080・第2夫人
僕らが村に帰ってから、15日目の昼、
ボボォン
炎の翼を灯した槍に乗り、青い空から炎姫様が舞い降りてきた。
周囲に火の粉が散る。
(派手な帰りだなぁ)
と、思いつつ、出迎えに。
村のみんなも集まる広場に、彼女は着陸する。
「よ、ただいまっ」
と、快活な笑顔。
村人もつられて、
「おう、おかえり、炎姫様」
「シュレイラどんが帰って来ると、すぐわかるべ」
「んだな」
「空が明るいべ」
「な」
「しかし相変わらず、かっけえべ」
「美人が村にいるのは、歓迎だ」
「そだな」
「わはは」
なんて明るい空気で迎えている。
(あはは)
僕も笑う。
皆の様子でわかるように、村で暮らした時間は少ないけど、彼女はすっかり受け入れられていた。
やっぱり、その人柄かな?
パチン パチン
村人と手を叩き合わせたりしながら、彼女はこちらへ。
「よ、ククリ、ティア」
と、僕らに片手を上げる。
僕らも笑い、
「うん、おかえり」
「おかえりなさい、シュレイラ」
と、手を上げると、
パチチン
彼女に笑顔で叩かれた。
手のひらが痛く、熱い。
でも、炎姫と呼ばれる彼女のエネルギーをもらった感じで、意外と心地良い。
僕は聞く。
「ポポは、無事に王都へ?」
「ああ、ちゃんと送り届けたよ」
「そっか、ありがと」
「何で、ククリが礼を言うんだい」
「……何となく?」
「ふはっ、全く、ククリはククリだね」
彼女は苦笑し、
クシャクシャ
その手で、僕の髪を少し乱暴に撫で回す。
(うわわ)
少しびっくり。
赤毛のお姉さんは笑い、それから、思い出すように金色の瞳を細める。
「アイツはいい商人だね」
「え?」
「道中の村々では、例の『虹煌魚』を安く売ってたんだ。滅多に食べられない魚だから、村人は皆、喜んでたよ」
「…………」
「逆に、金持ちの多い王都では高値を吹っ掛けててね。正しい売り方だよ」
「…………」
「本来、商売ってのは、人を笑顔にするためにある。その本質をよくわかってるね、あの娘は」
「そっか」
あの少女が褒められて、僕も嬉しい。
ティアさんも微笑み、
「将来が楽しみな子ですね」
と、頷く。
シュレイラさんも笑った。
それから、
「あとね、ティア、ククリ。お前たちに話があるんだ」
「え?」
「話、ですか?」
「ああ。今から家に行ってもいいかい?」
と、聞かれる。
表情は、少しだけ真剣で。
(何だろう?)
と、少し気になる。
ティアさんも、その内容を気にした様子だ。
ま、いいか。
「うん、わかった」
「ああ」
「実は、僕らからも話しときたいことがあったし」
「おや、そうなのかい?」
「うん」
僕は頷く。
話しておきたいこと。
その意味に気づいて、黒髪のお姉さんは「あ……」と呟く。
その美貌が少し赤くなる。
(…………)
その反応を見てると、僕も恥ずかしくなってくる。
僕らの様子に、
「???」
と、炎姫様は豊かな赤毛を揺らして、首をかしげていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――婚約ぅ!?」
僕らの報告に、彼女は隻眼の目を丸くした。
僕は「う、うん」と頷く。
そこまで大きく反応されると、少し照れ臭い。
でも、僕と並んで座るティアさんは、むしろ誇らしげな、自慢げな表情だった。
大きな胸を張っている。
そんな僕らを交互に見て、
「アタシがいない間に、何があったんだい……?」
「えっと」
「ふふっ、それは、私とククリ君だけの秘密です」
微笑み、答えるティアさん。
その笑みは、少し艶っぽい。
そんな彼女に、赤毛のお姉さんは苦笑し、
「はっ、そうかい」
「はい」
「まぁ、何となく予感はしてたし、いいんじゃないか。とりあえず、おめでとさん」
と、祝福してくれる。
僕は「ありがと」と照れ笑い。
ティアさんも「どうも」と微笑み、会釈する。
そして炎姫様は、
「――ま、アタシは2番目でいいしさ」
と、続けた。
(……はい?)
僕は、キョトン。
ティアさんは「は?」と紅い目を細めた。
シュレイラさんは肩を竦め、
「お前たちの邪魔はしないよ。第2夫人の弁えって奴だね」
「第2夫人って……」
「ほう……?」
「ククリは優良物件だからさ。頭は切れるし、しっかり者だし、将来性もあるし、アタシだっておこぼれに預かりたいさ」
「いや、あの」
「なるほど、よくわかっていますね」
頷く、ティアさん。
その表情は納得顔で、
(え……)
ティアさん、一夫多妻の許容派なの?
その事実に、僕は驚く。
でも、
(あ……そうか)
と、思い出す。
勇者様は、元々、帝国貴族のご令嬢だったとか。
つまり、貴族的価値観が根本にある。
家の存続が第一の貴族は、一夫多妻も当然。
記憶をなくしても、その本質は変わらないから許容しちゃうのか。
(……そっかぁ)
実は、法的にも問題ない。
でも、平民、村人の僕らは、一夫一妻が基本だ。
裕福な大商人とか、実力のある冒険者とか、経済的に余裕がある人だと、平民でも一夫多妻、多夫一妻もあるらしいけど……。
なので、彼女らの様子に、僕はただ困惑だ。
お姉さんたちは、
「ククリ君の優先権は、まず私ですよ」
「わかってるって」
「なら、結構」
「けど、たまには3人でってのもアリじゃないかい?」
「それは……そういうのは、まだ」
「おや、何だい? ティアはそっち方面の経験、ないのかい?」
「…………」
「ああ、いいよいいよ。第2夫人として、色々やり方教えてやるよ」
「……わかりました」
「ま、ククリを喜ばせてやんな」
「はい」
なんて会話をする。
(いやいや)
お姉さんたち2人とも、何だか話が飛躍し過ぎじゃないですか?
僕は言う。
「あの、ですね」
「ん?」
「ククリ君?」
「その、そういう一夫多妻って、お金がないと難しいんです」
「…………」
「はい」
「だから、僕の稼ぎでは無理です」
と、断言する。
だって……僕、ただの村人だよ。
2人も奥さん養えるほどの稼ぎなんて、さすがに無理だよ。
ちょっと情けないけど……。
でも、2人を不幸にしたくないので、はっきり伝える。
ティアさんは、
「そうですか」
と、優しく微笑んだ。
僕の考えや判断を、彼女はいつも尊重してくれる。
だけど、
「何言ってんだい、ククリ」
と、炎姫様。
その表情は、少し呆れ顔だ。
(……え?)
困惑する僕に、
「アンタ、結構、稼いでるじゃないか」
「は……?」
「そうだね。アタシからの話す内容の1つでもあったんだけどさ」
「…………」
「白蛸の討伐報酬と魔石の換金額、それぞれ1000万と500万になったんだ。その3分の2、1000万を2人の冒険者ギルドの口座に入れといたよ」
「1000万って……」
え……何、その金額?
(本当に?)
僕、ただ1度、魔法の矢を射ただけなのに……?
僕は唖然。
ティアさんも「まぁ」と口に手を当て、驚いている。
炎姫様は続ける。
「あと、『死の息吹』の件でね」
「あ、うん」
「王国に害をなす敵国の間諜を排除した報酬も、お国から出るんだよ」
「え……」
「1人300万」
「…………」
「ティアと2人で600万か。こっちも後日、送金される手筈だよ」
と、笑顔の報告。
(…………)
僕は、言葉もありません。
そんな僕に、
「凄いですね、ククリ君」
と、黒髪のお姉さんは、嬉しそうに微笑んだ。
僕は、
「そ、だね」
と、曖昧に笑い返す。
なんか最近、報酬額がおかしい。
出稼ぎの時も、思った以上にお金が入ってきた。
ティアさんと出会ってから、本当に幸運が舞い込んで、何だか恐ろしいぐらいだ。
(……まさか)
勇者の加護?
勇者は、太陽と月の女神様に愛された存在だから。
だから、そういう感じで……?
思わず、隣の黒髪のお姉さんの美貌を見つめてしまう。
彼女は、
「?」
と、微笑んだまま、僕の視線に不思議そうだ。
そんな僕らに、
「あとね」
「……うん」
「仮に、ククリが経済的に大変でも、アタシが稼ぐからさ」
「…………」
「だから、問題ないよ」
ニカッ
白い歯を見せて笑う、王国で1番稼ぐ冒険者様。
(…………)
そうですか。
なんか、少しずつ外堀を埋められている感じ。
炎姫様の言葉に、ティアさんも「なるほど」と納得したように頷いているし。
ま、まぁ、いっか。
(今は、そこまで考えるのは後回しだ)
僕個人としては、ティアさん1人のことで手いっぱい。
まずは、
(彼女を幸せにしたい)
そんな気持ちだから。
僕は、息を吐く。
顔をあげ、
「えっと、その話はまた今度で……」
「ん?」
「それより、シュレイラさんの僕らへの話って何かな?」
と、話題を変える。
赤毛のお姉さんは、その意図に気づいたようで、
「ああ、そうだね」
と、苦笑しながら頷いた。
(ほっ)
僕は、少し安堵する。
そして、シュレイラさんは表情を改めた。
僕らも、居住まいを正す。
金色の隻眼が僕らを見つめ、
「実はね、今回の報告を聞いた女王から伝言があってね」
「伝言……」
「ですか?」
「ああ。レオパルド帝国の動き、現状の各国との関係、それと魔王軍の残党に関して、2人と話がしたいんだと」
と、炎姫様。
僕らは少し驚き、頷く。
僕らの様子を確認し、赤毛のお姉さんも頷いた。
そして、続けて言う。
「――でね? 女王の奴、来週、直々に、この村まで2人に会いに来るってさ」
ご覧頂き、ありがとうございました。
次回更新は、5月14日水曜日になります。どうぞよろしくお願いします。