008・勇者失踪
「本当なの……?」
僕は、驚きを隠せない。
情報通の行商人は、頷く。
「先日、国際発表があったんや。間違いないやろ」
「そっか」
それなら、本当みたい。
でも、何で?
「勇者様に何があったんだろう?」
僕は、首を捻る。
だって、勇者様だよ?
世界で1番強い人。
魔王を倒してくれて、世界を平和にした救世主。
まさに英雄だ。
(そんな勇者様が行方不明って……)
ちょっと信じられない。
ジムさんは言う。
「発表にも、理由は書いてなかったんや。ただ捜索中ってだけでな」
「……うん」
「けど世間じゃ、噂が出回っとる。例えば、魔王軍の残党に殺されたとか、魔王との戦いの古傷が悪化して亡くなったとか、色々の」
「…………」
「だけど、1番有力なんは、本人の意志らしいで」
「本人の意志?」
僕は、青い目を丸くする。
それって、
(自分から姿を隠したってこと?)
それこそ、何で?
ジムさんは、少し難しい顔をする。
「原因は、人間関係って話や」
「人間関係……」
「せや」
彼は頷き、
「勇者様は有名人や。民衆に人気で、戦力も高い。やから、各国で引き抜き合戦が起きたんやて」
「引き抜き合戦?」
「せや。要は、あちこちの王侯貴族が、勇者を傘下にしたがった。そんで、勇者と身内を結婚させようとうるさかったらしいで」
「あ、政略結婚?」
「それや」
ピッ
彼は僕を指差す。
「つまり、政治的干渉がしつこかったんや」
「へぇ……」
「王様、貴族様の世界は腹黒いからの。他にも脅し、圧力、甘言、誘惑、何でもござれや」
「…………」
怖……っ。
だけど、彼は言う。
「でも、失踪理由はまだあるで」
「あるの?」
「ある。実は、世の中には、勇者様を恨んでる連中もいてな」
「え?」
世界を救った勇者様を?
恨む?
彼は言う。
「魔王軍の被害者遺族や」
「は……?」
「なぜ、もっと早く魔王を倒してくれなかったのか? 家族が死んだのは勇者のせいだ……ってな。各地で反勇者デモをしてるらしいで」
「…………」
少し言葉を失う。
その遺族たちの境遇は、自分とも重なる。
正直、思いもわかる。
だけど、
「それは、逆恨みだよ」
僕は言った。
行商人のお兄さんも頷く。
「せやな。ククリの言う通りや」
「…………」
「けど、本気でそう思っとる奴もいるんや。しかも、売名や金儲け目的の奴もいて、そいつらは、あちこちで勇者様を非難して騒いどる」
「…………」
「その騒音は、当然、勇者様の耳にも届くやろ」
「ああ……うん」
僕は、少し気が重い。
多くの人々のために、命懸けで戦ったのに……その相手からそう言われてしまうんだ。
(…………)
勇者様は、どんな思いだったろう?
その時、
「ククリ」
「ん?」
「他にも理由、まだあるで」
「え……?」
嘘でしょ?
僕、もうお腹いっぱいだよ。
でも、彼は言う。
「暗殺未遂事件、や」
「…………」
「さっきも言うたが、勇者様は民衆の人気度が凄まじい。しかも、魔王も倒せる戦闘力を単体で持っとるやろ」
「……うん」
「そんな勇者様を危険視する王侯貴族も、一定数おったんや」
「…………」
「んで、傘下に入らんなら、殺せ……っての」
「嘘、だよね?」
「いんや。半年前、実際にあった事件や」
「…………」
もうやだ。
僕は涙目で、言う。
「勇者様、可哀相だよ」
何で……?
世界を救ってくれた人が、何でそんな目に遭うの?
(そんなの、おかしいよ)
彼は苦笑する。
「ほんまにな」
「…………」
「だから、勇者様も自分から姿を隠したんやないか、言われとるんや」
「うん」
僕は頷いた。
「その方がいいよ」
そんな理不尽な目に遭うなら、逃げた方がいい。
僕は、勇者様を応援する。
「やな」
ジムさんも同意する。
「ま、その方が彼女も幸せやろ」
「ん……?」
「ん、どした?」
「いや、彼女……って、勇者様、女の人なの?」
「そや。なんや、知らなかったんか、ククリ?」
「うん」
だって、ここ田舎だし。
基本、噂話しか届かないもの。
だから、勇者様のことも、魔王を倒して世界を平和にした凄い人……というぐらいの認識だ。
名前も、性別も、何も知らない。
ジムさんは、
「まぁ、王国の端っこやしな、この村」
「うん」
「案外、この辺の村で、勇者様も隠れてたりしとるんちゃうか?」
「あはは、まさかぁ」
面白い冗談だ。
僕とジムさんは、笑い合う。
重かった空気も、少し軽くなった気がする。
それから、
「おっと、長話してもうたな。商売あるし、そろそろ行くわ」
「あ、うん」
僕は頷く。
彼は笑って、
「よかったら、あとでククリもなんか買うてってや?」
「うん、わかった」
「おおきに! そんじゃ、またな」
「ん、またね」
と、彼は去っていく。
僕は、その背を見送る。
そして、ふと、頭上の青い空を見る。
(…………)
綺麗な、澄んだ空だ。
勇者様も今、どこかで、この空を見てるのかな……?
今は、平穏だといいな。
そう願い、
(あ、そうだ)
ティアさん、どうしてるだろう?
唐突に思い出す。
賑わう広場を見る。
この中に、彼女はいるはずで、
(…………)
何でかな?
悲しい話を聞いたからか、今、無性に彼女に会いたいような気持ち……。
人混みは苦手だけど、
「――うん」
僕は頷いた。
そして、黒髪のお姉さんを探そうと、広場の方に歩きだしたんだ。