、僕は震えた。


(駄目だ、そんなの!)


 現状のままでは駄目なら、場を動かすために僕が介入するしかない。


 ギュッ


 魔法弓を強く握る。


 幸い、魔王の娘はティアさんに夢中だ。


 僕の存在を、完全に忘れてる。


 狙うなら、


(今がチャンスなんだ)


 そうわかる。


 だけど、もし、失敗したら……?


 あの攻撃の1つでも僕に向かったなら、僕は即、死ぬのだ。


 ……ああ。


 怖い。


 怖いよ、父さん、母さん。


(でも……)


 グッ


 唇を噛む。


 何もしなければ、ティアさんが死ぬ。


 父さん、母さんが死んだ時、何もできなかった自分をもう1度、味わうことになる。


 それなら、


(ティアさんのために、死ぬ気で射るんだ)


 生きるために。 


 死ぬ覚悟で、生き抜くために戦おう。


 やってやる。


 …………。


 僕は、息を吐く。


 ……集中。


 左手の魔法弓を構え、光の弦を右手で引く。


 ヒィン


 魔力の矢が、弓の先に生まれる。


 ティアさんとの出会い、過ごした日々、そして、感じた思いが走馬灯のように僕の中を流れていく。


 集中が高まり、そして次の瞬間、全ての感情がフッと消えた。


 視線の先に、金髪の美女がいる。


 黒いドレス。


 歓喜の表情で、僕の大好きな、大切な人に剣を振るう。


 1度、2度、3度……。


 全部、見えている。


 だから、



(あ……ここ)




 パッ


 その瞬間に、僕は、魔法の矢を放った。


 縦横無尽に動き回り、2人で激しく剣でぶつかり合い、魔法が弾けていく空間で、その魔法の隙間を光の矢は通り抜け、直後、進路上に予想通り金髪の美女が飛び込んできた。


 剣を振るう腕が邪魔で、彼女にとって完全な死角。


(――当たる)


 そう確信した。


 その時、


「――――」


 突如、魔王の娘は振り向いた。


 死角から飛来する魔法の矢は、その頭蓋を射抜かずに、捻じれた角に命中し、


 バキィン


 その角が砕け散る。


「が……っ!?」


 酷く驚いた表情だ。


 と、どうしたことか、彼女の周りの赤黒い魔法が減っていく。


(?)


 あ、そうか。


 あの角が、膨大な魔力を発生させていたのか。


 ティアさんの『神紋』みたいに。


 その拠り所を突然、失い、彼女はよろけるように後方へと飛翔する。


 頭部から血を流しながら、顔をあげ、



「……ちっ」



 少し悔しげに笑った。


 魔王の娘の正面では、黒髪の元勇者の美女が『氷雪の魔法大剣』を大きく振り被っていた。


 大剣の刃は、純白に輝く。


 無限の魔力が生み出す、膨大な魔力量の『魔刃』が形成されていく。


 片角を失った魔王の娘に、それを防ぐ手段はない。



「――はっ!」



 僕の大好きな女の人が、輝く大剣を振り下ろした。


 リィン


 静かな音色。


 発生した高密度の魔力の刃は、純白の光となり、目の前にいた魔王の娘を飲み込んだ。


 天が光り輝いたような、凄まじい光。


 …………。


 …………。


 …………。


 やがて、視界が戻る。


(あ……)


 空中に『氷の翼』を広げるティアさんと、大量の鮮血をこぼしながら浮かぶ魔王の娘レオがいた。


 魔王の娘の左腕がない。


 ああ、そうか。


 腕1本を犠牲に、耐えたのだ。


 それでも全身の青白い肌が焼け爛れ、口からは紫色の鮮血が吐き出されている。


 なのに、


「く、ははっ」


 彼女は、嬉しそうで。


 地上の僕を、そして、目の前の黒髪の元勇者を見る。


 頷き、


「見事、見事だ」


「…………」


「…………」


「ああ、今回はその姿を見に来ただけであったが……なるほど、実に愉快な日だ。人間の童に後れを取り、勇者の剣に斬られるとは」


「…………」


「…………」


「良いぞ、お前ら。その姿、忘れぬ」


 チャッ


 右手1本で持つ、赤黒い長剣を軽く持ち上げる。


 ティアさんも大剣を構える。


 僕も、魔法弓の狙いを定め、けど……瀕死の彼女に、勝てる要素は見えなかった。


 と、次の瞬間、


 キン


 彼女は、背面を斬った。


 青い空の空間に、パックリと黒い裂け目が生まれ、


「今日は引く」


 魔王の娘は、その中に下がる。


(……あ)


 まさか、空間を渡る魔法?


 そう気づく。


 でも、気づいた時には遅くて、


 ヒュッ


 翼を羽ばたかせたティアさんが『氷雪の魔法大剣』を手に、そちらに突進する。


 その剣が届く前に、



「――また殺し合おう、2人とも」



 彼女は艶然と笑い、その空間の裂け目が閉じる。


 シュオン


 直後、ティアさんの白い大剣がその空間を薙ぎ払った。


 1歩、間に合わず。


 ティアさんは、厳しい眼差しでその空間を見つめていた。


 やがて、息を吐く。


 …………。


 生き延びた……。


 あの圧倒的な死の存在が消えて、僕はそう実感する。


 手足が今更、震える。


 と、その時、彼女が僕を振り返る。


(あ……)


 その険しかった美貌に、ようやく柔らかな笑顔が咲いた。


「ククリ君」


 そう僕の名を呼ぶ。


 そして、氷の翼を広げながら、天に舞う彼女は僕の下へと降りて来る。


 僕も両手を広げ、


「ティアさん……っ」


 愛しい人の生還を待ち侘びたのだ。

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