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081・女王様の来訪

(え……女王様が来るの?)


 この村に……?


 僕は、唖然とする。


 気を取り直して、確認する。


「あの、僕らが行くんじゃなくて、女王様の方が来てくれるの?」


「そうだよ」


「…………」


「まぁ、アイツなりの誠意とけじめだろうさ」


「誠意とけじめ?」


 意味がわからない。


 ティアさんも「?」と綺麗な黒髪を揺らして小首をかしげている。


 女王様の友人の炎姫様は、苦笑した。


 そして表情を改め、


「この間、2人が『死の息吹』に襲われたことに、責任を感じてるんだよ」


 と、僕らを見つめた。


 あの事件に……責任?


 予想外の言葉に、僕は青い目を瞬いてしまう。


 ティアさんも驚いた顔だ。


 シュレイラさんは頷いて、


「アイツなりに、帝国が元勇者に対して動くことは想定してたんだよ」


「……うん」


「はぁ」


「けど、想定より早かった。しかも、襲撃誘拐なんていう直接的な手段で、警戒はしてたのに後手に回っちまったんだ」


「…………」


「そこに責任を?」


「ああ。結果、ティアだけじゃなく、本来、無関係の王国民のククリとポポまで危険に晒している」


「…………」


「…………」


「我らが女王様は計算高いけれど、別に薄情じゃないんだよ」


 と、炎姫様。


(そっか)


 僕は、納得する。


 女王様なりに、僕らを守るつもりだった。


 だけど、失敗した。


 ティアさん本人だけでなく、僕とポポまで危険な目に遭ってしまう。


(なるほど……)


 もちろん、それを申し訳なく思ったのもあると思う。


 だけど、多分それ以上に、女王様は、元勇者様の機嫌を損ねてしまうことを恐れたんじゃないかな……?


 僕は、その、恋人で、ポポは妹みたいな友人。


 特に、ポポは死にかけた。


 ティアさんが王国や女王様に不信や不満を抱いてもおかしくない。


 だからこそ、


(直接、出向いて……か)


 僕は何となく、そう事情を理解する。


 だけど、


「なんか、大事おおごとだね」


 と、呟いた。


 女王様が来るとなると、護衛とか警備とか色々大変だろう。


 道中のルート設定とか。


 安全な宿泊場所の確保とか。


 村長だって、きっと歓迎の準備が必要だろうし……。


 偉い人が動くと、周りも忙しくなる。


 そう思っていると、


「ああ、いや、今回は内密に来るんだよ」


「え?」


「そうなのですか?」


「女王も忙しいしね、1日しか空きの予定が作れない。だから、アタシが抱えて、王都と村の空を往復する予定なんだよ」


「……は?」


「おや、まぁ」


 僕は唖然、ティアさんも目を丸くする。


 え……空飛ぶの?


 女王様が?


(あれ、相当、怖いと思うけど……)


 いくら何でも、王族の移動手段としてはあまりに乱暴過ぎる気がする。


 だけど、女王様の友人は、


「ま、たまにはいい薬さ」


「…………」


「…………」


「それに、アイツなりにそれぐらい反省してるってことでね」


「……うん」


「はぁ」


「よし。じゃあ、話はまとまったってことで、明日はよろしく!」


 え……。


(明日なの!?)


 驚く僕らに、赤毛のお姉さんは楽しそうに笑う。


 そのあと彼女は、僕の家で、僕の作った手料理を食べる。


 そして同日の夜には、王都へと夜空に炎の翼を広げて飛び立っていった。


 …………。 


 そして、翌朝。


 早朝の青空に、炎の飛翔体が現れる。


 ボボォン


 火の粉が散る中、炎姫様の片足に手を回し、槍に腰かけるもう1人の人影が見えた。


(ああ……)


 遠目に、僕は確認する。


 麗しき金髪の女王様。


 僕らの王国の1番偉い人、クレアリス・ヴァン・アークライト陛下が、こんな田舎の村に本当におわしたのだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 村の広場に、炎姫様が着陸する。


 女王様も槍から降りて、


(え……?)


 僕は驚いた。


 その服装は、お城で見たようなドレス姿じゃない。


 長い金髪を結い上げ、動き易そうな長シャツと長ズボンに皮鎧、腰ベルトには細身剣レイピアを提げている。


 ――まるで冒険者だ。


 広場に、村人も集まってくる。


 炎姫様は、


「友人の冒険者、クレアだよ。今日は、アタシの家に遊びに連れて来たんだ」


 と、紹介した。


 女王様……もとい、クレアさんは、


「こんにちは」


 ニコッ


 優雅に微笑む。


(おお……)


 後光が差した感じ。


 村人も、自分たちとは違う気品を感じたようで驚いている。


 炎姫様は苦笑する。


 戸惑う村の人たちに、


「ま、訳アリの元貴族でね。詮索はなしだよ?」


 と、言う。


 村のみんな、顔を見合わせる。


 でも、皆、優しい人たちなので素直に頷いていた。


 そして、2人は僕らの方へ。


 間近で見ると、


(うん、本当に女王様だ……)


 変装しててもわかる。


 彼女は、


「こんにちは」


 と、表情を消して言った。


 僕も慌てて、


「こんにちは、じょ……クレアさん」


「どうも」


 ティアさんも会釈する。


 赤毛のお姉さんは笑うと、


「アタシの友人のクレアだ。紹介するから、2人もアタシの家に来なよ」


「あ、うん」


「はい」


「…………」


 他の村人に聞こえるように、僕らを誘う。


 僕らは頷く。


 そして4人で、まだ新しいシュレイラさんの家に向かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 新築の家だ。


 構造は、僕の家とほぼ同じ。


 ただ、家財道具は少なく、生活感もない。


 これは、シュレイラさんが冒険者活動で各地に行くため、たまにしか滞在しないからだ。


 あとは、


(いつも僕の家で、食事してるから……かな?)


 とも思う。


 家主のお姉さんは、


「ククリ、茶、淹れてくれよ」


「あ、うん」


 僕は頷き、


「シュレイラ」


 クレアさんが、女王様の声で窘める。


 僕は笑って「大丈夫です」と答える。


(ま、いつものことだしね)


 毎度の『薬草茶』を用意し、


 コト コト


「はい、どうぞ」


 と、居間のテーブルに、4つの湯呑みを置いた。


 炎姫様は、


「サンキュ~」


 と笑い、


「ありがとうございます、ククリ君」


 と、ティアさんは微笑む。


 女王様は、湯呑の湯面を見つめる。


(……?)


 あ、毒見とかしないと口にしないのかな?


 女王様だもんね。


 と、思ってたら、


 コト


 彼女は、静かに湯呑を持ち、お茶を飲む。


 息を吐き、


「……美味しい」


 と、呟いた。


 少し驚き、僕は笑う。


(よかった)


 女王様のお口に合うお茶を淹れられたなんて、我が家の誉れになるよ。


 僕も席に着き、お茶を飲む。


 ん……。


 いつもの味。


 だから、落ち着く。 


 そうして一息つく僕とティアさんを、女王様は見つめる。


 やがて、


「ティア、ククリ」


 と、僕らを呼ぶ。


 女王様らしい威厳のある声。


 僕はハッとし、姿勢を正す。


 黒髪のお姉さんも、紅い瞳で静かに女王様を見返した。


 女王様は、


「すまなかった」


 と、頭を下げた。


(う、わ……)


 王国で1番偉い人に、頭を下げられた。


 ただの村人の僕が……。


 確かに、謝罪のために来るとは聞いていたけれど、実際にされると焦りと戸惑いが生まれてしまう。


 ティアさんは、落ち着いた表情で。


 赤毛のお姉さんは、ただ静かに友人の行動を見ている。


 女王様は、頭を下げたまま言う。


「先の件は、わたくしの落ち度。完全な後手に回ってしまった」


「あ、えっと……」


「…………」


「今後、同じようなことが起きぬよう体制を強化し、お前たちの安全を確保できるように努める。それを、アークライト女王の名に置いて誓う」


「…………」


「…………」


「本当にすまなかった」


 謝るその声は、とても真摯で。


(ああ……) 


 女王様が本当に申し訳なさを感じていると伝わった。


 演技……?


 いや、そうは思えない。


 頭を下げる女王様の雰囲気と佇まいから、僕は確かに謝意を感じたんだ。


 ……計算高いけど、薄情な女じゃない。


 シュレイラさんも、そう言っていたっけ。


 僕は頷き、


「わかりました。謝罪を受け入れます」


 と、微笑んだ。


 ティアさんは、そんな僕をチラッと見る。


 そして、


「ククリ君が許すならば、私もその心に従いましょう」


「ティアさん」


「どうか、ククリ君に感謝を」


 女王様に告げる、黒髪のお姉さん。


 でも、静かな圧を感じる。


 女王様は顔をあげ、「そうだな」と頷いた。


「感謝する、ククリ」


 と、僕を見た。


(ひぁ……)


 本当にお礼を言われて、僕は内心、慌ててしまう。


 そんな僕に、


「今回の件、お前がいなければ、勇者は帝国に連れ去られていた可能性が高いだろう」


「…………」


「我が国にククリ、お前がいてよかった」 


「女王様……」


 驚く僕に、女王様は微笑んだ。


 年上の美女の微笑みは、本当に美しくて、少しドキッとしてしまった。


 僕は何も言えず、


 ペコッ


 思わず、頭を下げてしまう。


 それに、シュレイラさんはおかしそうに笑う。


 それから、


「しかし、帝国は本当に危険だね」


 と、呟いた。


(うん……確かに)


 手段も問わず、ティアさんを――元勇者を強引に確保しようとするなんて驚きだよ。


 女王様も頷いた。


「そうだな」


「…………」


「しかし、レオバルト皇帝は冷酷だが、有能だ」


「有能?」


「手段は問わぬ男だ。だが、それにより、魔王軍との戦いを早期に終わらせたのも事実だろう」


「!」


 僕は、ドキッとする。


 女王様の眼差しは、為政者のそれだった。


 情ではなく、利のみを見る目。


「大局を見れば、人類の被害は最も少なくなっている」


「…………」


「それが、の皇帝だ」


 淡々とした声には、敬意すら感じられる。


(でも……)


 その手段のせいで、勇者様は……昔のティアさんはどれほどの苦しみと悲しみを負ったか。


 到底、僕には受け入れられない。


 ギュッ


 思わず、両手を握る。


 ティアさんは何も言わず、ただ瞳を伏せている。


「だが――」


 女王様の声が続ける。



「――彼の皇帝は、もはやわたくしの敵だ」



(え……?)


 僕は、顔をあげる。


 女王様の表情は変わらない。


 けれど、


「あの者は、愛する我が王国の民を傷つけた。手段を問わぬならば……その報いも覚悟せねばならない」


 発する声には、冷たい怒気が宿る。


 女王様……。


 その姿に、僕は驚く。


 ティアさんも、少し驚いた表情だった。


 女王様は言う。


「今回の件、我が国は抗議を行う」


「…………」


「無論、帝国は認めないだろうが、各国が情報を探る中、耳目の良い国々は真実に気づくだろう」


「…………」


「すなわち、勇者の居場所に」


「!」


 僕は、青い目を見開く。


 女王様は頷き、


「勇者のいる王国と非道な帝国、各国はどちらの手を取るか……さて、見ものだな」


 と、美しく微笑んだ。


(うわぁ……)


 我がアークライト王国の女王様は、震えるほどに頼もしい。


 その友人の炎姫様は、


「くっくっ……やる気だねぇ」


 と、笑う。


 僕とティアさんは、顔を見合わせる。


 女王様は、


「ククリ、ティア」


「あ、はい」


「はい」


「お前たちが何かをする必要はない。今まで通りの暮らしをしていればいい」


「…………」


「…………」


「ただ――この王国で、な」


 と、優しく告げた。


 …………。


 王国に勇者がいる――公でなくとも、そこが重要なのだ。


(そっか……)


 世界における勇者様の重み。


 その存在感。


 それは僕が思う以上に、各国の偉い人たちには大きいモノなのだろう。


 僕は、隣を見る。


 黒髪の神秘的な美女は、静かな表情で話を聞いている。


 と、僕の視線に気づき、


「……?」


 ニコッ


 と、優しい姉のような表情で、僕に微笑みかけてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――これは美味だな」


 女王様は、驚いた顔をする。


 彼女の手には、僕の焼いたクッキーがあった。


 村周辺の山で採れた樹液のシロップを使い、果実のジャム、潰した煮豆や木の実を挟んだ物だ。


 まぁ、田舎の焼き菓子だね。


 パクッ


 僕も、1口。


(……ん、悪くない)


 数ヶ月前、お城でもらったお土産のクッキーほどじゃないけれど……。


 でも、よくできた方だと思う。


 シュレイラさんも、


「だろ? ククリの作る物は美味いんだ」


 と、笑う。


 女王様も頷き、


「そうだな。宮廷料理人の菓子の方が複雑で繊細な味かもしれぬ。だが、これの味は、どこか懐かしく感じる」


「ああ」


「不思議……だな」


「それがククリの味さ」


 自慢げな赤毛のお姉さん。


 それに、ティアさんも『うんうん』と訳知り顔で頷いている。


(……えっと)


 そこまで言われると、少し恥ずかしいぞ。


 僕は、コホンと咳払い。


 それから、


「お口に合ったのなら、よかったです」


 と、笑った。


 女王様は、蒼い瞳を細める。


 と、食べる手を止め、


「ククリ、ティア」


「あ、はい」


「?」


「お前たちに今後の話を少ししておこう」


「今後?」


「…………」


「我が国と帝国の間には、複数の国がある。ゆえに直接的な戦闘は起きないが、裏の暗躍が激しくなる」


「裏……」


「…………」


 つまり、諜報とか暗殺とかだ。


 僕は頷く。


 女王様も頷き、


「相手は大国。だが、地の利はこちらにある」


「はい」


「…………」


「小国だが、我が国にも暗部組織は存在する。今回は後れを取ったが、警戒を強めた今後は、充分、対処可能なはずだ」


「はい」


「そうですか」


「また、村にも新たな入村者が来るだろう」


「入村者……」


「ほう?」


 要するに、僕らの護衛だね。


 そうした人員を配置すると、女王様は仰せなのだ。


 僕は頷く。


「わかりました」


「ああ」


 女王様も頷く。


 すると、彼女は小さく微笑み、


「本当に、聡い童だ」


 と、呟いた。


 僕は、目を瞬く。


 友人の言葉に、シュレイラさんも「だろ?」と笑う。


(えと……)


 少々、困惑。


 と、そんな僕の頭を、


 ポン ポン


 赤毛のお姉さんの手が軽く叩く。


「まぁ、村にはアタシもいるからさ。そんな心配しなくてもいいぞ、ククリ」


「あ、うん」


 頼もしい炎姫様。


 と、その時、


 ペチッ


 横から伸びた白い手が、炎姫様の手を軽く弾いた。


(え?)


 少し驚く。


 見れば、黒髪のお姉さんが彼女を軽く睨んでいた。


 そして、僕を見て、



「――ククリ君は私が、このティアが守ります」



 と、宣言する。


 熱い眼差しと声。


 僕は、少しドキッとする。


 炎姫様は驚き、女王様も少し目を丸くしている。


 僕は頷き、


「うん、ティアさん」


 と、笑った。


 ティアさんも少し赤くなりながらはにかみ、


「はい、ククリ君」


 キュッ


 僕の手を握る。


 彼女の向けてくれる愛情が、本当に嬉しい。


 そんな僕らに、シュレイラさんは「やれやれ、妬けるねぇ」と苦笑していた。


 女王様の蒼い瞳も、僕らを見つめる。


 やがて、


「勇者……いや、ティアよ」


「はい」


「お前に、1つ訪ねたいことがある」


「何でしょう?」


 黒髪をサラリと揺らし、ティアさんは首をかしげた。


 女王様は、


(……?)


 でも、すぐに質問しない。


 どうしたのだろう?


 少しだけ、神妙な空気が流れている。


 と、友人の炎姫様が何かに気づいた顔をする。


「あの件かい?」


「ああ」


 頷く女王様。


 あの件……?


 僕とティアさんは怪訝な顔になる。


 そして、女王様は何か意を決した表情になった。


 その唇が動き、



「――ティア、お前は『魔王の娘』という存在を知っているか?」

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