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078・ティアの告白

 ティアさんは、寂しがり屋だ。


 冬の出稼ぎ中、王都では宿の同室で過ごしていた。


 だから、春に帰村しての数日間は、彼女に頼まれて、僕の部屋で一緒に眠ったこともある。


 もちろん、ベッドは別だった。


 だけど、今夜は、


「ククリ君……」


 ギシッ


 なぜか同じベッドで、黒髪のお姉さんが寝ている。


(…………)


 えっと……何で?


 暗い室内で、彼女の吐息が聞こえる。 


 甘やかな匂いもわかる。


 近いのだ。


 距離が。


 ドクン ドクン


 鼓動が早い。


(お、落ち着け、僕)


 旅の帰路、色々あったし、ティアさんも心寂しいのだ。


 うん、それだけ。


 それだけだ。


 僕は、自分に言い聞かせ、


 ギュッ


(!?)


 突然、彼女が僕を背中側から抱き締めた。


 弾力のある大きな胸が、僕の背中で潰れる。


 その白い両手が、僕のお腹を押さえ、彼女の方へと引き寄せられる。


 肌が密着する。


 う……熱い。


 長く綺麗な黒髪がサラサラと僕の首を撫で、耳元には甘い吐息がかかる。


 僕は、硬直。


 数秒して、ようやく口が動く。


「テ、ティアさん?」


「…………」


「あの……」


「…………」


「…………」


「ごめんなさい」


「え……?」


 突然の謝罪に、僕は驚く。


 僕からは見えない彼女は、その鼻先を僕の茶色い髪に押しつける。


 呼吸を感じる。


 彼女の微笑む気配がして、


「ククリ君は……お日様みたいな匂いがしますね」


「…………」


「その太陽のような輝きに、私は何度助けられたことか……本当に数え切れません」


「そ、そう……」


「…………」


「…………」


「ククリ君」


「うん」


「この間は、キスしてしまってごめんなさい」


「え……」


 再びの謝罪。


 ギュッ


 僕を抱く腕に、力がこもる。


 彼女の肌が、また熱くなった気がする。


 そして、綺麗な声がする。


「ですが、あれが私の本心です」


「…………」


「記憶もなく、得体のしれない女を、ククリ君は受け入れてくれた。世間知らずで、何もできない私のような女を」


「…………」


「ずっと一緒に暮らして、助けてくれて……」


「…………」


「私は、ククリ君のことを弟のように、家族のように思っています」


「……うん」


「ですが、同じように……1人の異性としても見ているのです」


「…………」


 その告白に、ドキッとした。


 僕も……。


 僕だって……いつの間にか。


 彼女は言う。


「いやらしい女で、ごめんなさい」


「…………」


「それでも、私は……ククリ君が好きなんです」


「……っ」


 思わず、震える。


 彼女の腕がほどけ、僕は、身体を反転させる。


 目の前に、白い美貌がある。


 まるで女神様のように完璧な、人形のように整った顔立ちがそこにある。


 だけど、今、そこに浮かぶ表情は泣きそうなほど真剣で、その紅い瞳には不安の色が揺れていて……。


 僕は、思わず魅入ってしまう。


 そんな僕に、彼女は唇を動かし、震える声で言う。


「私の手は、血に濡れています」


「…………」


「勇者として多くの魔物の命を狩り、それ以上に、多くの人の命を助け切れずに死なせていて……」


「…………」


「その記憶も不完全なままに、それでも尚、自分は生きようとしている女です。……とても醜く、浅ましい女です」


「ティア、さん」


 泣きそうな表情に、僕は言葉を失う。


 言わなきゃ……。


 そう思う。


 でも、すぐに声が出ない。


 代わりに、彼女が淡く微笑み、


「私はククリ君よりずっと年上で、戦うことしか取り柄がありません」


「…………」


「それでも……」


 その紅い瞳は、僕を見つめる。



「――ククリ君は、私を1人の女として受け入れてくれますか?」



 静かな声。


 でも、内側に熱がある。


 ああ……。


 綺麗だ……と思った。


 その美貌は、悲しげで、清廉で、でも、瞳の奥に何かの覚悟が見える。


(…………)


 もしかしたら……?


 僕の答え次第で、彼女は、この家を出て暮らすつもりかもしれない。


 そんな気がした。


 ドクン


 その想像に、胸が痛む。


 同時に、自分の心の中が見えた気がした。


 ギシッ


 僕は、身体を起こす。


 ティアさんも同じように、長い黒髪をこぼしながらベッドの上に座り直す。


 窓からの月明かり。


 その淡く青白い光の中、2人で見つめ合う。


 僕は、両手を伸ばし、


 スッ


 彼女の白い頬の左右に、優しく指を添えた。


 ティアさんは、動かない。


 その瞳は、真っ直ぐに僕を見ている。


 僕は、微笑んだ。


 顔を近づけ、



 チュッ



 彼女の唇に、自分の唇を軽く押しつけた。


 柔らかな弾力。


 少し濡れたような唇を感じながら、優しい羽根のようなキスをし続ける。


 1秒、2秒。


 3秒ほどで、ゆっくりと顔を離した。


「…………」


 ティアさんは、僕を見ている。


 その視線を見つめ返して、



「――僕も、ティアさんが好きだよ」



 僕は、自分の思いを伝える。


 姉のように、家族のように感じているのも本当で……。


 でも、



「――1人の女性として、僕も、ティアさんが好きです」



 それも、本当の気持ち。


 僕の答えに、彼女は何も言わなかった。


 ただ、


 ポロ……


 表情も変わらぬまま、その瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。


 止まらず、静かに。


 ティアさんは泣いた。


 その頬に涙を流しながら、やがて、表情が崩れる。


「ククリ君……っ」


 ギュッ


 強く抱き締められる。


 僕は「うん」と頷き、その背中に両手を回した。


 思いを伝えるように、力を込める。


 しばしの抱擁。


 やがて、身体が離れる。


 僕らは再び、見つめ合う。


 お互いの瞳の中に、確かな思いを見つけ、一緒に微笑む。


 どちらからともなく、顔を近づけて、


「ん……」


(んっ)


 淡い月光の中、僕らはもう1度、心と唇を重ねるキスをした。

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