007・行商人
月2回、マパルト村には行商人が来る。
それは――村にとって大事な日なんだ。
行商人との取引で、現金収入が得られる貴重な機会であり、村では手に入らない商品も買える日だから。
村からは、動植物の素材を売る。
例えば、動物の肉や骨、牙、毛皮など。
他にも、山菜、木材、畑の野菜……もちろん、僕の薬草も。
ちなみに薬草は、町の方で、各種の薬や魔法薬の原料、料理や健康食品の食材などになるらしい。
(ちゃんと人の役に立ってるなら、嬉しいな)
と、思う。
行商人の売る商品は、様々だ。
包丁、鍋、農具などの金属用品とか。
生活に必須の『魔石』類とか。
都会の珍しい食材や調味料なんかは、たまに僕も買ったりする。
他にも、嗜好品、雑貨など。
とにかく、色々な品が販売されるのだ。
だから、行商人が来る日は、村はお祭りみたいで。
もう、村人総出で賑わうんだ。
で、
「あ、来たよ」
本日、マパルト村に行商の馬車が到着した。
それは、僕がティアさんに『行商人がもうすぐ来るよ』と話した3日後のことだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……凄い人出ですね」
ティアさんは、目を丸くする。
僕らの目の前では、約200人の村人が村の広場に集まっていた。
その中心にいるのは、3台の馬車。
そこで、4~5人ほどの行商人が商品を広げていた。
僕は頷き、
「みんな、この日を楽しみにしてるからね」
と、笑った。
ティアさんは、僕を見る。
「ククリ君も?」
「うん」
素直に頷く。
「都会の新しい調理器具とか、見るだけでも楽しいよ」
「なるほど」
「だから――はい、これ」
「え?」
チャリン
僕は、彼女の手にお金を落とした。
驚いたように、手の中の硬貨を見つめるお姉さん。
僕は笑って、
「いつも薬草集め、お疲れ様。そのお給金です」
「そんな……」
「これで好きな物、買っていいからね」
「…………」
彼女は、首を振る。
綺麗な黒髪も、サラサラ揺れて、
「受け取れません」
「え?」
「私は、ククリ君の家に押しかけて、迷惑ばかりかけているのに、こんな……ここまでして頂くなんて」
「…………」
ペチッ
お姉さんのおでこを、僕はチョップ。
彼女は驚いて、額を押さえる。
僕は言う。
「迷惑なんて思ったこと、1度もないよ?」
「…………」
「ティアさんのおかげで、薬草の採取量も増えてるし、家事の負担も減ってる。むしろ、正当な対価です」
「……ですが」
「それに、さ」
「…………」
「ティアさんと暮らせて、僕、毎日が楽しくなったから」
「ククリ、君……」
「だから、ありがとうって……ね?」
と、伝えた。
少し恥ずかしい。
でも、正直な気持ちです。
そんな僕を、ティアさんの紅い瞳はジッと見つめた。
ギュッ
(わっ?)
突然、抱きしめられた。
すぐに離され、
「ありがとうございます、ククリ君」
「う、うん」
「では、お言葉に甘えて、少し品物を見てきますね」
「うん」
僕は頷く。
彼女は、行商の方に歩きだす。
ピタッ
と、途中で止まり、
「……ククリ君に出会えて、私は本当に幸せでした」
と、呟く。
後ろ姿なので、表情は見えない。
でも、黒髪から覗く耳は、真っ赤だった。
そのまま、そのお姉さんは人混みの中に行ってしまう。
(…………)
僕は、少し立ち尽くす。
ポリポリ
やがて、頬を指でかく。
今は秋だけど……なんか、うん、今日は暑いや。
◇◇◇◇◇◇◇
現在、広場は混雑中だ。
それを眺めて、
(う~ん、もう少し空いてから行こ)
と、僕は少し離れていた。
身体が小さいから、人混みの中にいると潰されちゃうんだよね。
早く大人になりたいよ。
なんて思っていると、
「お、ククリやん」
(ん?)
不意に、横から声をかけられた。
誰だろう?
と振り返り、
「あ、ジムさん」
「毎度~」
そこにいたのは、金髪碧眼の青年。
行商人のジムさんだ。
行商人としては若く、まだ20代前半。
情報通で、将来、王都に店を構えたいっていうお兄さん。
毎回、僕の摘んだ薬草を買取してくれる行商人さんなので、顔馴染みになったんだ。
僕も「まいど~」と笑う。
「今回も薬草、買い取ったで」
「そっか、ありがと」
「あとで、村長に金、もらっとき」
「うん」
「んで、なんや?」
「うん?」
「さっきの黒髪のお姉ちゃん、偉い美人さんやないか。仲良さそうやったけど、誰や?」
と、彼は聞く。
(ああ、うん)
見られてたんだ?
美人なティアさんは、目立つもんね。
そりゃ、気になるか。
僕は頷き、
「あの人とは、今、一緒に暮らしてるんだ」
「何やとぉ!?」
「わっ?」
「よ、嫁か? ククリ! 俺より先に、嫁もらったんか!?」
ガクガク
襟を掴まれ、揺らされる。
(わ、わわ?)
ジムさん、涙目だ。
僕は、慌てて、
「ち、違うよ。ちょっと事情があってね」
と、その事情を説明する。
…………。
全てを聞き終え、
「はぁ~、記憶喪失? そいつは難儀な話やなぁ」
と、お兄さんは唖然とした。
僕は「うん」と頷く。
「記憶、戻るといいんだけどね」
「そやな」
「うん」
「しかし、ククリも人がええなぁ?」
「え?」
「ある意味、そんな面倒な女を家で面倒見ることにしたんやろ?」
「面倒じゃないけど……うん」
「かぁ~っ、やっぱあれか? 美人か、美人のお姉ちゃんだからか!?」
「…………」
う~ん?
(否定はできない……かも?)
ティアさんとの同居で、ドキドキしてるのは本当だし……。
だけど、
「困ってる人いたら助けるの、普通じゃない?」
と、僕は首をかしげた。
ジムさんは、
「うぐっ」
と、自分の胸を押さえる。
「うぅ……ククリ見てると、捻くれた心の自分が嫌になるわ」
「???」
「ちくひょう、あのお姉ちゃんと幸せにな!」
「あ、ありがとう?」
時々、ジムさんの勢いについていけない。
(ま、いいか)
僕は、気を取り直す。
そして、
「ジムさん、少しいい?」
「ん? 何や?」
「ジムさんって、行商でこの地域の町や村を回ってるよね?」
「おう、せやな」
「うん。なら、そこで最近、行方不明の女の人の話って聞いたことある?」
と、訊ねた。
彼も、表情を正す。
「あの姉ちゃんか?」
「うん」
「う~ん、残念やけど、聞かんなぁ」
「……そう」
「魔王が生きてた3年前までは、それなりにおったけどな。けど最近は魔物も減ったし、そういう話はほとんど聞かんくなったなぁ」
「そっか」
僕は、落胆する。
だけど、少し安心もしていた。
まだ、ティアさんと一緒にいられる……って。
うわ……、
(最低だ、僕)
自分本位な考えに、情けなくなる。
……ごめんね、ティアさん。
肩を落としていると、
「あ、でもな」
と、ジムさん。
僕は顔をあげる。
彼は思い出したように、
「つい先月やけど、その魔王を倒した勇者様本人がなんや行方不明になったらしいわ」
と、教えてくれた。
(え……?)
勇者様が……?