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073・帰り路の濃霧

所用により、更新時間が遅れてしまいました(汗)。

本当に申し訳ありません。


本日の更新、第73話です。

どうぞ、よろしくお願いします。

 白蛸の討伐から3日目。


 漁が再開したことで、ルクセン町の商店も活気を取り戻した。


 白蛸が活動期になると、水産資源が大量の捕食され、漁獲量が数年単位で減ってしまうらしいが、今回は早期に討伐できた。


 結果、大きな損害もなかったそうで。


 今は、様々な水産物が店頭に並んでいる。


 特に、巨大な白蛸の肉は、各店で料理に使われているそうで、屋台では串焼きにもされていた。


(逞しいなぁ)


 自分たちを苦しめた魔物。


 それさえ、商売にできるのだ。


 ハフハフ


「意外といけますね」


「ん、本当だね」


「こんな美味しい魔物だったんですね、不思議だわ~」


 路上で、3人が串焼きの感想を述べる。


 皆、驚いた様子。


(どれどれ?)


 僕も、手にある串焼きの白い肉をかじる。


 ハフッ


 熱い。


 そして、凄い弾力。


 だけど……旨みが凄いや。


 あの巨大な肉体に、長年、多くの魚を食べ続けて味が凝縮された感じ。


 素直に美味しい。


 死体が巨大すぎて、大半を魚の餌にしてしまったのが勿体なく感じるぐらいだ。


 でも、鮮度の問題もあるし、


(仕方ないか)


 とも思う。


 見習い商人の少女は、


「ティア姉さんに冷凍してもらえるなら、白蛸肉も買っとこうかな」


 と、呟いていた。


 …………。


 そんな僕ら4人は、そのまま町の魚市場へ。


 町長の紹介してくれた信頼できる漁師から、直接、獲れた虹煌魚の仕入れ交渉を行う。


 交渉するのは、商人のポポだ。


 僕ら3人は、見守るだけ。


 だけど、そうして見守っているのは、白蛸を倒して町を救った炎姫様とその弟子2人である。


(ポポもやるよね) 


 心の中で感心する。


 ニコニコ


 その内心を隠しながら、僕らはただ笑顔で少女の交渉を見ているのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「じゃあ、ティア姉さん、お願いします!」


「はい」


 見習い商人の少女のお願いに、ティアさんが微笑む。


 彼女たちの前には、本来よりかなり安く仕入れた虹煌魚が50尾ほど、並んでいる。


 すでに内臓の除去や血抜き処理などは行ったあとだ。


 ガシャン


 ティアさんが『氷雪の魔法大剣』をかざす。 


 埋め込まれた魔法石が光り、刀身も淡く青白く輝きだした。


 冷気が広がる。


「――ふっ」


 ヒュバッ


 彼女の短い呼気と共に、氷雪が吹雪く。


(うっ)


 瞬間、肌が痛むほどの冷気。


 そして、目の前には、白く凍った虹色の鱗の魚たちがあった。


 おお……。


 本当に一瞬だ。


 炎姫様も「やるね」と笑う。


 見物していた漁師や市場関係者なども驚きの表情を浮かべていた。


 少女も目を丸くし、1尾を触る。


 カチコチだ。


 持ち上げても、どこも曲がらない。 


 コンコン


 軽く叩くと、綺麗な音がする。


「凄い……」


 感動した声。


 黒髪のお姉さんは微笑み、


「常温に置こうと火で焙ろうと、ずっとこの状態のままだと思いますよ」


「そうなの?」


「はい」


 驚くポポに、頷くティアさん。


 シュレイラさんも覗き込み、顎に手を当てる。


「なるほど……。こりゃ、小さな氷の結界だね」


「結界?」


「ただ普通に凍ったんじゃないってことさ。何もしなけりゃ、多分、100年経ってもこのままだよ」


「100年……」


(凄……)


 ポポと僕は、目を丸くした。


 黒髪のお姉さんははにかみ、


「私たちとポポが別れる前に魔法を解除し、普通の冷凍状態にしますね」


「あ、うん」


 少し放心しながら頷く少女。


 ようやく飲み込み、


「うん、本当にありがとう、ティア姉さん!」


 と、嬉しそうに笑った。


 ティアさんも再び微笑む。


 僕もシュレイラさんと顔を見合わせ、笑ってしまった。


 その後、冷凍した50尾を木箱に詰める。


(おお、冷たいっ)


 手袋越しでも感じる冷気。


 素手だと皮膚が貼りつき、剥がれていそうだ。


(んしょ)


 1箱5尾、計10個の木箱を馬車に積み込む。 


 やがて、作業も完了。


 ポポは笑顔で、


「皆さん、毎度!」


 親戚の兄譲りの掛け声。


 そうして見習い商人ポポの幌馬車は、賑わう魚市場をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 その日の午前中に、僕らはルクセンの町を出る。


 町壁の門を潜る時は、町長や町の人々、他の商人たちにも見送られてしまって、少々驚いてしまう。


 炎姫様は、


「大袈裟だね」


 と、苦笑していたっけ。


 山を登る街道を進み、山頂付近で振り返る。


 青く美しい大湖。


 広大で、大自然の中で鏡のように空を反射している。 


 湖岸には小さく、ルクセン町も見える。


(…………)


 まさか、魔物退治をすることになるとは思わなかったけど……でも今なら、いい思い出になったな、と言える。


 虹煌魚も、白蛸も美味しかったし。


(うん) 


 僕は笑う。


 前に向き直ると、隣のティアさんが優しく微笑んでいた。


 視線が合い、少しドキッとする。


 彼女ははにかみ、


「こうしてククリ君とする今回の旅も、本当に楽しかったです……」


 と、言う。


 そして、綺麗な黒髪を肩からこぼしながら、


 トン


 僕の肩に、頭を預けてくる。


 心地好い重さ。


 馬車の揺れに合わせて、寄り添い合う。


 彼女自身の甘やかな匂いがして、何だかドキドキする。


(……来てよかったな)


 僕もそう思い、


 トン


 僕の方も、彼女の頭に触れるように、自分の頭を軽く預けたんだ。


 …………。


 …………。


 …………。


 幌馬車での旅は続く。


 御者席にはポポが座り、僕とティアさんとシュレイラさんは荷台に座っている。


 木箱が多く、少し狭い。


 行きに比べて荷物も人数も増えたので、余計に手狭だった。


 増えた1人。


 赤毛のお姉さんは、


「ふぁ~あ」


 と、欠伸する。


 なんだか気の抜けた表情だ。


 そう言えば、


(シュレイラさん、本来は休暇中なんだっけ)


 と、思い出す。


 思わぬ形で、魔物討伐する羽目になったけど。


 僕は、聞く。


「シュレイラさん」


「ん?」


「先、帰らなくてよかったの? シュレイラさん、空飛べるし……無理に僕らと一緒に帰らないでもいいんだよ?」


「何だい、急に?」


 少し驚いた顔。


 ティアさんも僕を見る。


「ほら、せっかくの休みが減るかなって」


 と、答える。


 気さくな人だから勘違いするけど、本来、王国最強の冒険者でとても忙しい人なんだ。


 僕らとは、立場が違う。 


 無理に付き合ってるなら、申し訳なく思ったんだ。


 だけど、


「馬鹿だね、ククリ」


 と、赤毛のお姉さんは苦笑する。


 そして、言う。


「1人じゃ退屈じゃないか」


「…………」


「先に帰っても、村にはククリもいないし、その愛情たっぷりの手料理も食べれないしさ」


 ピン


 人差し指で、軽くおでこを弾かれる。


(愛情って……)


 少し赤くなったおでこを押さえ、僕は目を丸くする。


 ティアさんは「何を言ってるんですか」と、少し憤慨したように言う。


 炎姫様は笑う。


 両手を頭の後ろに回して、


「効率だけを求めるのが、いい人生じゃないよ?」


「…………」


「こうしてアンタたちと無駄な時間を過ごす方が、よっぽど楽しくて贅沢ってもんさ」


 と、木箱に寄りかかる。 


(……そっか)


 何だか安心する。


 そして、素直に嬉しい。


 僕も笑って、


「ありがと」


「何言ってんだい」


 目を閉じたまま、彼女は澄まして言葉を返す。


 ティアさんは、少し不満そう。


 自分をアピールするように、僕に身を寄せてくる。


(あはは)


 楽しくて、平和な時間。


 僕は、それを満喫する。


 …………。


 でも、それは今だけで。


 このあと、まさか、あんな出来事が起きるとは、この時の僕は夢にも思っていなかったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 幌馬車は、森の中の街道を進んでいく。 


 背の高い木々が、土を固めた道の左右に鬱蒼と生えていた。


 強い植物の匂い。


(ん……)


 地元の山の森とは違うけれど、少し似ていて安心する。


 ゴトゴト


 道の凹凸に、車体が揺れる。


 ティアさんは僕の肩を枕に目を閉じていて、シュレイラさんは幌馬車の後方の景色を眺めていた。


 と、その時、


「あら……?」


 不意に、御者席のポポが呟いた。


(ん?)


 僕は、そちらを見る。


 その声に、2人のお姉さんも目を開け、振り返っていた。


「霧だわ」


「え……」


 僕は、立ち上がる。


 ポポのそばに行くと、


「ほら、道の先……やだわ、真っ白」


「……本当だ」


 僕も驚く。


 20~30メードほど前方から、真っ白な濃霧が森の景色を霞ませていた。


 馬車は進み、霧に入る。


 ボフッ


(うわ……)


 視界が悪い。


 自分の伸ばした手さえ、白く霞む。


 馬車の先、5メードから先は、もう完全な白濁した世界だ。


(これは危ないや)


 僕は言う。


「速度、落とそう」


「そうね」


 水色の髪を揺らし、ポポも頷く。


 ゴト ゴト


 ゆっくりした歩み。 


 でも、事故を起こしたら堪らない。


 道の曲がりもわかり難く、もし反対方向に進む馬車が前から来たら衝突してしまう。


 そうならないために。


 大事な荷物も積んでるし、今は慎重に、だ。


 霧を抜けるか、霧が収まるまで……。


 その時、


「何だい、こりゃ?」


「……妙ですね」


(ん?)


 荷台のお姉さん2人が呟いた。


 振り返ると、彼女たちは自分たちにまとわりつく霧を触り、表情をしかめている。


(どうしたんだろう?)


 そんな怖い顔をして……。


 2人は、言う。


「わかるかい、ティア」


「はい。何となくですが……この霧に、微弱な魔力を感じます」


「やっぱりか」


 頷く炎姫様。


 え?


(魔力?)


 驚く僕に、


「気をつけな、ククリ。この霧、何か人工的に創られた奴かもしれないよ」


「人工的って……」


「つまり、魔法、さ」


「……は?」


 これが、魔法の霧?


 予想外の警告に、僕はポカンとなる。


 と、その時、ティアさんが何かに気づいたように表情をハッとさせる。 


 バッ


 黒髪を散らし、僕らの方へ飛び出して、


「よけなさい、ポポ!」


(えっ?)


 僕の横から、必死に手を伸ばす。


 けど、それが届く前に、


 トスッ


 少女の左胸に、1本の矢が突き刺さった。


「へ……?」


 驚いた顔のポポ。


 その口から、コポッと血がこぼれる。


(……え)


 目の前の光景の意味がわからず、僕は茫然と立ち尽くした。


 その足に、御者席から倒れてきた少女がぶつかる。


 ポポ……?


 彼女は驚いたように自分に刺さる矢を見つめ、すぐに痛みに顔をしかめ、


「う、ぐぅぅ……!」


 と、呻いた。


 その声に、僕も我に返る。


「ポポ!」


「ククリ君、彼女を荷台に!」


「う、うん!」


 ティアさんの声に、慌てて少女を引きずり、荷台の方へ運び入れる。


 赤毛のお姉さんは、


「ティア!」


 ブン


 ティアさんに向け、『氷雪の魔法大剣』を投げる。


 元勇者のお姉さんは、片手で受け止める。


 炎姫様も『炎龍の槍』を構え、白濁した前方の闇を睨みつけた。


(襲撃……)


 まさか、野盗?


 いや、でも、魔法の霧を使う野盗なんて……聞いたことない!


 混乱する頭で、必死に考える。


「う、ううっ!」 


 ポポが呻く。


 血が服に滲み、


(ごめん、ポポ!)


 僕は、それを短剣で引き裂き、傷口を露にする。 


 白く、かすかに膨らんだ乳房。


 そこに矢が刺さっている。


 傷口の周りは、血と……妙な紫色の斑点ができていた。


 ゾクッ


 背筋が凍る。


「毒矢……」


 僕は、思わず呟く。


 2人のお姉さんもギョッとした顔をする。


 すぐに歯を食い縛り、霧の中に潜む襲撃者の気配を、必死に探そうとする。


 その時だ。


 停止した馬車の前方、白い霧が揺らめいた。


 ジワ……


 滲むように、黒い影が現れる。


 人間だ。


 ただし、顔には仮面をかぶり、纏う黒い外套は黒炎のように揺らめいている。


(何だ、アレ(・・)?) 


 不気味な存在。


 本当に人間なのか、疑いたくなるほど存在感が希薄だ。


 警戒する僕ら。


 と、黒い人の肩が小刻みに揺れる。


 笑っている……?


 そして、その黒い影は言った。




「――ようやく見つけたぞ、勇者アルティシア」

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