089・アルジィム魔法薬店
王都の空に、朝日が昇る。
本日は、大事な日。
そう、僕の昔馴染みの商人ジムさんが、王都に開店する日なのだ。
「さ、行こう」
「はい」
「あいよ」
僕とティアさん、付き合いでシュレイラさんも『炎姫の豪邸』を出て通りを歩く。
やがて、貴族街を出る。
まだ、早朝の時間だ。
通り沿いの店舗はほぼ開店前で、各店前の通りには荷馬車が止まり、荷下ろしと店内への運び入れが行われていた。
皆、忙しそうである。
その中を歩きながら、
(えっと……)
僕は、教えてもらった住所のメモを確認する。
うん、こっちだね。
横から覗き込んだシュレイラさんが、
「へぇ、ウチから意外と近い場所だね」
と、呟いた。
うん、確かに。
貴族街の1つ隣の商店区画。
貴族相手の高級店も多く、冒険者ギルドとも通りで繋がっている場所だ。
15分ほど歩き、
「あ……」
あそこだ。
僕は、ジムさんの店を見つけた。
店前には、見慣れた幌馬車が停まっている。
ティアさんが言う。
「ポポがいますね」
「本当だ」
幌馬車から木箱を下ろし、店内と往復していた。
僕らは近づき、
「お~い、ポポ」
「あら? 薬草少年、ティア姉さん、炎姫様」
彼女もこちらに気づく。
作業の手を止め、笑顔で幌馬車から飛び降りた。
水色の髪が踊る。
もっと早い時間から働いていたのか、額には汗が滲んでいた。
少女は嬉しそうに笑い、
「来てくれたのね」
「うん」
「はい」
「ああ、来たよ」
僕らも笑った。
改めて、店舗を見る。
通りに並んだ他の高級店にも負けない立派な店構えだ。
看板には、
『アルジィム魔法薬店』
と、書かれている。
確か、
(元宮廷魔法薬師アルマーヌさんの作った魔法薬を専売する店なんだっけ)
と、思い出す。
少女は店の扉を開け、
「ジム兄~! ククリが来たよ~!」
と、声をかけた。
数秒後、
ガタガタ
まだ片付いていない店内を抜け、金髪碧眼の青年が現れた。
(わ……格好いい)
行商の時の旅服とは違う、立派な服装だ。
高級店の装い。
凄くお洒落で、ジムさんがジムさんじゃないように見える。
だけど、
「おお、ククリやんけ!」
(あ……)
その笑顔は、いつものまま。
だから、僕も自然と笑ってしまった。
「ジムさん」
「ククリ、ホンマに来てくれたんやな~!」
ガシッ
彼は、僕に抱きつく。
僕は頷き、
「当たり前だよ、ジムさんの晴れの日だもの」
「ほうかぁ」
「あれ、泣いてる?」
「阿呆。ただの汗や」
身体を離し、僕らは笑い合った。
女性陣3人は、そんな僕ら2人を優しく見守っている。
気づいて、
「ティアはん、炎姫様もようこそや」
「どうも」
「おめでとさん、ジム」
「へへっ、おおきに」
彼は嬉しそうに笑う。
僕は言う。
「立派なお店だね」
「やろ?」
「うん、少し驚いた」
「高価な魔法薬を扱う店やからな。どうしても、顧客も貴族が多くなるもんでなぁ」
「あぁ、なるほど」
その説明に納得。
相手が貴族様なら、それに合わせた高級感も必要だもんね。
炎姫様も頷き、
「ま、貴族って生き物は『見栄』が命だからね」
なんて笑う。
ジムさんは苦笑。
それから、
「まぁ、外で立ち話も何やから、みんな中入ってや」
と、店内に誘ってくれる。
僕らは「うん」と頷く。
そして、皆でジムさんの新しいお店へと入らせてもらった。
◇◇◇◇◇◇◇
(へぇ……)
店内は清潔で、整頓され、陳列台や陳列棚にはガラス瓶が並んでいた。
魔法薬だ。
半透明の綺麗な液体。
また、ガラス瓶そのものも装飾され、高級感があった。
足元には、木箱がある。
まだ陳列前の魔法薬が入っていた。
僕は言う。
「凄いね」
「やろ?」
頷くジムさん。
魔法薬の1本を手に取り、
「知っとるか? これ1本で、50万リオンするんやで」
「え、50万?」
コップ1杯ぐらいの量なのに?
僕は唖然。
ティアさんも「まぁ、そんなに」と目を丸くしている。
彼は苦笑し、
「そや」
と、頷いた。
「これは安い方やで」
「安いの……?」
「そや。あっちの陳列ケースの中のは、3000万やぞ」
「3000万……」
僕は、言葉もない。
よく見たら、ケースは施錠され、鎖で固定されている。
凄い厳重。
中の魔法薬も、液体がキラキラ光っている。
なんか綺麗……。
ジムさんは言う。
「あれは、部位欠損も治せる最高級の回復ポーションや」
「最高級……」
「ま、売りもんちゅうか、客引きの目玉商品やな」
「…………」
「魔法薬にも種類、品質、色々あってな。こん店では、貴族メインの高級品を扱っとる」
「そうなんだ」
「手頃な値段のは、ポポが行商で売るしな」
と、親戚の少女を見る。
水色の髪の少女は、ヒラヒラと僕に手を振った。
僕は笑って、頷く。
ジムさんの説明だと、安い魔法薬でも約10万から。
種類も、単純な怪我の回復から、呪いの解呪、毒の浄化、魔力の増加、病の治療など、様々な効果があるらしい。
効能も様々で。
例えば、怪我の回復も、普通の斬り傷などを治すものから、損傷部位を修復するもの、切断面を繋ぐもの、欠損した手足を生やすものなど差異もある。
効果が高いほど、値段も高い。
手足などの部位欠損や先天的疾患などを治す薬は、特に高級品。
中には、
「億単位の取引もあるんやで」
とのこと。
(ひぇ……)
きっと、僕には一生縁のない薬だ。
ジムさんは、
「アルマーヌ先生の薬やからな」
「…………」
「『元宮廷魔法薬師』の肩書きは、嘘でも誇張でもあらへん。あの人は、ホンマに凄い先生なんや」
と、断言する。
その瞳には、確かな敬意がある。
シュレイラさんも頷く。
「宮廷付きってのは、嫌でも政治に関わるからね」
「…………」
「あの女は、そういうのを嫌って辞めたんだけど、でも、調薬の腕は確かに超一流だったよ」
「…………」
「辞めた時は、女王も嘆いてたっけ」
と、教えてくれる。
(そうなんだ?)
アルマーヌさん。
いったい、どんな人なんだろう?
2人がそこまで言う先生に、何だか僕も会ってみたくなったよ。
◇◇◇◇◇◇◇
話のあとは、僕らも開店準備を手伝った。
ジムさんの指示で、魔法薬を陳列台に並べていく。
(よいしょ……っと)
お高い商品だ。
慎重に、丁寧に、落として割らないように注意する。
不器用なティアさんは、店前の掃除。
シュレイラさんは、ポポの指示で店内に花を飾ったり、飾り布を付けたりしていた。
僕も、陳列を続ける。
だけど、並べ方も重要らしくて、
「ククリ、それ、もうちょい左に置けるか?」
「こう?」
「ん……よし、いい感じや」
店主のジムさんは親指を立てる。
今の調整は、見栄えを良くするため。
お客さんが店内に入った時、商品がどう見えるか、どの角度が1番目立ち、わかり易いか、そういう計算をしてるんだって。
陳列1つでこれだもの。
(商売って奥が深い……)
薬草を集めるしか能のない僕は、感心してしまう。
…………。
やがて、お店の前には、新装開店の看板や開店祝いの花飾りを設置し、作業も一段落となった。
(ふぅ……)
店内で、皆で一息。
休憩で、お茶を頂く。
ちなみに、僕の薬草でジムさんが用意した薬草茶だ。
来客には、サービスで提供する予定らしい。
それを飲みながら、
「みんな、おおきにな」
と、ジムさん。
僕らは「ううん」と笑顔で答えた。
「開店、もうすぐだね」
「ああ」
「緊張する?」
「そらな……けど、ワクワク期待もしとるわ」
「そっか」
彼の笑顔に、僕も頷く。
ジムさんの長年の夢、それがもうすぐ始まるのだ。
その表情には、輝きがある。
そんなジムさんに、みんなも笑っている。
彼は店内を見る。
それから、僕を見て、
「知っとるか、ククリ?」
「ん?」
「実は、この店で扱う魔法薬の1割には、お前の薬草が使われてるんやで」
「そうなの?」
僕は、目を丸くする。
ティアさんも「まぁ」と呟いた。
僕の薬草ってことは、彼女も一緒に集めた薬草でもあるからね。
だけど、
「1割って……多いの?」
「阿呆」
僕の発言に、ジムさんは呆れ顔だ。
グッと身を乗り出し、
「あのな、ここの魔法薬は、あのアルマーヌ先生の調薬した薬やぞ」
「あ、うん」
「普通、それに使われるだけでも凄いんやで?」
「そうなんだ」
「そうや」
彼は、強く頷く。
それから、
「あとな。魔法薬の原料は、希少な素材も多いんや」
「うん」
「けど、ククリの薬草は、どこにでもある薬草やろ?」
「えっと、そうだね」
「希少な素材は、それこそ取って来れる人間も限られる。けど、どこにでもある薬草は、どんな人間でも取って来れるんや」
「……うん」
「なのに、ククリの薬草が使われてるんやぞ」
「…………」
「王都から遠い分、鮮度の必要な薬草は無理やけど、それ以外の薬草はみ~んな、ククリの薬草が選ばれてるんや」
「そうなの?」
「そうや」
「…………」
「納品される葉が皆、高品質。外れなし。だからこその信頼や」
「うん……」
「やからな?」
パン
彼は、僕の肩に両手を置く。
僕の目を見て、
「――自分の仕事、誇れ、ククリ」
と、言った。
僕は、青い目を瞬く。
僕の後ろで、ティアさん、シュレイラさん、ポポの3人が頷いていた。
(えっと……)
少し困り、
「嬉しいけど、僕、普通に仕事してるだけだよ?」
「……かぁ!」
ジムさんは大袈裟に仰け反った。
ため息をこぼし、
「これやから、ククリは」
「…………」
「まぁ、ええわ」
「……うん」
「見とけ。この店、繁盛させて、いつか自覚させたるわ。自分がいかにええ仕事してるかってな」
ビシッ
と、僕の顔に指を突きつける。
僕は、目を丸くする。
後ろの3人は、苦笑している。
そして、黒髪のお姉さんは、
「ですが、そういう所がククリ君らしいですよね」
と、優しく笑った。
(……?)
えっと、どういうこと……?
◇◇◇◇◇◇◇
そんなこんなで、開店30分前になった。
(あと少し)
時計を見ながら、少し緊張してくる。
と、その時、
ギギィ
店の前の通りに、1台の馬車が停まった。
ん……?
見ていると、馬車から女の人が降りて、まだ開店前の扉をキィ……と開いた。
(え?)
僕は、驚く。
綺麗な女の人だ。
20代後半ぐらいかな?
多分、シュレイラさんと同年代ぐらい。
とても身なりの良い人で、高級そうなワンピースの上に白衣を羽織り、その白衣にも金糸の刺繍が施されていた。
緑色の長い髪を結い上げ、目元には化粧が施されている。
鼻と口は、刺繍された長い布で隠され、表情は微妙にわからない。
その分、水色の瞳が印象的。
両耳には、涙型の宝石のイヤリングが揺れる。
左の手首にも、綺麗な石の散りばめられたブレスレットが嵌められていた。
(上流階級の人だ)
と、一目でわかる。
その女の人を見て、
ガタッ
ジムさんが慌てて立ち上がった。
「アルマーヌ先生!」
(え?)
この人が?
面識があったのか、ポポも急いで立ち上がり、頭を下げる。
僕とティアさん、シュレイラさんの3人も、つられて席を立ってしまう。
その美女は、
「ああ、顔を出しに来たわよ」
と、静かに言った。
(……?)
あれ?
僕は、かすかに青い瞳を細める。
彼女は、店内を見回し、
「開店準備はできてるようね」
「へい!」
「結構。私の魔法薬を扱うのよ。品質を保つための温度管理もしっかりね」
「へい、大丈夫です!」
ジムさんは、まるで新兵みたいに答える。
上流階級な美女も頷く。
と、彼女は僕らの方を見て、
「ああ、炎姫」
「よう、アルマーヌ。久しぶりだね」
応じる、シュレイラさん。
「来てたのね」
「アタシが紹介した商人だしね。そりゃ、気になるさ」
「そう」
「あと、扱う薬草を集めてるのが、アタシの目をかけてる男だからね」
「は? 炎姫の男?」
彼女は、目を丸くする。
(いやいや)
ティアさんも即、反応し、
「違います。ククリ君は、私のです」
と、否定。
ジロリと睨まれ、炎姫様は苦笑した。
ジムさんとポポは、ちょっと困ったように笑っていた。
すると、
「…………」
ジッ
アルマーヌさんが僕を見る。
僕も見返す。
……う~ん?
僕は、心の中で首をかしげる。
と、彼女は、
「そう……お前が、あの薬草を採取してる人間なのね」
「あ、はい」
「思ったより若いのね」
「…………」
「常にあれだけの品質を保ち、納品し続けるとは見事なものね。褒めてあげるわ」
「えっと、ありがとうございます」
「ええ」
「…………」
「初めまして、少年。私が魔法薬師のアルマーヌ・ディオンよ」
「あ、はい」
彼女の自己紹介に、僕は頷く。
それから、
「僕は、マパルト村のククリです」
「ええ」
「でも……」
「?」
「初めまして、じゃないですよね?」
「!?」
彼女は、目を見開いた。
他の4人は『え?』と驚いた顔になる。
僕と美女を交互に見比べ、困惑した表情を浮かべた。
魔法薬師の美女は、
「な、何を……」
と、慌てる。
いや、確かに、
(見た目の雰囲気は、全然、真逆だけれど……)
でも、間違いない。
僕は言う。
「ほら? 昨日、公園で会ったじゃないですか」
「!?」
その言葉に、美貌が硬直する。
その唇が震え、
「な、何で……気づ……っ」
と、後退る。
何だか、恐ろしいものを見る目で僕を見つめたんだ。