表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/97

008・勇者失踪

「本当なの……?」


 僕は、驚きを隠せない。


 情報通の行商人は、頷く。


「先日、国際発表があったんや。間違いないやろ」


「そっか」


 それなら、本当みたい。


 でも、何で?


「勇者様に何があったんだろう?」


 僕は、首を捻る。


 だって、勇者様だよ?


 世界で1番強い人。


 魔王を倒してくれて、世界を平和にした救世主。


 まさに英雄だ。


(そんな勇者様が行方不明って……)


 ちょっと信じられない。


 ジムさんは言う。


「発表にも、理由は書いてなかったんや。ただ捜索中ってだけでな」


「……うん」


「けど世間じゃ、噂が出回っとる。例えば、魔王軍の残党に殺されたとか、魔王との戦いの古傷が悪化して亡くなったとか、色々の」


「…………」


「だけど、1番有力なんは、本人の意志(・・・・・)らしいで」


「本人の意志?」


 僕は、青い目を丸くする。


 それって、


(自分から姿を隠したってこと?)


 それこそ、何で?


 ジムさんは、少し難しい顔をする。


「原因は、人間関係・・・・って話や」


「人間関係……」


「せや」


 彼は頷き、


「勇者様は有名人や。民衆に人気で、戦力も高い。やから、各国で引き抜き合戦が起きたんやて」


「引き抜き合戦?」


「せや。要は、あちこちの王侯貴族が、勇者を傘下にしたがった。そんで、勇者と身内を結婚させようとうるさかったらしいで」


「あ、政略結婚?」


「それや」


 ピッ


 彼は僕を指差す。


「つまり、政治的干渉がしつこかったんや」


「へぇ……」


「王様、貴族様の世界は腹黒いからの。他にも脅し、圧力、甘言、誘惑、何でもござれや」


「…………」


 怖……っ。


 だけど、彼は言う。


「でも、失踪理由はまだあるで」


「あるの?」


「ある。実は、世の中には、勇者様を恨んでる連中もいてな」


「え?」


 世界を救った勇者様を?


 恨む?


 彼は言う。


「魔王軍の被害者遺族や」


「は……?」


「なぜ、もっと早く魔王を倒してくれなかったのか? 家族が死んだのは勇者のせいだ……ってな。各地で反勇者デモをしてるらしいで」


「…………」


 少し言葉を失う。


 その遺族たちの境遇は、自分とも重なる。 


 正直、思いもわかる。


 だけど、


「それは、逆恨みだよ」


 僕は言った。


 行商人のお兄さんも頷く。


「せやな。ククリの言う通りや」


「…………」


「けど、本気でそう思っとる奴もいるんや。しかも、売名や金儲け目的の奴もいて、そいつらは、あちこちで勇者様を非難して騒いどる」


「…………」


「その騒音は、当然、勇者様の耳にも届くやろ」


「ああ……うん」


 僕は、少し気が重い。


 多くの人々のために、命懸けで戦ったのに……その相手からそう言われてしまうんだ。


(…………)


 勇者様は、どんな思いだったろう?


 その時、


「ククリ」


「ん?」


「他にも理由、まだあるで」


「え……?」


 嘘でしょ?


 僕、もうお腹いっぱいだよ。


 でも、彼は言う。


「暗殺未遂事件、や」


「…………」


「さっきも言うたが、勇者様は民衆の人気度が凄まじい。しかも、魔王も倒せる戦闘力を単体で持っとるやろ」


「……うん」


「そんな勇者様を危険視する王侯貴族も、一定数おったんや」


「…………」


「んで、傘下に入らんなら、殺せ……っての」


「嘘、だよね?」


「いんや。半年前、実際にあった事件や」


「…………」


 もうやだ。


 僕は涙目で、言う。


「勇者様、可哀相だよ」


 何で……?


 世界を救ってくれた人が、何でそんな目に遭うの?


(そんなの、おかしいよ)


 彼は苦笑する。


「ほんまにな」


「…………」


「だから、勇者様も自分から姿を隠したんやないか、言われとるんや」


「うん」


 僕は頷いた。


「その方がいいよ」


 そんな理不尽な目に遭うなら、逃げた方がいい。


 僕は、勇者様を応援する。


「やな」


 ジムさんも同意する。


「ま、その方が彼女も幸せやろ」


「ん……?」


「ん、どした?」


「いや、彼女……って、勇者様、女の人なの?」


「そや。なんや、知らなかったんか、ククリ?」


「うん」


 だって、ここ田舎だし。


 基本、噂話しか届かないもの。


 だから、勇者様のことも、魔王を倒して世界を平和にした凄い人……というぐらいの認識だ。


 名前も、性別も、何も知らない。


 ジムさんは、


「まぁ、王国の端っこやしな、この村」


「うん」


「案外、この辺の村で、勇者様も隠れてたりしとるんちゃうか?」


「あはは、まさかぁ」


 面白い冗談だ。


 僕とジムさんは、笑い合う。


 重かった空気も、少し軽くなった気がする。


 それから、


「おっと、長話してもうたな。商売あるし、そろそろ行くわ」


「あ、うん」


 僕は頷く。


 彼は笑って、


「よかったら、あとでククリもなんか買うてってや?」


「うん、わかった」


「おおきに! そんじゃ、またな」


「ん、またね」


 と、彼は去っていく。


 僕は、その背を見送る。


 そして、ふと、頭上の青い空を見る。


(…………)


 綺麗な、澄んだ空だ。


 勇者様も今、どこかで、この空を見てるのかな……? 


 今は、平穏だといいな。


 そう願い、


(あ、そうだ)


 ティアさん、どうしてるだろう?


 唐突に思い出す。


 賑わう広場を見る。


 この中に、彼女はいるはずで、


(…………)


 何でかな?


 悲しい話を聞いたからか、今、無性に彼女に会いたいような気持ち……。


 人混みは苦手だけど、


「――うん」


 僕は頷いた。


 そして、黒髪のお姉さんを探そうと、広場の方に歩きだしたんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ