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086・空の旅

 時間は流れ、月が替わる。


 今日は、ジムさんの開店前日だ。


「準備はいいかい?」


「うん」


「はい、いつでも」


 マパルト村の広場で、『炎龍の槍』に座る僕らは、その持ち主の美女に頷いた。


 槍のには、座り易いよう厚手の布が巻かれている。


 更に、3人分の旅の荷物もぶら提げられていた。


 正直、ちょっと不格好……。


 炎姫様は悲しそうだったけど、


「第2夫人候補として、ククリ君に快適な空の旅をさせたいとは思わないのですか?」


「うぐ……っ」


 と、黒髪のお姉さんに押し切られたんだ。 


 ま、まだ第2夫人とか考えてないけどね?


 コホン


 ともかく、本日はその槍に乗って王都アークレイまで飛んでいく予定なんだ。


 周りには、見物の村人も集まっている。


 ちなみに、旅の許可は簡単に下りた。


 村長曰く、


「別にええぞ? 今年はククリたちのおかげで余裕があるけの」


 とのこと。


 冬場の出稼ぎで予定以上に蓄えられたし、白蛸関連の報酬も村に納めたから財政的には潤っているらしい。


(うん、それなら気兼ねなく)


 と、僕も安心して思えた。


 ちなみに村長は、


「むしろ、ククリとティアを自由にさせた方が、村にいいことばっかある感じだしの」


「え、そう?」 


「そうだべよ」


「…………」


「今回も何かしら、金、稼いできそうだべ」


「まさか~」


 僕は、呆れて笑う。  


 村長も笑ってたけど、でも、意外と本気で思ってそうな感じ。


 う~ん?


 もしかしたら、女神様の加護を受けた元勇者のティアさんがいるから……?


 だから、村にも幸運が……?


 確かに、彼女が来てから村は潤ってるけど。


 でも、うん、


(さすがに、そう毎回は……ねぇ?)


 と、僕は思うのだ。 


 まぁ、とにかく許可が下りた時は、そんな感じだったんだ。


 ――で、現在。


 炎姫様が横に持つ槍に、僕とティアさんは軽く座る体勢で立っている。


 そして、


「じゃ、行くよ!」


 ボッ ボバォオン


 独特の形状をした穂先から真っ赤な『炎の翼』が生え、大きく左右に広がった。


(おおっ?)


 間近で見ると、大迫力。


 炎の羽根が、僕の肌に触れる。


 でも、魔法の炎は熱くなく、ただほんのりと暖かい。


(不思議……)


 同時に、ググッと槍が持ち上がる。


 足が、地面から離れる。


 お……お?


 バランスが結構、大変。


 すると、


「ククリ君」


 ギュッ


 ティアさんの手が僕のお腹に回され、引き寄せられた。


 身体が密着する。


 彼女を背もたれにする感じ。


 柔らかな弾力が背中に当たる。


 僕は驚くけど、


「ククリ君の体重を、私に預けてください。お互いに支え合いましょう」


「あ、うん」


(なるほど)


 納得して、彼女の言う通りにする。


 ん……。


 その体温が伝わる。


 綺麗な黒髪が風圧ではためき、僕を撫でる。


 何だか、いい香り。


 その黒髪のお姉さんは、片手で槍を握り、片手で僕を抱き締めている。


 そして、


「ふふっ、ククリ君」 


「…………」


 なんか、僕の髪に頬をスリスリしてる。


 えっと……?


 そんな僕らの更に後ろ、槍の柄には、シュレイラさんが立っている。


 凄いバランス感覚。


 彼女は、


「役得だね、ティア」


 と、少し羨ましそうな顔だ。


 ティアさんは、


「私はあくまでククリ君を支えているだけです」


「…………」


「落ちたら大変ですから」


「……そうだね」


「では、シュレイラ、任せましたよ」


「はいよ」


 澄まして言う彼女に、シュレイラさんも苦笑だ。


 それから、表情を改める。


 ヒィン


 隻眼の金色の瞳に魔力の光が灯り、結ばれた赤毛の髪がはためいた。


 炎の翼が羽ばたく。


 ボパァン


(ん……っ)


 同時に、槍は急上昇。


 見ている村人たちの驚く顔が、あっという間に小さくなる。


 僕は青い目を細め、


「……ぁ」


 やがて、見えた景色に言葉を失った。


 ……広い。


 広い世界が眼下にあった。


 毎日、薬草を集める山々が……。


 川が、森が。


 その先にある山々や、草原や……更に先にある遠方の山脈も、全てが目に入る。


 広大な大地。


 そうした景色が、どこまでも続いている。


 遥か遠くには、


(あれは……海?)


 青い水の世界の煌めきも見えた。


 同時に、それら地上を覆い尽くす、真っ青な空の広さも感じていた。


 何だろう……?


(この世界の中で、僕の存在は本当に小さなものだったんだ……)


 そう感じる。


 だから、背中の温もりが暖かくて、愛おしくて。


 ブルッ


 僕は震える。


 そして、笑った。



「――世界って、広いんだね」



 そう、思いを呟く。


 2人のお姉さんは、少し驚いた顔をする。


 すぐに優しく笑って、


「そうですね」


「だな?」


 と、頷いた。


 僕も笑顔で「うん」と頷く。


 真下を見る。


 僕の生まれ育った村が小さく見え、村のみんなが手を振っているのがわかった。


(まるで、鳥の気分だよ)


 僕も、大きく手を振る。


 やがて、


「じゃあ、王都に向かうよ」


「あ、うん」


「はい」


 炎姫様の言葉に、僕らは頷く。 


 しっかり槍を掴む。


 背中のお姉さんも、より強く密着してくる。


 そして、


「はっ!」


 ボパァン


 かけ声と共に炎の翼が強く羽ばたき、『炎龍の槍』は急加速した。


(んっ!)


 視界が弾け、景色が流れる。


 重く空気がぶつかり、息が詰まった。


 慌てて下を向き、呼吸する。


 目が……開けてられない。


 と、その時、


 ヒィン


 目の前の空中に『氷の華』が咲く。


(あ……)


 風圧が消えた。


 見れば、ティアさんがニコリと微笑んでいた。


 理解し、僕も笑う。


 僕らよりも低い位置にある白い雲が、凄い速度で後ろに流れていく。


 眼下の大地は、意外とゆっくりな動きで、


(……うん)


 僕は青い瞳を細め、そうした景色を眺める。


 …………。


 青い空に火の粉の真っ赤な輝きを散らしながら、そうして僕ら3人は王都アークレイを目指したんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 道中、2時間に1度、休憩する。


 炎姫様曰く、


「慣れない奴だと、結構、腰とか痛めるんだよ」


 とのこと。


(そうなんだ?)


 確かに、細い槍の柄で、ずっと落ちないように座り続けるのも大変だ。


 緊張で、余計な力も入る。


 すると、


「この間、我が国の女王様も筋肉痛になったらしくてね。翌日、大変だったらしいよ」


「…………」


 そ、そうですか。


 僕らに謝るために、そんなことになってたんですか……。


 でも、それを語るシュレイラさんは楽しそうだ。


 んん……。


 ま、そんな訳で、僕らは時々、休憩を取っていた。


 …………。


 今回の休憩場所は、地上じゃなかった。


 高い高い岩山の上。


 眼下には、岩肌の斜面が続き、同じ視線の高さには何もない空間が広がる。


(ふわぁ……)


 凄い眺め。


 標高1500メードぐらいかな。


 冬の出稼ぎの時は、この岩の山脈を迂回するため、何日も遠回りをしたはずだった。


 でも、今はまさに一直線。


 王都まで、真っ直ぐ移動している。


(なるほど)


 半日で行ける訳だよ。


 空を飛べるって、本当に凄い。


 その岩山の山頂では、お昼代わりに、今朝、僕が作ったサンドイッチを食べ、水筒に入れておいたスープを飲む。


 スープは、器に移し、


 ボボッ


 と、シュレイラさんが槍の炎で温めてくれた。


「便利ですね」


「だろ?」


 ティアさんの言葉に、赤毛のお姉さんは得意げに笑う。 


 僕も笑って、


 ズズッ


(うん、温かくて美味しいや)


 これだけ標高が高いと、少し寒いからね。


 温かい食事には、ホッとする。


 そうしてスープをすすり、山頂に吹く風に髪を揺らしながら、僕は周りの景色を眺めた。 


 視界を遮るもののない、雄大な景色。


 と、その時、


(おや……?) 


 遥か遠方、地平の彼方に、大きな山があった。


 他の山より、ずっと高い。


 その頂上付近は、何かで削られたように平らになり、雲に半分隠れていた。


(……変な形)


 と眺めていると、


「ククリ君? どうかしましたか?」


 と、黒髪のお姉さんが気づいた。


 僕は、その山を指差し、


「あそこ」


「え?」


「なんか、凄く高くて変な形の山があるんだ」


「あら……本当ですね」


 彼女も頷く。


 すると、



「――ああ、『天蓋の霊峰』だね」



 と、赤毛のお姉さんが言った。


(え?)


 彼女は、懐かしそうに隻眼の金色の瞳を細めている。


 僕は思い出す。


 驚きながら、


「それって……昔、シュレイラさんが炎龍ジークガンドを倒した場所?」


「そうだよ」


 彼女は頷いた。


 無意識なのか、白い指先が左目の眼帯を触っている。


 炎龍ジークガンド。


 昔から、アークライト王国を含めた周辺国に大きな被害をもたらしていた悪龍だ。


 何人もの冒険者や騎士が挑み、散っている。


 数年前、その恐ろしい炎龍ジークガンドを、このシュレイラ・バルムントが討伐したんだ。


 代償に、左目を失って……。


(…………)


 僕は、彼女の槍を見る。


 穂先が炎のような独特の形状をした槍――炎龍の逆鱗を素材に作られた槍だ。


 空を飛べる槍。


 僕らも乗ったけど……。


 でも、本来は英雄を英雄たらしめる証明の武具だ。


 何だろう……?


 実際に炎龍ジークガンドと戦った場所を目にして、その実在を感じたからか、妙に槍が格好良く見える。


 同時に、畏怖も……。


 僕は、赤毛のお姉さんを見る。


 気さくな姐御さん。


 世話好きで、陽気で、優しくて、少しお茶目。


 でも、本当は……。


 僕は言う。


「シュレイラさんって、本当に凄い人なんだね」


「何だい、急に?」


 彼女は、驚いた顔をする。


 僕は笑う。


「だよね、自分でもそう思う」


「…………」


「でも、今、こうしてシュレイラさんと一緒にいるのって、凄い幸せなことなんだな~って思ったんだ」


「ククリ……」


 彼女の金色の1つ目が、僕を見つめる。


 僕は、笑ったまま。


 すると、シュレイラさんの頬が、突然、ほんのり赤くなった。


 プイッ


「な、何言ってんだい、馬鹿だね!」


 と、横に顔を逸らす。


 拍子に、結ばれた赤毛の髪も踊る。


(あらら……)


 意外な反応です。


 でも、可愛い。


 年上の大人の女の人に言うことではないかもしれないけど、うん、その表情は可愛かった。


 と、その時、


 ムギュ


(わっ?)


 ティアさんに、急に背中側から抱きつかれた。


 彼女は、少し頬を膨らませ、


「ククリ君」


「は、はい」


「あれは、第2夫人。第1夫人で婚約者は私ですよ?」


「う、うん」


 そうでした。


 僕は「ごめんなさい」と謝る。


 僕を抱くティアさんの手に、自分の手を重ねた。


「僕の1番は、ティアさんです」


 と、伝える。


 彼女は、ジッと僕を見る。


 やがて、


「はい、わかって頂けたなら」


「うん」


「それと、こんな風に、すぐに焼きもちを妬いてごめんなさい……」


「え?」


 少し落ち込んだ表情だ。


 僕は慌てた。


「ううん」


「…………」


「むしろ、嫉妬してもらえるのは嬉しいよ」


「ククリ君……」


「僕こそ、不安にさせてごめんね」


「……はい」


 彼女は、ようやく安心したように微笑んだ。


 ギュッ


 また、僕を強く抱きしめる。


 その温もりに、僕も安心する。


 と、目の前にいた赤毛のお姉さんが苦笑していた。


(あ……)


 彼女は、


「いや、ま、いいんだけどさ」


「…………」


「でも、たまにはアタシも構ってくれよ、ククリ」


「う、うん」


 僕は、頷く。


 いや、でも、


(まだ、第2夫人を認めた訳じゃないはずだけど……)


 と、思ったり。


 でも、ティアさんは、


「ククリ君の優先権は、私です」


 と、言う。


 炎姫様は「はいはい」と両手を持ち上げた。


 降参のポーズ。


「まぁ、アタシは炎龍を倒したけどさ」


「…………」


「けど、昔のティアは、もっと強い魔物を何体も倒してるはずだしね。格が違うのは承知してるさ」


「…………」


「その辺は、ちゃんと弁えるって」


 と、苦笑しながら頷いた。


 黒髪のお姉さんは、満更でもなさそうな表情だ。


「そうですか」


 と、頷く。


 それから僕の視線に気づき、


「ふふっ、ククリ君、大好きですよ」


 と、はにかんだ。


 ドキッ


 艶やかな美しい黒髪を揺らしながら、魅力的な笑顔である。


 その美貌に、しばし見惚れ、


(……うん)


 僕は、心の中で頷く。


 こんな素敵なお姉さん2人に好かれるなんて、僕は本当に幸せ者だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 青い空を行く旅は続く。


 ただ、空には僕らだけではなくて、


(あ……鳥だ)


 同じように風に乗って空を飛ぶ、無数の大きな鳥の群れもいたりした。


 20羽近い群れ。


 1羽、翼長1・2メードぐらい。


 渡り鳥かな?


 僕らと同じ高さ、同じ方向で、30メードほど横を飛んでいる。


(意外と逃げないね)


 少し驚く。


 白い羽毛に、赤と緑の模様がある。


 その頭頂部からは、金色の長い羽根がピョンと伸びていた。


 瞳は、円ら。


 可愛い……。


 僕とティアさんは、同じ空を飛ぶ仲間として、ほっこり眺めてしまう。


 と、その時、


「――やばっ」


 炎姫様が呟く。


(え?)


 次の瞬間、僕らは鳥の群れから離れるように、進路を急角度に変更した。


 うわっ!?


 振り落とされそう。


 ティアさんの支えで、何とか耐え、


 バクゥン


 直後、鳥の群れの2~3羽を飲み込みながら、7メード近い巨大な鳥が下から上へと通り抜けた。


(……は?)


 僕は唖然。


 そして、風圧が僕らと槍を揺らす。


 僕らと一緒に飛んでいた鳥の群れは、巨大な鳥から逃げるように地上へと降下していく。


 と、僕らに影が落ちる。


 見上げれば、


(あ)


 方向転換した巨大な鳥が、今度は僕ら目がけて急降下していた。


 4つ目の鳥だ。


 猛禽類の凛々しい顔に、獲物を狩ろうとする意思がある。


 獲物は、僕ら。


 その速さに、もはや逃げる間もない。


 と、その瞬間、


 シュッ


 ティアさんが腰ベルトに刺していた短剣を抜く。


 この間、ポポから買った短剣だ。


 彼女は、


「――はっ」


 短い刀身を光らせ、下から上に振り抜いた。


 輝く『魔刃』が放たれる。


 ザシュン


 手応えがあり、巨大な鳥は僕らの真横を通過する。


 数秒後、


(あ……)


 眼下の空中で、鳥の巨体が2つに割れた。


 真っ赤な血液と内臓を撒き散らしながら、遥か下方の森へと落ちていく。


 僕は、呆然とそれを見つめた。


 すると、


「ナイス、ティア」


 と、赤毛のお姉さんが笑った。


 ティアさんは息を吐き、短剣を鞘にしまう。


 僕に微笑み、


「驚きましたね」


「うん」


 僕は、素直に頷く。


 そんな僕らに、シュレイラさんが言う。


「意外と『空を飛ぶ』ってのも危なくてね。たまに、ああいうのに襲われるんだよ」


「…………」


「…………」


「ほら、あっち見な」


(?)


 言われた方を見る。


 遠くに、雲まで届く山脈がある。


 おや……?


 その山の近くに、何かが飛んでいる。


 2~3体はいるだろうか。


 目を凝らす僕らに、



「――飛竜さ」



 と、炎姫様。


 飛竜……。


 空を飛ぶ竜種の魔物。


 これだけの距離で、あの大きさに見えるなら、


(最低でも、体長30メードぐらい……?)


 と、震える。


 炎姫様は笑って、


「ああいうのもいるからさ。飛ぶ時は、意外と気をつけないといけないんだよ」


「…………」


「…………」


 そうなんだ……。


 僕とティアさんは、何となく顔を見合わせる。


 気軽に空の旅を頼んだけど、


(実は、大変なことをお願いしてたんだね……)


 今更、気づく僕でした。


 そんな僕らの表情に、シュレイラさん本人は楽しそうに笑っていたけどね。


 …………。


 …………。


 …………。


 そうして、僕らは空を飛ぶ。


 時に休憩を挟み、時に空の魔物を蹴散らしながら――。


 やがて、半日後。


 西の空が茜色に染まり始めた頃、


(あ……)


 眼下の草原の中に、巨大な都市が見えた。


 槍の速度が落ち、


「――さぁ、着いたよ」


 と、炎姫様が言う。


 アークライト王国の首都。


 去年の冬、出稼ぎでも訪れた王都アークレイに、僕らは本当に1日で辿り着いたんだ。

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