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090・開店

(……変なこと言ったかな、僕?)


 僕は、首をかしげる。


 大仰なアルマーヌさんの反応に、少々困惑だ。


 周りの皆も、僕と彼女の様子をポカンと見ている。


 そして、


「え……お前、昨日の公園の?」


 と、シュレイラさん。


 ビクッ


 上流階級の美女は、肩を跳ねさせる。


 それに確信し、


「嘘だろ! あれ、アンタだったのか!?」


 と、炎姫様は愕然だ。


 あの時一緒にいた黒髪のお姉さんは、口元に手を当て、「まぁ」と一言だけ。


 ジムさん、ポポの2人は、キョトンとしている。


 遠慮がちにジムさんが、


「あの……アルマーヌ先生、ククリと顔見知りで?」


「…………」


「先生……?」


「き、昨日、少しな」


 ボソッ


 魔法薬師の先生は、ようやく認めた。


 少々涙目で、僕を睨む。


(え……何で?)


 僕は、戸惑うばかり。


 炎姫様は「はぁ」「ほぉ」「ふぅん」と呟きながら、ジロジロと緑髪の美女を観察する。


 その視線に、


「……何、炎姫?」


「いや」


「言いたいことがあるなら、言って」


「あ~、うん」


「…………」


「お前って、普段はあんな格好してるんだな」


「ぐ……っ」


「いつも着飾った姿しか見てなかったから、全然、気づかなったよ」


「ぐぬ、ぬっ」


 楽しそうな炎姫様。


 逆にアルマーヌさんは赤面し、悔しげな表情だ。


 チッ


 と、舌打ち。


「採取活動する時は、アレが楽なの」


「そうかい」


「何? 文句ある?」


「ないって」


 睨まれ、苦笑する赤毛のお姉さん。


(ああ、うん)


 確かに、昨日の服装は野暮ったい。


 今の上流階級の美女の姿とは、似ても似つかないし、服のイメージも正反対だ。


 でも、それでいい。


 薬草採取の服は、基本、長袖長ズボン。


 肌は出さない。


 だって、草むらには毒草、毒虫もいるからね。


 あと、動き易さも大事。 


 汗もかくし、土や水滴、植物の汁で汚れることもある。


 だから、


(昨日の服装は正しいよね)


 と、僕は思う。


 すると、シュレイラさんが僕を見る。


「な、ククリ」


「ん?」


「こんなに服も違うし、化粧もしてるのに、よく同じ人物だってわかったね?」


 と、聞かれた。


 皆も、僕を見る。


(え……?)


 僕は驚き、答える。


「服装は違うけど、中の人は同じだもの」


「…………」


「髪の色も目の色も、肌の感じも、聞こえる声も、昨日と同じだったよ? 匂いは香水でわからなかったけど……」


「…………」


「でも、それだけ一致したら、ねぇ?」


「なるほど……そうかい」


 炎姫様は、感心したように頷いた。 


 アルマーヌ先生は、


「……嘘」


 と、呆れた表情だ。


 でも、ティアさんは納得したように頷く。


 着飾った彼女に、


「ククリ君は、薬草採取の天才です」


「…………」


「たくさんの草葉の中から、ほんの2~3秒で薬草を見分けることができるんです」


「…………」


「その観察眼、認知力ならば、見抜くのも簡単なのでしょう」


「……そう」


 得意げな黒髪のお姉さんに、魔法薬師の先生は諦めたように呟いた。


 そして、ため息。


 と、その時、


 ツンツン


 ジムさんの肘が、僕をつついた。


(ん?)


「なぁ? 昨日、何があったん?」


「え……? えっと、アルマーヌさんが公園の草むらで、薬草を集めてただけだよ」


「公園の草むら!?」


 彼は、目を丸くする。


 ポポも驚いた顔だ。


 2人して、上流階級の装いをしている美女を見る。


 その視線に、


「……何?」


 不機嫌そうに応じる魔法薬師の先生。


 そして、


「私が自分で薬草集めるのは、何か問題?」


「い、いえ、滅相もない!」


「…………」


「ただ、先生がそういうことをしている姿が想像できなかっただけで……」


「…………」


「べ、別に何も問題ないです、へい!」


 直立で答えるジムさん。


 その横の少女も、


 コクコク


 水色の髪を揺らして、何度も頷く。


 アルマーヌさんは、


「ふん」


 と、鼻を鳴らす。


 それから、僕をジロッと見る。


 睨みながら、


「……この屈辱、忘れないから、ククリ」


 と、低い声で言う。


(…………)


 ええっと、何で……?



 ◇◇◇◇◇◇◇



 色々あったけど、『アルジィム魔法薬店』が開店した。


 時間前には、


(あ……人が並んでる)


 と、店前に5人ぐらい、お客さんがいた。


 凄いや。


 やがて、開店と同時に入店。


 カランカラン


 扉に設置された来客用の鐘が鳴り、5人は陳列された魔法薬を見る。


 全員、冒険者らしい。


 新装開店セールで、少し安くなってるからかな?


 ちなみに、店内に炎姫様もいて、彼らは驚いていた。


 そして、


「毎度!」


 ジムさんは、商品を包む。


 彼らは、回復魔法薬を中心に5本を購入、計250万リオンだった。


(うわぁ……)


 1本50万でも、本当に売れるんだ?


 さすがにびっくり。


 ともあれ、出足は好調。


 そして、そのあとも客足は途絶えない。


 アルマーヌさんの知人の貴族様や、炎姫様の舎弟……いや、友人の冒険者も多く来店してくれた。


 なかなかの盛況だ。


 ジムさん、ポポも大忙し。


 僕も、臨時で手伝う。


 黒髪の美人のお姉さんが店先に立つことで、新たな客もやって来る。


(これは大変だ)


 でも、嬉しい悲鳴。


 僕らは、


「ジムさん、在庫どこ?」


「奥の倉庫や」


「わかった。補充しとくね」


「すまんな、ククリ」


「ううん」


「ジム兄、お釣り用の硬貨、まだある?」


「足りんか?」


「残り少ないかも……」


「マジか」


「何だい、アタシが銀行で両替してきてやるよ。ほら、大硬貨、貸しな」


「ええんすか?」


「炎姫様!」


「ジム、新しいお客様です」


「おおきに、ティアはん。――いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます」


「いらっしゃいませ」


「ジム。こちら、500万の魔法薬を買われるわ」


「おお、毎度です!」


 と、目まぐるしく働いた。


 …………。


 …………。


 …………。


 やがて、夕方4時。


 初日分の魔法薬は完売となり、扉には『本日閉店』の札がかけられた。


(ふひぃ……)


 さすがに疲れた。


 みんな、椅子に座り込んでいる。


 でも、心地好い疲れだ。


 僕は笑って、


「ジムさん」


 と、右拳を向けた。


 彼は「お?」と気づき、


「お疲れ、ジムさん」


「ああ。おおきにな、ククリ」


「うん」


 僕らは笑い合い、


 コン


 お互いの拳をぶつけ合った。


 それに、ティアさん、シュレイラさん、ポポの3人が笑う。


 一方のアルマーヌさんは、


「……様子を見に来ただけなのに、何で、私まで手伝ってるの?」


 と、思い出したように呟いた。


(……うん)


 もしかして彼女、流され易い人なのかな?


 でも、いい人なのだろう。


 彼女の様子に、


 クスッ


 と、僕は笑ってしまう。


 閉店後は、店内でお茶とお菓子を楽しんだ。


 お茶は、薬草茶。


 お茶請けは、僕の手作り薬草饅頭。


 開店祝いのために、昨日、村で作って持ってきたんだ。


 まぁ、生地に薬草を練り込み、餡子を包んだだけの普通の田舎饅頭なんだけどね。


 それを食べて、


「美味い!」


「うん、美味しいわ」


 ジムさん、ポポが喜ぶ。


 うん、僕も嬉しい。


 黒髪のお姉さんと赤毛のお姉さんも「さすがククリ君の手作りです」「こりゃ、何個でも食えるな」と口に運んでいた。


 そして、もう1人も、


 パクッ


 咀嚼し、飲み込む。


「ふぅん」


 と、アルマーヌさんは呟く。


 それから僕に、


「これ、何の薬草?」


「クレミノ草と太陽の笹葉草。乾燥させて粉末にしたのを混ぜたんだ」


「そう」


「胃腸にいいんだよ」


「知ってる」


「あ、そっか」


 彼女は、魔法薬師さんだった。


 小さく笑い、


「滋養強壮の効果もあるわね」


「うん。あと、リラックス効果も」


「リラックス?」


「胃腸の調子がいいと、自然と精神の緊張もほぐれるんだよ。あと香りもいいし、眠りも深くなる」


「……そう」


「うん」


「なるほど。貴方、本当に薬草に詳しいのね」


 と、納得した顔で頷いた。


(……?)


 何だか、表情が柔らかい。


 僕は、首をかしげる。


 元宮廷魔法薬師のお姉さんは、不意に吐息をこぼした。


 そして、言う。


「最近は、そういう人、少ないの」


「…………」


「炎姫も知ってるでしょ? 薬草採取のギルドでの扱いは、初心者冒険者用のクエストだって」


「あん?」


 赤毛のお姉さんは、顔をあげる。


 皆も、アルマーヌさんを見る。


 彼女は、


 ハムッ


 薬草饅頭を食べる。


「おかげで依頼しても、納品される薬草は品質もバラバラ。酷い時は、依頼と違う葉も混じったりしてる」


「…………」


「保管も運搬も雑で、よく傷んでるし……」


「…………」


「わかる? 葉の蜜が必要なのに、葉が潰れて全部、布に漏れてるの」


 ええ……?


(それは酷い)


 種類ごとに、袋の詰め方、運び方を変えるのは基本だよ。


 僕は、唖然。


「ギルドに苦情は?」 


「入れても、初心者用だから改善されない」


「えぇ……」


「丁寧な扱いする冒険者もたまにいるけど、すぐに昇級して薬草採取はしなくなるし」


「…………」


 チラッ


 僕は、赤毛のお姉さんを見る。


 視線に気づいた彼女は、少し申し訳なさそうな表情だった。


 実情は知ってる。


 でも、改善は難しい。


 そんな表情だ。


 アルマーヌさんは、もう1度、ため息をこぼす。


 僕を見て、


「だから私は、本当に必要な薬草は自分で採取してるの」


 と、言った。


(そっか)


 それが昨日の……。


 僕は理解し、共感して頷いた。


 彼女は、


「だからね」


 と、ジムさんを見る。


 彼は姿勢を正す。


「ジムの取り扱う薬草を見た時、驚いた」


「…………」


「全部、1枚たりとも傷みがない高品質の葉ばかりだった。しかも、毎回、1度の間違いもなく、遅れもなく、納品してくれる」


「先生……」


「商人として、当たり前」


「…………」


「でも、私には当たり前じゃなかった」


 と、微笑んだ。


(あ……)


 ずっと怒ったような、澄ましたような表情だった。


 でも、今は本当に素直な感情が見えて……。


 うん、


(凄く綺麗……)


 その笑顔に、アルマーヌさんの本質が見えた気がした。


 その時、


「ククリ」


 彼女の水色の瞳が僕を見る。


 ん?


 僕も見返す。


「ジムから聞いてたけど、貴方、本当に凄いわ」


「…………」


「思った以上に若いけど、でも、その薬草知識も本物。採取技術も素晴らしいわ」


「えっと……ありがとう?」


 戸惑い、答える。


 話を聞くと、凄く聞こえる。


 でも、


(僕はただ、普通のことしてるだけだよね?)


 としか思えない。


 生きるために覚えて、ただ、それを真面目に行うだけ。


 毎日、毎日、繰り返し。


 だけど、それはきっと、皆がしてることだ。


 と、炎姫様が、


「自覚ないんだよ、コイツ」


 なんて苦笑する。


 アルマーヌさんは、


「そうなの?」


 と、驚いたように言う。


 店主の青年も「そうなんすわ」と同意し、その親戚の少女も「ね」と頷く。


 黒髪のお姉さんは、


「ふふっ」


「?」


「ククリ君の良さを、皆に気づいてもらえて嬉しいです」


「ティアさん……」


「私のククリ君は、凄いんですよ」


 と、誇らしげだ。


 胸元に両手を当て、僕に優しく微笑んでくる。


(……ん)


 さすがに少し照れる。


 赤面する僕に、皆も笑った。


 やがて、魔法薬師のお姉さんが頷くと、


「ククリ、炎姫」


「ん?」


「何だい?」


「ククリの薬草知識、そして炎姫の戦闘力を見込んで、1つ、頼みがあるのだけど」


「頼み?」


「おや、珍しいね」


 僕は驚き、赤毛のお姉さんも目を丸くする。


 ジッ


 アルマーヌさんは、僕らを見つめる。


 真剣な表情で、


「――貴方たちで、北部霊峰に棲む『黒幻竜』の鱗に生える薬草、『幻竜の苔霊草』を採取して来てもらえないかしら?」

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