083・3人での薬草採取
女王様と話してから10日後、マパルト村に入村希望者が現れた。
(うん、おっしゃってた通りだね)
多分、僕らの護衛なのだと思う。
希望者は、男女2組で計4人。
経歴は、全員、元冒険者。
結婚を機に引退を決意し、知人の炎姫様の紹介もあり、彼女の暮らすこの村に来たそうな……。
(……本当かな?)
いや、多分、嘘かも。
見てると、言葉遣いや動作が礼儀正しい。
荒くれ者の多い冒険者っぽくない。
村の皆も、同じように感じたらしい。
すると、赤毛のお姉さんが、
「4人共、騎士崩れの冒険者だったのさ。ま、深く事情は聞かないでやっておくれよ」
と、付け加えるように言う。
それに、皆、納得。
同じく僕も、
(なるほど……本物の騎士様なのか)
と、心の中で頷いた。
本物の騎士様が『任務』で僕らの護衛のため、村に来てくれたようだ。
見ていると、
ニコッ
気づいた4人が微笑む。
僕も声に出さずに、
(お願いします)
ペコッ
と、軽く頭を下げた。
その様子に気づいた炎姫様は、小さく苦笑い。
そして、ティアさんは、
「ふむ……立ち姿の重心が安定していますね。目配りも良く、そこそこに腕も立つようです」
と、品定めするように頷いた。
(あはは……)
多分、現役の騎士様に『そこそこ』か。
元勇者様の目は厳しいね。
もしかしたら、ずっと身近にいる『炎龍殺しのお姉さん』が基準になってるのかな……?
…………。
まぁ、裏の事情はともかく。
実際、彼らの入村には、特に問題もなく。
村長も、若い4人を歓迎。
その日の夜には、村中で歓迎の宴を開いたりして、マパルト村は新しい入村者を迎え入れたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
数日後、僕は薬草採取に山に来ていた。
もちろん、ティアさんも一緒。
そして本日は、
「2人の仕事している姿を見るのは初めてだね。楽しみだよ」
と、笑う赤毛のお姉さんも同行していた。
いや、昨日、僕の家で一緒に食事をしている時に、急に『お前らと一緒に山に入ってもいいか?』って言いだしたんだ。
驚いたけど、断る理由もなかった。
なので、了承した。
ティアさんは少し不満そうだったけどね。
というか、
(今も同じ顔してる……)
山を登りながら、
「なぜ、この女まで……私とククリ君の時間なのに……」
ブツブツ
と、小さく呟いている。
この女――シュレイラさんは、苦笑する。
「別にいいじゃないか」
「…………」
「考えたら、2人が薬草集めるところ、アタシは見たことなかったからさ。1度ぐらい、見ておきたかったんだよ」
「はぁ」
「それに、ククリの未来の第2夫人として、知っとくべきだろ?」
「…………」
「な? 第1夫人様」
「……仕方ありませんね」
と、嘆息するティアさん。
でも、
(なんか、嬉しそう……?)
第1夫人と言われたからかな、その口元が少しにやけそうになっているような……?
赤毛のお姉さんも、にっこりだ。
う、う~ん。
僕、一夫多妻を受け入れたつもりないんだけど、
(なんか、外堀から埋められてる気がする……)
怖いなぁ。
あと、多分だけど、
(シュレイラさんが同行するのって、僕らの護衛目的だよね?)
帝国が何をしてくるかわからない。
もしかしたら、山で襲われる可能性もある。
だから、僕らの歩くルートを覚え、いざという時、すぐ駆けつけられるように下見しているのだろう。
だって、ほら、
キョロ キョロ
赤毛のお姉さんは、何度も周囲を確認してる。
表情は穏やか。
だけど、その目は真剣だ。
それは、前に廃坑の地図を覚えていた時と同じ眼差しだもの。
と、彼女が僕の視線に気づく。
目が合った僕は、
ニコッ
と、笑った。
シュレイラさんは、虚を衝かれた顔をする。
何かを察したのか、少し恥ずかしそうに笑い、
「何だい、ククリ?」
「ううん」
と、僕はとぼける。
そんな僕らに、ティアさんは不思議そうな顔だ。
…………。
そんな風にして、僕らは輝く太陽の下、3人で木々の葉の茂る山を登っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
木々の中、瑞々しい草葉があちこちに生えている。
僕は、視線を巡らせ、
(あ、あった)
「ティアさん、あれ」
「はい、ククリ君」
頷き、黒髪のお姉さんは僕の目線から見つけた薬草の方へ歩きだす。
しゃがみ、
サクッ
ナイフで丁寧に茎を刈る。
布袋に包み、荷物にしまう。
その一連の動きに、
「へぇ? 慣れたもんだね」
と、見ていたシュレイラさんは、感心したように金色の隻眼を丸くした。
僕も微笑み、頷く。
「ティアさんは、もう1人前の薬草採取人だよ」
「ふふっ、どうも」
戻ってくる黒髪のお姉さんは、少し嬉しそう。
それから、
「ククリ君に色々と教えて頂きましたから」
と、笑った。
(……うん)
でも、一生懸命、覚えようとしたのは彼女自身だ。
だから、僕も教えたし。
それを結実させたのは、彼女の努力だから。
(僕は、ただ手助けしただけ)
それだけなのだ。
僕とティアさんは、笑い合う。
赤毛のお姉さんは、その様子を眺めて、
「ふ~ん」
と、どこか羨ましそうな表情をしていた。
…………。
…………。
…………。
そのあとも、薬草採取を続ける。
サクッ
形見の短剣で、僕はまた1本、薬草を手に入れた。
サクッ サクッ
茂みにある薬草を、次々と。
ティアさんは、少し離れた茂みで同じように薬草を集めている。
(こんなものかな?)
よし、次の茂みへ行こう。
そう思った時、
「やっぱり、ククリの方が手慣れてるね」
(わっ?)
すぐ隣に、シュレイラさんの横顔があった。
しゃがんでいる僕の背中側から覆い被さるようにして、僕の手元を覗き込んでいる。
癖のある赤毛の長い髪が、サラリと僕の背中を撫でる。
女性らしい匂い。
あまりの距離の近さに、
ドキドキ
と、鼓動が早くなる。
その時、彼女の美貌が僕を見た。
ち、近い。
でも、気にせず、赤毛の美女は言う。
「なぁ、ククリ」
「う、うん?」
「これは、何の薬草なんだ?」
「え?」
「…………」
「あ、うん。これはクレミノ草だね」
「クレミノ?」
「うん。この葉の先端が2つに割れてるのが特徴で、胃腸の動きを活発にするんだよ」
「へぇ……」
彼女は、感心した顔だ。
その指が、他の薬草の入った布袋を示す。
「じゃあ、これは?」
「白根草。根っこが真っ白で、それを煎じて飲むと魔力の循環が良くなるって」
「ほぉん」
「他のも説明する?」
「ああ、せっかくだし聞こうか」
「うん、いいよ」
僕は笑った。
作業を中断し、今まで集めた13種類の薬草と効果を解説する。
まずは、白葉草、青葉草、ツツギ草、鈴房の草。
効果は、鎮痛、解熱、消炎。
この辺は、よく冒険者の使う傷薬の原料でもある。
風邪薬でも使うかな。
赤葉草、ミレト赤草。
効果は、解毒。
軽度の毒の症状を和らげる。
複数の解毒の薬草を組み合わせると、より高い効果が得られるんだ。
聖月草。
効果は、解呪。
魔力を含んだ薬草。
人に害をなす魔素を追い出すんだ。
紫葉草。
効果は、麻痺。
毒草でもある。
けど、用量、用法を間違えなければ、麻酔になる。
太陽の笹葉草。
効果は、滋養強壮。
栄養価が高い薬草。
血流も良くなり、美肌効果もあるとか。
桃房の汁草。
効果は、殺菌、消毒。
薬草の汁に、殺菌、洗浄効果がある。
石鹸、洗剤の原料だね。
癒しの黄大葉草。
効果は、疲労回復。
目の疲れ、内臓の疲れなどを緩和してくれる。
心肺機能や肝機能も回復させるから、二日酔いにも効くらしい。
…………。
と、まぁ、そんな感じかな。
僕の説明に、
「へぇ、二日酔いに効くのかい?」
と、赤毛のお姉さんは、最後に説明した薬草が1番興味深そうだ。
あらま……。
未成年の僕は、お酒は飲めないけど。
でも、村の大人は確かに、この薬草で作られる丸薬を飲んでる人が多いかも……。
(お酒かぁ)
あれも、精神安定薬の1つだよね。
不満、不安の緩和とか。
ま、飲み過ぎると毒になるけど、適量なら良薬だと思うよ。
ジッ
赤毛のお姉さんは、疲労回復の薬草が気に入った様子。
ずっと見ている。
僕は苦笑し、
キョロ
周囲を見る。
(えっと……あ、あった)
「同じ薬草、あそこに生えてるから、シュレイラさん、採取してみる?」
「お?」
彼女は、驚いた顔。
でも、すぐに1つ目を輝かせ、
「いいのかい?」
「うん」
「じゃ、やってみるか」
「うん。あとで煎じ方も教えてあげる。――はい、これ使って」
と、短剣を渡す。
受け取り、
「ありがとよ、ククリ」
と、笑うシュレイラさん。
一緒に薬草の生えている場所へと向かう。
彼女の横顔は、
ウキウキ
何だか楽しそうだ。
(…………)
僕も、父さん、母さんと初めて採取した時は、こんなだったかな。
つい、微笑ましく思う。
彼女は茂みの前でしゃがみ、
「これかい?」
「うん。茎の部分を、地面から指2本分の位置で斬って」
「おう」
サクッ
さすが、第1級冒険者。
刃物の扱いも上手く、綺麗に斬った。
僕に見せ、
「どうだい?」
「うん、いいと思う」
切り口も綺麗。
充分、合格だ。
「初めてなのに、凄く綺麗に採取できたと思うよ」
「はは、そうかい」
「うん」
「もしかして、薬草採取の才能あるのかもね、アタシ」
と、自慢げに笑う。
僕も、
「うん、そうかも」
と、笑顔で頷いた。
それに、シュレイラさんも嬉しそうである。
だけど、
「何を言ってるんですか」
と、呆れたような顔で、遠くから見ていたティアさんが呟いた。
彼女は、薬草片手に、
「斬るのは、誰でもできますよ」
「む……」
「むしろ大変なのは、これだけの草葉の中から『薬草』を発見することです」
「…………」
「見てください」
と、ティアさんは周囲を見回す。
赤毛のお姉さんも見る。
周囲には、木々の中、無数の植物が生え、重なり合っていた。
薬草集めの先輩は、言う。
「薬草とそれ以外、区別がつきますか?」
「…………」
「薬草は単価も低く、数を集めなければいけません。1つ1つ、長い時間をかけて探す余裕はないのですよ?」
「…………」
「しかも、納品時に雑草の葉が1枚混じっただけで、買い取り額は半分以下になりますからね」
「……そうなのかい?」
「そうですよ」
「…………」
「薬草採取は奥が深いのです。ククリ君の才能を、思い知りなさい」
「はい……」
ショボン
赤毛のお姉さんは、萎んでしまった。
逆に、ティアさんは「ふん」と鼻息荒く、
(あらら)
僕は、困ったように笑う。
それから僕は、再び薬草採取に戻る。
そして、今度はティアさんが、
「薬草の見分け方は、基本、葉の色と形が重要で――」
「ほうほう」
と、生えている薬草を見せながら、赤毛のお姉さんに見分け方を伝授していた。
でも……うん。
その姿は、
(何だか、楽しそうだ)
2人のお姉さんは、生き生きした表情でやり取りしている。
僕は、微笑む。
軽く腰を伸ばし、
「ん……」
見上げた木漏れ日の向こうには、青い空と太陽が眩しかった。
ご覧頂き、ありがとうございました。
ここで、少し申し訳ないお知らせです。
現在、月水金の週3回更新の『女勇者を拾った村人の少年』ですが、今週から月金の週2回更新にしたいと思います。
理由としまして、実は最近、執筆が追いつかず……(汗)。
少し更新ペースを落とさせて頂こうかなと思いました。
更新を楽しみにして下さる方には(い、いますよね?)申し訳ないのですが、どうかご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
また、いつも読んで下さる皆さんは、本当にありがとうございます!
これからも、ククリ達の物語を読んで、どうか少しでも楽しんで頂けたなら幸いです♪