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077・落ち着かない2人

 次の日の朝、僕らは宿場村を出発した。


 天気もよく、空は快晴。


 本日の御者席も、シュレイラさんが担当し、僕とティアさんとポポの3人は荷台に座る。


 外は、山間の草原だ。


 大小の岩があちこちに転がる。


 ゴトゴト


 街道にも小石が転がり、振動がある。


 その時、


 ゴットン


(わっ?)


 大き目の石を踏んだのか、車体が大きく揺れた。


 つんのめり、


 ポフッ


 隣のティアさんの胸に、僕は顔面を突っ込むように倒れてしまう。


 彼女は驚いた顔。


「だ、大丈夫ですか?」


「う、うん。ごめん」


 僕は赤くなりながら、慌てて身体を起こす。


 見れば、彼女の白い頬もほんのりと赤くて、 


 ガッコン


(ほわっ?)


「きゃっ?」


 再びの振動で、今度はティアさんの方が僕の胸に飛び込んできた。


 慌てて受け止める。


 ムギュッ


 大きな胸が押しつけられ、僕のお腹で潰れる。


 長く綺麗な黒髪も舞い、僕の腕をサラサラと流れ、フワリと甘やかな匂いがした。


 触れ合う肌は、とても熱い。


(――――)


 なぜか、動けない。


 黒髪を散らして、ティアさんは慌てて身体を離した。


「ご、ごめんなさい!」


「う、ううん」


 謝るお姉さんに、僕も首を振る。


 ティアさんは、耳まで真っ赤だ。


 黒髪の頭の上からは、湯気がシュウウ……と、立ち昇っている感じ。


 目は潤み、泣きそうな表情に見える。


(あ、う……えっと……)


 僕は困った。


 そんなティアさんが、妙に可愛く見えて……。


 ど、どうする?


 何をすべきか、言うべきか、わからない。


「…………」


「…………」


 無言のまま、お互い俯く。


 僕らは、微妙な距離で座る。


 離れたいような、離れたくないような、不思議な気持ちで落ち着かない。


 視線をあげ、


(あ)


「あ……」


 ちょうどティアさんもこちらを見て、目が合ってしまった。


 再び、赤面。


 バッ


 お互い、視線を外す。


 か、顔が熱い。


(ん……?)


 その時、そんな僕らに、満足そうにニマニマしている少女に気づいた。


 彼女は声を出さず、口を動かす。


『がんばっ!』


 ギュッ


 そして、両手を握る。


(…………)


 い、いや、何をだよ……っ?



 ◇◇◇◇◇◇◇



 帰路の旅も3日目だ。


 今日からは、体調も落ち着いたポポが御者席に戻っていた。


 代わりに、シュレイラさんが荷台にいる。


(…………)


 僕の前では、2人のお姉さんが、昨日の宿屋の食事のことなど他愛もない話をしていた。


 ティアさんも笑顔だ。


 うん……。


 4人や3人で話している時は、お互い普通でいられる。


 だけど、ふと2人きりになる時間とか、相手を意識してしまう瞬間に、なぜか緊張し、何を喋ればいいかわからなくなってしまう。


 それは、彼女も同じ感じで……。


(あ……)


 今も、彼女の目線が偶然、僕を見た。


 目が合った瞬間、美貌が固まる。


 半開きの口のまま、その頬だけがゆっくりと赤く染まった。


 う……。


 熱が伝染したように、僕の顔も熱くなる。


「ティア?」


 赤毛のお姉さんが、怪訝そうに名を呼ぶ。


 ティアさんは、


「い、いえ、何でも」


 フルフル


 美しい黒髪を散らして、首を左右に振る。


 僕から視線を外して、けれど無意識なのか、チラ、チラ……と何度もこちらを見ては、「あ……」とか「う……」と赤面する。


 その反応に、僕も困ってしまう。


 さすがに、シュレイラさんも気づく。


 僕らを交互に見て、


「2人とも、どうしたんだい?」


「…………」


「…………」


 だけど、何と答えていいのか、僕ら自身もわからない。


 嫌じゃない。


 でも、落ち着かない。


 そんな感じで……結局、何とか誤魔化し、取り繕う。 


 赤毛のお姉さんは、若干、不思議そうだったけれど、深くは追求して来なかった。


 御者席では、


「うんうん♪」


 なぜか、訳知り顔で頷く少女。


 …………。


 そんな風にして、僕らは旅の期間を過ごす。


 そして、7日目。


 風景は見知ったものになり、懐かしい山々が広がる。


 そうした山々の街道を登り、やがて、僕らを乗せた幌馬車はマパルト村へと到着したんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「本当にいいの、ポポ?」


「ええ、出発前に約束したじゃない」


 僕の確認に、少女は笑う。


 村に帰った僕らは、ここでお別れだ。


 僕とティアさんは村に残り、見習い商人のポポは、王都へと向かいながら途中の各村で行商を行う。


 シュレイラさんは、ポポに同行する。


 彼女の護衛と、


「今回の件、女王アイツに報告しないとね」


 との理由だ。


 もちろん、炎姫様は空を飛べる。


 だけど、少女と同じ幌馬車で行くのは、彼女の優しさと責任感ゆえだろう。


(うん、世話好きな姐御さんだ)


 僕は、心の中でほっこりする。


 …………。


 ま、それは置いといて。


 そうして別れる僕らに、見習い商人の少女は『虹煌魚』を5尾、売ってくれた。


 しかも、1尾5000リオン。


 仕入れ価格そのままで。


 本来は、7~8000リオンが相場らしい。


 だけど、白蛸討伐した炎姫様の仲間の商人として、安く売ってもらえたんだ。


 ありがたいよね。


 そして、その売値は3万~5万リオンだとか。


 しかも、ティアさんの氷魔法で凍結させたため、通常の冷凍品よりも状態がいいらしい。


 見習い商人の少女曰く、


「王都の目利きな料理店のなら、7万ぐらいで売れると思うわ」


 だって。


 凄いよね?


 そんな『虹煌魚』を、この少女は5000リオンで5尾も僕らに譲ってくれると言う。


(大損じゃんか)


 と、心配になる。


 確かに、旅に出る前、『仕入れ価格で譲る』って言ってくれたけど……。


 そんな僕に、


「商人は信用が大事! 約束は必ず守るわ」


 と、彼女は笑うのだ。


(ポポ……)


 そんな少女に、炎姫様も、


「いいね、よく言った」


 パチン


 笑顔で、背中を叩く。


「アイタッ?」と痛がる少女に、


「女だてらにいい商魂だ。アンタ、いい商人になるよ。アタシが保証してやる」


 と、嬉しそうに頷く。


 少し涙目のポポは「ど、どうも」と困ったように笑う。


 僕とティアさんも苦笑いだ。


 それから、僕も頷き、


「ありがとう、ポポ」


 と、彼女の厚意を受け取った。


 ティアさんも少女を抱き締め、「感謝します」とお礼を言う。


 その腕の中で、


「ふふっ、毎度!」


 と、彼女も笑ったんだ。


 …………。


 そうして2人を乗せた幌馬車が、村から続く道を去っていく。


 遠く、彼女たちの手を振る姿が見え、


「またね~」


「道中、気をつけて!」


 と、僕らも大きく手を振り返した。 


 やがて、幌馬車は曲がった道の先で木々の向こうに消える。


(…………)


 しばらく、その場に佇んだ。


 ふと、隣を見る。


 気づいて、ティアさんもこちらを見た。


 ドキン


 少し、胸が高鳴る。


 お姉さんの白い頬も、ほんのり朱が差している。


 しばし見つめ合い、


「帰ろっか」


「はい」


 僕らは、ようやく微笑んだ。


 そうして魚の入った木箱を抱えたまま、久しぶりに村の敷地内に入ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「おお、ククリ、ティア」


「帰ったかぁ」


「2人とも、おかえりよぉ」


「うん」


「ただいま戻りました」


 僕らに気づいた村の人と挨拶しながら、まずは村長の家を目指した。


 歩きながら、


(村は落ち着くな)


 と、安心した気持ちになる。 


 護衛で旅をしていた時に比べ、ティアさんの表情も心なしか柔らかい感じがする。


 やがて、高台の村長宅へ。


 帰村の報告と、頼まれていたお土産の虹煌魚5尾を渡す。


「おお、新鮮だべ」


 と、村長も嬉しそう。


 不公平がないよう、虹煌魚は切り分けたあと、村長から村人に分配してくれるとのこと。


 うん、あとはお任せだ。


 その後、道中や白蛸の話をしたりして、村長宅をあとにする。


 あ、『死の息吹』の件は内緒にしたよ。


(多分、女王様の許可がなければ、話してはいけないと思うからね)


 余計なことはしない。


 それから、帰宅。


 久しぶりの我が家だ。


(うん)


 目に入るだけで、自然と笑顔がこぼれてしまう。


 そして、家の中へ。


 室内は綺麗。


 やはり、ご近所さんが面倒を見てくれていたようで。


 僕は、


「あとで、挨拶に行こう?」


「はい、ククリ君」


 僕の言葉に、ティアさんも頷いた。


 そして、旅の荷物を下ろすと、ご近所さんの家々へご訪問。


 買っておいた手土産の『湖の魚の干物』を手渡しながら、留守中のお礼を伝える。


 少し雑談。


 僕らの旅の話をしたり、留守中の村のことを聞いたり。


 まぁ、特に問題もなく。


 僕らは再び、我が家へと戻った。


「…………」


「…………」


 とりあえず、一段落。


 なんだけど……そうなった途端、妙に隣の黒髪のお姉さんを意識してしまう。


 ドキドキ


 お姉さんの方も急に無口になる。


 目を合わせないまま、


「えっと、お風呂、沸かそうか」


「あ、は、はい」


「旅の疲れと汚れ、取らないとね」


「そうですね」


 なんて会話。


 そうしてお風呂が沸くまでに、旅の荷物を片付ける。


 パタパタ


 空白の時間が怖くて、少し忙しく動く。


 やがて、順番にお風呂へ。


(…………)


 風呂上がりのティアさんは、艶やかな濡れた黒髪も上気した白い肌も美しく、いつもより魅力的に見えた。


 僕の視線に、


「……ぁ」


 彼女は、恥ずかしそうな表情をする。


 う、あ、


「ご、ごめん」


「い、いえ」


 慌てて、視線を外す。


 そのあとは、2人で夕食の用意をし、一緒の食卓を囲む。


 本日のメニューは、お土産の魚の干物、根菜類のスープ、切れ目にバターを入れた焙ったパンだ。


 旅のあとだから、簡単に。 


 モグモグ


(うん、美味しい)


 手抜きだけど、悪くないお味……なんだけど。


「…………」


「…………」


「あ、そこの布巾、取ってもらえる?」


「あ、はい」


「ありがと」


「いいえ」


「…………」


「…………」


 と、会話が弾まない。


 話したくない訳ではないんだけど、頭が回らず、話題が思いつかない。


(何だろう?)


 目の前の彼女の存在ばかりを意識してしまう。


 落ち着かない。


 嫌な気分ではないけど、なんか……うん、


(今の空気を、ティアさんはどう思ってるかな?)


 なんて、心配になったり。


 カチャ カチャ


 食器の音だけが、大きく響く。


 食事をするティアさん。


 料理が運ばれる口元……その唇に目が行き、


(…………)


 ゴクッ


 あの唇が、僕の唇に触れたのかと思うと、また顔が熱くなった。


 と、彼女の視線も、僕の口元を見ていて、


「あ……」


 僕と目が合い、慌てて逸らす。


 彼女の頬も、赤い。


 その表情も、何だか可愛くて……。


 やがて、食事も終わる。


 後片付けも、いつも通り、2人でする。


 だけど、やはり会話もないままで、いつも以上に早く終わってしまう。


 時刻は、夜。


 日は沈み、外は暗く、夜空には月が昇っている。


 あとは、寝るだけだ。


 寝室は別なので、


「じ、じゃあ、おやすみ、ティアさん。また明日」


 と、僕は自分の部屋へと向かう。


 その時、


 クッ


 服の裾に抵抗があった。


(?)


 見れば、俯くティアさんの白い指が、僕の服の裾を摘まんでいた。


 え……?


 青い目を丸くし、驚く僕。


 俯き加減の表情は、長く綺麗な黒髪のカーテンに隠れて見えない。


 その覗く口元で、


「あ、あの……」


 と、唇が動いた。


 顔が上がる。


 泣きそうな表情で、でも、真剣な紅く潤んだ瞳が僕を見る。


 そして、震える声で、


「今夜は、その、ククリ君と同じ部屋で寝ても……いいですか?」


「…………」


 …………。


 ふぁ……っ?

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